第2204話:イモパスタの地獄風呂
「こんにちはー」
「こんにちはぬ!」
「いらっしゃいませ……あっ、旦那様!」
「そーです、あたしが旦那様です」
「違うぬよ?」
アハハ、デニスさん家にやって来た。
同行者はデニスさんの他にルーネとヴィル。
デニスさんの息子の世話を焼いて御飯をごちそーになれという、お腹に優しいミッションだ。
ちなみにデニスさん家ってドジっ娘女騎士メリッサの家の近くだわ。
高級住宅街なんだなあ。
デニスさんが家政婦に説明する。
「こちらはヤマタノオロチ退治の勇士ユーラシア殿とルーネロッテ皇女だ」
「ええっ?」
「キーフはいるか?」
「は、はい。台所に」
「どうぞ、入って下さい」
「お邪魔しまーす!」
家政婦さん、あんまり慌ててると転ぶぞ?
◇
「お前がユーラシアか!」
応接室で待っていると、自信ありげな少年が現れた。
濃い青髪がデニスさんに似ている。
好奇心とやる気が前面に出ている、あたしの好きなタイプの目だ。
野心的でいいねえ。
「あたしがドーラの美少女冒険者ユーラシアだよ」
「ヴィルぬよ?」
「ルーネロッテです」
「何なんだあんた達は。そうです、これが自己紹介です」
アハハと笑っていたら、デニスさんが紹介してくれる。
「息子のキーファーです」
「そうだ、オレがキーファーだ! 世に鳴り響く前にオレの名を知ったことを光栄に思え!」
何これ? ふんぞり返って大威張りだ。
見た目はデニスさんに似てると思ったけど、性格は全然違うやん。
貴族っぽいものの身分を頼みにしてるんじゃなく、自分の才能を信じてるんだろうな。
いや、嫌いじゃないけど。
ルーネも興味津々ですぞ。
デニスさんがため息を吐く。
「自信過剰で困っているのです」
「あたしも自信満々だけど、それで困ったことないな」
「そうです父上。料理人がオドオドしていては、客はおいしく料理をいただけません」
「一理あるね」
キーファー君は料理の腕に相当覚えがあるらしい。
どんな料理を作るんだろうな?
興味あるけど、食べさせてもらわないと始まらないわ。
「キーファー君は料理人として身を立てたいみたいだと聞いた」
「そうだ! 料理王にオレはなる!」
「威勢がいいね。あたし達に食べたこともないような料理をごちそーしてくれると聞いて、のこのこついて来ちゃったんだよ。言っとくけどあたしは世界中を駆け回って、結構うまーい料理も食べてるぞ?」
「ハハッ、挑発だったか。昼には早いが作ってやろう!」
「お願いしまーす!」
やったぜ!
早速うまそーな料理を食べられることになった。
楽しみだなー。
◇
「最高の自信作、『イモパスタの地獄風呂』だ!」
「どんなネーミングだ」
「ハハッ、料理は味が全てだ。御託は食べてから言え!」
「一々もっともだなあ」
一発で興味を引くという意味では、インパクト重視のネーミングはいいのかもしれない。
キーファー君が大威張りで出してきた料理を見る。
見た目の印象は赤い。
お肉を炒め、野菜を煮詰めたいい匂い。
辛みが鼻腔を刺す。
「いただきまーす」
「辛い! でも美味しいです!」
「そうだろう、そうだろう!」
ふむふむ。
トマトとタマネギがメインの煮潰した野菜スープの中に、細かくした肉をバターで炒めたものが入っている。
具は潰したジャガイモと小麦粉を混ぜて、味の絡みやすい形に茹で固めたもの。
そして特筆すべきは複雑な辛さ。
しかし……。
「どうだ! 美味いだろう!」
「うん、おいしい」
「食べたことのない味だろう!」
「食べたことない味だな。キーファー君センスある」
「オレの手から生み出された料理が世界を席捲するのだ!」
「でもこれで料理人として通用すると考えるのは甘いぞ?」
「何だと!」
「ルーネ、これ具材の個性が際立ってるじゃん? イモパスタにカラシ、挽き肉にコショウ、スープにトウガラシとホアジャオって、辛みを使い分けてるからだよ」
「な……」
おーおーキーファー君驚いとるがな。
グルメハンターユーラシアを舐めんなよ?
かれえみたいなマジで食べたことない香辛料をミックスされると正体がわからんけど、これくらいなら余裕だわ。
「ほ、ホアジャオを知ってるのか?」
「わかるとゆーのに。帝都ではほとんど使われてないかもしれんけど、テテュス内海ではメジャーな調味料だぞ?」
「くっ……」
「で、ここからキーファー君が料理人として通用しない理由だけど」
「何だ!」
「目玉焼き作ってみ?」
「!」
憎々しげな目であたしを見つめるキーファー君。
で、台所に行こうとしない。
ふむ、自分の弱点はわかってるようだな。
デニスさんが聞いてくる。
「どういうことです?」
「火加減がまるでなってない。こればっかりは修行して誰かに教えてもらわないと、料理人レベルにはならないと思う。だから味の組み立てがバレると、マネされてもっとおいしい料理を作られちゃうってことだよ。あたしでもこれよりは美味くできるな」
「どこかの料理人に師事しろということですか?」
「うーん……」
完全に料理人としてやっていくなら、下積みという手もあるだろう。
しかしデニスさんの好みではないんだろうし、こんだけ高飛車なキーファー君が他の料理人の下でうまくやっていけるとも思えんしな?
依頼者デニスさんを満足させない、かつ成功率の高くない手法とゆーのはどーも気に入らない。
しからば……。
「いや、キーファー君のいいところは自分で新しい味を構築できるところなんだよ。それは天才の証で、誰にも教えられることじゃない。だから長所を伸ばした方がいい」
「どうすれば……」
「宮廷魔道士になるべきだね」
「「は?」」
ポカンとした顔が親子そっくりですぞ。
キーファー君ががなり立てる。
「どういうことだっ! お前は父上の回し者なのかっ!」
「父上本人がいるところで回し者とかゆーな。まー確かにキーファー君が『雷魔法』持ちだとは聞いてるけど、あたしはあたしの判断で宮廷魔道士になるのが一番いいって言ってるわ」
「意味がわからん!」
「キーファー君は宮廷魔道士が食事作っちゃダメだと思ってる?」
「えっ?」
不可解そうな表情のキーファー君。
「今日時間あるよね? どうしてキーファー君が宮廷魔道士を目指すべきなのか、あたしが教えてやるからちょっと付き合いなさい。なあに、帰ってくる頃には宮廷魔道士になりたくて仕方なくなってるよ」
イモパスタの地獄風呂ってわかりにくいですね。
麻婆ニョッキみたいなものだと思っていただければ。