第2170話:南へ
フイィィーンシュパパパッ。
「オニオンさん、こんにちはー」
「こんにちはぬ!」
「いらっしゃいませ、ユーラシアさん」
ゼムリヤから帰宅後、魔境へやって来た。
パンダ汁は大変結構でした。
今日もニコニコのオニオンさん。
「さっきゼムリヤ行ってきたんだ。これおすそ分け」
「ありがとうございます。お肉ですか?」
「そうそう。コロッサルパンダっていう、クマに似たちょっと珍しい魔物だよ。臭みがなくて旨みの強い一級品のお肉だけど、やや歯ごたえが強いかな。焼くよりよく煮て食べた方が柔らかくなっておいしいよ」
「そうですか。楽しみです」
オニオンさん家は料理どっちが作るんだろ?
おっぱいさんより、一人暮らししてたオニオンさんの方が上手そうなイメージあるな。
何となくだけど。
「今日もガルーダの雛のエサを狩りにいらしたんですか?」
「うん。ぴー子のエサやりは日課だからね。今日はもう一つテーマがあるんだ」
「何でしょう?」
「考えてみるとベースキャンプの南は行ったことないなと思って」
「南、ですか?」
あたしの意図を図りかねているようだ。
さもありなん。
普通冒険者はベースキャンプから離れられるようになるほどレベルが上がったら、ワイバーン帯を目指すのがセオリーなので。
南に用がある冒険者はいないと言っていい。
「魔境トレーニングエリアは、中央部に向かって魔力濃度が高くなって強い魔物がいるってことがわかってるじゃん?」
「そうですね」
「強くなったら北の中央方面に向かって、ワイバーン倒したりドラゴン倒したかったりしたい。だから基本的には同じオーガ帯でも中央部に近いエリアの地形を知りたいし覚えたいんじゃないかと思うんだ。とゆーかあたし達がそうだった」
「至極もっともなことです。東回り西回りとか、ぐるっと魔境を探索しているのはユーラシアさん達以外にはいないですね」
普通のやり方としてはいいだろう。
魔境トレーニングエリアマスターを目指すうちのパーティーににとっては大いに問題だけど。
「あたし達でも南は行ったことないなと気がついて。よーく地図を見てみると、中央部もベースキャンプも、魔境トレーニングエリア全体から見ると北に寄ってるじゃん? 南は大きく未踏破エリアになってるんじゃないかなと思うんだ」
「ユーラシアさんの言う通りですね。ベースキャンプより南で知られていることといったら、オーガ帯であるということくらいです」
「やっぱなー。魔境はちょっと場所が変わると植生や生息してる魔物が変わるじゃん? あたし達は生活の役に立つ植物とか欲しいから、これからは南も探索するんだ」
「御苦労様です」
オニオンさんニコニコ。
「南側についての知見で、注意すべきことはあるかな?」
「特には。人形系魔物の一種ブロークンドールが出現することは知られていますね。クレイジーパペットを倒せないパーティーが狙うケースが、かつてなくはなかったです」
「なるほど、そんな手法があったのか」
四人パーティーなら『経穴砕き』を持ってりゃ、ヒットポイント四のブロークンドールは倒せるから。
人形系を狙って倒すあたし達の先駆的な考え方だな。
「が、現在はペペさんの開発したバトルスキル『ビートドール』がありますから、ブロークンドール狙いで南へ行く人達は、今後いなくなりますよ」
「ありがとう。状況はわかった。行ってくる!」
「行ってくるぬ!」
「行ってらっしゃいませ」
ユーラシア隊及びふよふよいい子出撃。
◇
「今日はどうしやす?」
方針を聞いてくるのは大体アトムの役目だ。
「南はかなり広いじゃん? 今日はとりあえず真っ直ぐ南へ行こうよ。見落としがないようにゆっくり行こう」
「「「了解!」」」「了解だぬ!」
のんびり歩く。
あまり人が来ないなら素材も多く落ちてるかと思ったら、そんなことはなかった。
魔力濃度が低いからかな?
魔物の数も少ない気がする。
オーガやケルベロスを適当に倒したりスルーしたりしながら進む。
「ユー様、これホアジャオですよ」
「マジか。何だ、ドーラでも手に入るんじゃん」
サンショウと同じようにやはり木なので、採取はしないで場所だけ覚えておく。
「スパイスをゲットできるのはイイね」
「だよね。食生活が豊かになるよ」
クララがまた何か発見したらしい。
「ミントかな? 少し匂いが違うか」
「ミントの仲間ですよ。イヌハッカです」
ハーブだそうな。
ありがたいな。
「食べられるだけじゃなくて変わった効能があるんですよ。カのような虫が寄らなくなるとか、逆にネコを寄せるとか」
「そーゆー成分を抽出できたら何かに使えそーだね。エメリッヒさんが欲しがるかもしれないから、これは持って帰ろう」
あたしはそうカには困ってないし、ドーラにはネコが少ないので、ちょっとアイデアが湧かない。
でも利用できそうな気はする。
「罠を仕掛けてネコを捕まえられやすぜ」
「ええ? でもネコってライオンの子分でしょ? 捕まえてもうまそーな気がしないんだよね」
「ノーセンキューね」
イヌハッカって名前なのに、わんちゃんは寄らないのかなあ。
ネコには馴染みがないせいか、どーもあんまり親しみが湧かない。
どんどん南へ。
「ボス、ブロークンドールね」
「そろそろ帰ろうか。ブロークンドールならちょうどいいわ。あいつ倒してぴー子のエサにしよう」
「「「了解!」」」「了解ぬ!」
レッツファイッ!
ブロークンドールのトルネード! ヴィルが『ド素人』装備してると本当に逃げちゃう確率が低くなる。ダンテの豊穣祈念! あたしの通常攻撃! よし、勝った!
「魔宝玉稼ぎのために南へ来ちゃダメだな。今日クレイジーパペットに一回も遭わなかったじゃん?」
「そうでやすねえ」
「少し寂しい気がする。魔境に来た充実感がないというか仕事させろというか貢ぎ物を差し出せというか」
うちのパーティーは根っからの魔宝玉ハンターだからなあ。
「ユー様、アマチャです!」
「えっ?」
クララがまた有用な植物を発見した。
葉っぱを蒸して揉んで乾燥させたものを、お茶と同じように飲むことができるらしい。
木だし飲用にするまでの過程が面倒だしという理由で持って帰りはしないが、高級品として売れるなら考えねばならんな。
「よーし、帰るよー」
転移の玉を起動して帰宅する。
魔境は場所場所で環境が微妙に違うらしく、本当にいろんな植物が生えている。
魔境マスターになるのは大変だなあ。