第2203話:デニスさんの事情
ゼンメルワイス侯爵家、バルリング伯爵家、ドレッセル子爵家、ペルレ男爵家の関わる、ややこしい婚約事情の件については説明が終わった。
いよいよ面白イベントタイムだ。
「さて、いよいよメインイベントだね」
「メインイベントとは?」
「朝から来いって言うくらいだから、まだ何かあるんでしょ? 楽しみなんだ」
プリンス閣下アデラちゃんデニスさんが苦笑しとるがな。
プリンスルキウス陛下が言う。
「デニスの息子さんのことでね」
「息子さん? あたしの旦那にどうかってこと? ごめんなさい」
「違うよ!」
「会ってもいないのに断るのは違ったか。じゃあ会ってみる」
「違うって!」
何だったろ?
デニスさんが説明してくれる。
「私には一三歳になる息子がおりまして。先の舞踏会でデビューでした」
「おめでとうございまーす」
ルーネが聞いてくる。
「ユーラシアさんは年下は許容範囲なんですか?」
「全然大丈夫だよ。ルーネは?」
「私も大丈夫です」
「閣下、ルーネ年下男子オーケーだって」
「何の報告だ! 聞きたくない!」
アハハ。
ルーネラブもいいけど、聞いてたっていいと思うよ。
いや、ルーネは意外と年下の子の方が相性いいかもしれないな?
リキニウスちゃんと仲良かったくらいだし。
プリンスが言う。
「デニスの息子さんのことで相談があるんだよ」
「何であたしに? 面白そーな話には乗ってみろがモットーだから、振ってくれること自体は構わないんだ。でも状況や理由は知りたいな」
「帝国貴族にありがちな問題なんだ。ドーラ人であるユーラシア君の意見を聞きたい」
ふむ、何だろうな?
あたしも帝国貴族にありがちな問題なんて知らんから聞きたいわ。
何々? 帝国貴族の定員は決まってるよーなもん?
そりゃ領地の総面積が決まってるんだから当然だね。
デニスさんは男爵家の出で自身も騎士爵を持ってるけど、騎士爵は一代限りだ。
息子さんは平民としての生き方を模索しなくてはならないか。
もっともなことだね。
「平民としての生き方って言っても、どんな職業に就くかの方向性はメッチャたくさんあると思うけど」
「私は息子に宮廷魔道士になってもらいたいのです」
「あ、魔法系の固有能力持ちなんだ?」
「『雷魔法』です」
「いいんじゃないの? 現役大臣の息子さんだったら、宮廷魔道士長のドルゴスさんも絶対に欲しがると思うよ」
魔道研究所は予算との関係で、施政館との繋がりはかなり重要だろうから。
現役大臣の息子なんて得難い人材を、魔道士長さんが逃すわけない。
採用は決まったようなもん。
「いえ、本人がその気でないのです」
「あら残念。息子さんにはやりたいことがあるんだ?」
「料理人になりたいそうで」
料理人か。
おいしい料理を作って提供することは、幸せを運ぶお仕事だ。
悪くはないけど。
「料理人ったって色々あるじゃん? お貴族様の屋敷で働きたいのか、それとも自分で店を出したいのか」
「庶民層相手の創作料理店を出したいと」
「創作料理?」
「既存の料理ではない、その店でしか食べられない料理というものです」
「へー、興味あるな。あたしも食べてみたい」
何故プリンスとお父ちゃん閣下はしめしめ引っかかったみたいな顔をしているのだ。
澄ましたふりをしててもわかるからな?
悪いやつらめ。
「それで世界中を飛び回っているユーラシア殿に批評していただきたいのです」
「料理をってこと? 喜んで。デニスさんの思う通りにはならないかもしれないけど」
「構わないです。できれば指針を示していただけると助かります」
平民としての生き方がどうこう言いながらも、息子を社交界デビューさせたくらいだ。
おそらくデニスさんは自分が将来爵位を得る可能性も、息子が継ぐ未来も見据えているんだろう。
しかしそれは確定の未来ではなく、もちろん他人に言えることでもない。
料理人では領地貴族の勉強にはならないから、せめて貴族との人脈を保てる宮廷魔道士をっていう考え方なんだろうな。
さりとて料理人を否定しないってことは、息子さんはある程度料理の才能がある?
だから『指針』っていうアバウトな言葉になったんじゃないかな。
で、一切合切の事情をプリンスと閣下は承知しているように思える。
黙ってないであたしにも情報を寄越せとゆーのに。
いや、少ない情報からルーネが何を知ることができるかっていう、勉強を兼ねてるみたいだな?
「あたしはどうすりゃいいのかな?」
「デニスには有給休暇を取らせる。今からその息子さんに会ってくれるか?」
「えっ? あたしは構わないけど」
ちょっと意表を突かれた。
そんなんで大臣お休みでいいん?
舞踏会以降社交シーズン前は、封爵省は比較的暇?
だから有休でいい?
プリンスが言う。
「貴族の子弟の身の振り方というのはなかなか難しい問題でね」
「かもしれないねえ。貴族の上下関係が身についてると、フランクに接する平民の事情はわからないかもしれない」
「皇族貴族に対してフランクに接する平民は君だけだよ!」
ハハッ、聖女の希少性を発揮してしまったわ。
じゃあプリンスは何を言いたかったのかな?
「デニスのケースは特に難しいと思われる。うまく解決するようなら、参考例として皆に知らせたいんだ」
「封爵省にサンプルを多く集め、相談があった際の手掛かりにしたいのです」
「要するに貴族から平民になる人の支援か。封爵省っていろんな仕事してるんだなあ」
「協力してくれるね?」
「もちのろんだよ。大体お昼御飯が浮きそーな気配になってるのに、断るわけないじゃん」
「ユーラシア君はそう言ってくれると思っていたよ」
「必ずしも参考になるよーな解決の仕方にならないかもしれない。ごめんね」
「解決してくれるなら御の字だな」
「そお? デニスさんは何を好き好んであたしの餌食になりにきたか知らんけど」
「えっ?」
虚を突かれてるのデニスさんだけだ。
創作料理ってのは楽しみだな。
何を食べさせてくれるんだろ?
「じゃ、行こうか。ルーネも行くよね?」
「はい、連れていってください!」
「閣下、デニスさんの息子さんとルーネの相性もよく見ておくね」
「見なくていい! 余計なお世話だ!」
アハハ、ルーネは少々年下でもいいみたいだぞ?
さてしゅっぱーつ……の前に会計課に寄ってかなくちゃいけないんだったな。
デニスさんの息子さんがどんな子かも気になるけど、料理はもっと気になる。