第2184話:地味とセミ
「サイナスさん、こんばんはー」
『ああ、こんばんは』
夕食後、毎晩恒例のヴィル通信だ。
「今日は地味な一日だったよ」
『そうなのかい?』
「そうそう。あたしみたいな華やかな美少女がこんな日を過ごすのは世界の損失じゃないかって、真剣に討議しなきゃならないくらい」
『ダウトだな。ちなみに今日何をしたかを言ってみなさい』
ハハッ、でもサイナスさんの声から楽しそうな気配は伝わってくる。
あたし的につまらん日でも、サイナスさんのエンターテインメントにはなるだろうか?
あたしの話術が求められている。
「朝起きてひっくり返ったセミを見つけました」
『セミ?』
「あれ生きてるか死んでるか見た目でわかんないから嫌いなんだよね。いきなり暴れ出すとビックリするじゃん?」
『……かもしれないが、随分変わったところから話に入ったな?』
「サイナスさんが期待してくれてるみたいだから、ちょっと工夫してみた」
『工夫するとトピックが地味になる件』
あれっ? ほんとだ。
でも今日はあんまり面白いことなかったから、地味なのは仕方ないとゆーか。
「今年のあたしは一年前とは違うのだ」
『『アトラスの冒険者』になったから』
「とゆーかレベルが上がってるじゃん? 魔力の流れが見えるようになってるんで、セミの生き死になんて簡単にわかるだろう。一六歳になったウルトラチャーミングビューティーに隙なんかないわと、高を括ってたんだよ。そう、今日の朝までは。ででーん!」
『ムダなクライマックスシーンのような気がする』
サイナスさん正解。
「初めて知ったんだけどさ。死にかけのセミって、外から見て魔力の流れがわかんないの」
『ほう? ユーラシアでも感知できないほど微弱ってことか?』
「そうみたい。あ、死んでるから動かないわと思って蹴飛ばしたら、ミンミンって鳴いて飛び去ったからマジでビックリした」
『世の中には君を驚かせるような出来事があるんだなあ』
「うん。まだまだあたしの知らないことがあるんだなあと思った。油断できないね」
『生きてるかもって頭があったら、ようく見れば感知できるんだろ?』
「多分。でも急に騒ぎだすかもしれないセミを、近寄ってじーっと見るなんてできないな。おっかないもん」
『世の中には君を怖がらせるようなものがあるんだなあ』
さっきとほとんど同じこと言ってるやん。
「とゆー、セミは侮れないという話でした。ちゃんちゃん」
『あったのがセミ死んだふり事件だけなら、マジで地味な一日だったと認定証を発行してもいい。しかしユーラシアの一日が地味で塗り潰されてるなんてことはないんだろう? セミのあとに何があった?』
「パラキアスさんと連絡を取った。ヴィルを飛ばして」
『パラキアス氏はドーラの最重要人物の一人だからな?』
パラキアスさんは最も悪いやつと言っても過言ではない。
でも最悪なやつではないんだなあ。
言葉って難しい。
「内容は大したことないんだ。『アトラスの冒険者』廃止関係のことは、前からパラキアスさんに相談しててさ。エルを取り返しに向こうの世界が動くってことになると、ドーラも覚悟してなきゃいけないじゃん?」
『ドーラの一大事がセミ以下の重要性』
「移民が遅れるって話は、その時パラキアスさんに聞いたんだ」
『なるほどな。パラキアス氏との通信のあとに灰の民の村に来たんだな?』
「うん。シチメンチョウ様を脅かしてしまったとゆー、セミに次いで重要な事件があった」
『それもどうでもいいよ!』
サイナスさんの重要だと思ってることはあたしと随分違うらしい。
「次にカトマスのマルーさん家へ行った」
『『強欲魔女』だってドーラパワーナインの一人だからな?』
「わかってるとゆーのに。エルのことで相談に行ったんだ」
『ん? 塔の村の精霊使いと『強欲魔女』に関係があるのかい?』
「亜空間の中の実空間に閉じ込められてたエルを『精霊使い』と見定めたのは、マルーのばっちゃんなんだ。それでデス爺が喜んでエルをこっちの世界に召喚した」
『……確認しに行ったのか?』
「薄々そうだろうなとは思ってたんだ。デス爺はマルーさんを好いちゃいないけど、認めてはいるじゃん? あたしはエルをこっちに召喚してから鑑定したのかと思ってたんだけど、デス爺の『晴眼』の能力は視覚を他人と共有することができるんだそーな。遠くに閉じ込められてるエルをマルーのばっちゃんが鑑定したんだってことがわかった」
あれ、サイナスさん何を考えてるのかな?
『……面白い話ではあるが、『強欲魔女』が精霊使いエルをどういう状況で鑑定しようが、何の影響もないだろう?』
「いや、鑑定結果の方が知りたかったんだ。向こうの世界は複数固有能力持ちは忌避される傾向があるから、エルもそうなのかと思って。エルの情報は向こうの世界との取り引きにも使えるかもしれないし」
『君は情報収集を大事にするなあ』
「事情をよく知ってると、駆け引きの余地が増えるんだよね」
『感心する』
あれっ?
ひどいもえぐいもなかったぞ?
却って不安になるわ。
『結果は?』
「『精霊使い』の他に、『イージーマギ』と『運命の申し子』の計三つ持ちだって」
『三つ以上の固有能力持ちって、数万人に一人っていう話だろう?』
「らしいねえ。あたし以外の三つ持ちの人間ってエルが初めてだな」
ペペさんとアビーは魔法系の固有能力を三つ以上持ってる気はするけど。
「午後は『世界最大のダンジョン』へ行ってた。先へ行くと、小の試練中の試練大の試練の三つに分かれててさ。今日は一番簡単そーな小の試練をクリアしました。行き止まりのところに宝箱があったからそれをゲット。ドーラじゃ手に入んない魔宝玉だったんで、まあまあ儲かった」
『普通の冒険者にとっては、ダンジョンを極めて最奥の宝物を手に入れるなんて経験、一生に一度あるかないかだからな?』
「改まって言われるとその通りかもしれんけど」
でもうちの子達がブーブー文句垂れるくらいのつまんないダンジョンだぞ?
やっぱり重要性はセミ以下。
「サイナスさん、おやすみなさい」
『ああ、御苦労だったね。おやすみ』
「ヴィル、ありがとう。通常任務に戻ってね」
『はいだぬ!』
明日はビバちゃんの絵。
イシュトバーンさんはどういう目でビバちゃんを見るだろうな?
あたしは予想がつかないものが嫌いとゆーわけではない。
でもエンタメでもメリットでもない、セミは嫌い。




