第2182話:エルは複数の固有能力持ち
マルーのばっちゃんもニルエも、エンタメの少ない生活なんだろう。
楽しんで聞いてもらえると気分がいいなあ。
「続けるよ。そんでエルは異世界で警戒されてる旧王族の子孫なの」
「父方の血が、ということかい?」
「みたいだね」
エルの父ちゃんの話は全く出てこないからわからんけど。
揉め事の本筋じゃないし、どうせ可哀そーな目に遭ってるんだろうから聞く気になれない。
「今向こうの世界は、身分差のない機会の平等を謳ってる派閥が政権取ってるんだ。けど旧王族派がいないわけじゃないの。話を聞く限り、むしろ意外と多いみたいなニュアンスだったな」
「どこの世界でも、王子様お姫様が好きな人間はいるからねい」
「そーゆーもん?」
「だからアンタが人気者になるという側面があるねい」
あたしはドーラのプリンセスだからか。
いや、何でだ?
あたしは平民聖女だわ。
「すったもんだがあってさ。結局エルがこっちの世界にいることがバレたんで、エルの母ちゃんである『アトラスの冒険者』本部所長を中心とした面々が、エルを取り返しに来る。『アトラスの冒険者』が廃止されるまでに」
「はあ、やっぱり面倒なことになった」
「ん? どゆこと?」
やれやれといったふうにマルーさんが話す。
「アタシゃハゲ爺に言ったんだよ。亜空間の隙間なんてところに閉じ込められてる娘は、曰くつきに決まってる。手を出すのはよしなって」
「ははーん、わからんでもないな」
「『精霊使い』が欲しいならユーラシアがいるじゃないかって。だがハゲ爺は言ったね。アンタは絶対に計画通り動かんと」
「正解だぬ!」
「おいこらヴィル、何てことをゆーんだ」
アハハと笑い合う。
何だかんだでデス爺はあたしに甘い。
あたしが『アトラスの冒険者』になることまでは予想できなかったろうけど、自由にやらせてくれるつもりだったんだろうな。
「で、アンタはどうするつもりなんだい?」
「エルは友達だし。異世界に帰ってまた閉じ込められるなんて許せんから、向こうの世界からの返還要求は拒絶する」
「ふん、アンタらしいねい」
「向こうは魔物がいる世界じゃない。だからあんまり高レベルの人はいないと思う。でもやたらと技術が進んでるじゃん? どんな方法で来るかはサッパリ」
「だからなるべく多様な情報が欲しいということだねい?」
「そゆこと」
「といっても、アタシは何も知らないよ」
「エルの『精霊使い』以外の固有能力って何なん?」
おそらくエルは複数の固有能力持ちだ。
「エルが複数能力持ちだってことはわかるんだね? アンタのカンかい?」
「カンもあるんだけど、向こうの世界では複数固有能力持ちは忌まれる傾向にあるみたい。昔の悪い王様が複数固有能力持ちだったらしくて」
「ふん、固有能力は喜ぶべきギフトなのにねい。複数持ちを忌むなんて、くだらない社会だよ」
マルーさんらしい感想だなあ。
おそらくエルは旧王族の血を引き、かつ複数固有能力持ちということで、無乳エンジェルに警戒されたんじゃないか。
旧王族か複数固有能力持ちか、どちらかだったらさほど注目されることはなかったかもしれない。
何の因果か、昔の暴虐な王を髣髴とさせるスペックとなってしまったからこその幽閉だったのだろう、と推測する。
「エル本人に聞けばいいじゃないか」
「エルが自分の固有能力を正しく把握してるとは限らんもん」
「ああ、あの子は『アトラスの冒険者』じゃなかったね。『精霊使い』の他に、『イージーマギ』と『運命の申し子』の固有能力を持ってる」
「エルは固有能力三つか。複数固有能力持ちだから色眼鏡で見られる説がいよいよ有力だな。『イージーマギ』って魔法系ステータスパラメーターにブーストかかるやつだったっけ?」
「魔法防御と最大マジックポイントがプラスされるねい」
「『運命の申し子』は聞いたことないな。どんなやつ?」
~の申し子とは、特定の属性が強化されたり抵抗を持ったりするもんだと聞いたけど、運命って何?
「逆境に陥るほど強い。ピンチになるほどステータスが上乗せされるという、レア固有能力だよ」
「おお、すげえ。ナイチチのクセに主人公っぽい」
さすがエル。
魅力的な固有能力を持ってるな。
ただの乳なしっ子じゃなかった。
「エルの固有能力を知ったことが、何かの役に立つかい?」
「異世界のエルの母ちゃんの政敵って人と協力できそうなんだ。エルが向こうに帰って持ち固有能力が公になったら、社会がえらいことになりそうじゃん?」
「旧王族派の勢いが増しそうだねい」
「だよね? エルの母ちゃんは遮二無二娘を取り返しに来そうなんだけどさ。政敵の人はエルが異世界に連れ戻された時のヤバさをわかってるから、密かに情報流してもらうことになってる」
「エルの母の所長を説得することはできないのかい? アンタなら可能だろう?」
「ちょっとムリ。あたしはエルの母ちゃんが、どういう思惑があってエルを取り戻そうとしてるか知らないんだ。おまけに『ダウト』の固有能力持ちなの。駆け引きしようと思っても手段が限定されちゃう」
「『ダウト』持ちかい」
憮然とするマルーさん。
『ダウト』は喋ってることが本当かウソかわかるっていう、かなり厄介な固有能力だ。
正論で押しまくる展開にできれば説得できるけど、今回何で無乳エンジェルがエルの奪還に拘ってるのかわからんくらいだしな?
そもそも搦め手で無乳エンジェルを忙しくしたったから、もう会う機会がないと思われる。
「アンタは友達思いだねい」
「あたしほど友達思いの美少女はなかなかいないぞ? でも同時にズルいことも考えているんだ」
「ズルい? 何がだい?」
「エルを撒き餌に向こうの世界の連中を誘き寄せて、進んだ技術のアイテムなんかをかっさらおうって寸法だよ」
「面白いねい。できるのかい?」
「向こうがいつ攻めてくる、何してくるっていう情報が増えてくるほど、ゴッソリ奪い取れると思うんだけどね」
無乳エンジェルがそう多くの人員を動員できるわけはない。
娘を傷つけるような手段もおそらく取らない。
こっちの方が遥かにレベルは高いはずだし、正直不意打ちさえ食らわなければエルを奪還されることはないと思う。
油断は禁物だが?
「じゃ、今日は帰るね」
「バイバイぬ!」
転移の玉を起動し帰宅する。
『運命の申し子』ってもう名前からしてヤバい。
今のエルはレベル四〇超えだぞ?
向こうの世界に連れ戻されて危機になった時、どんな効き方するかわからん。
エルはこっちの世界に任せておけばいいよ。