第2159話:消火魔法よりラブい話
――――――――――三二六日目。
「おっはよー」
「おはようぬ!」
「やあ、精霊使い君。いらっしゃい」
皇宮にやってきた。
今日はルーネを連れてフェルペダへ行く予定だ。
ビバちゃんの花婿候補を検分できるらしいニヤニヤ。
誰を選ぶかっていう下世話な興味ももちろんあるんだが、ビバちゃんの花婿候補ならばフェルペダでも有力者の子弟だろう。
知り合っておいて損にならないから楽しみなのだ。
「サボリ君はあたしに伝えることがあるようだね?」
「わかるのか。精霊使い君はさすがだなあ」
「崇め奉ってるときっといいことがあるよ。ところで何があったの?」
「施政館から連絡があったんだ。消火魔法について聞きたいことがあるから来てくれと」
「あれ、昨日チラッと話しただけなのに、随分食いつきがいいな。そんなことでは足元を見られるとゆーのに」
「君は聖女だから、足元なんか見ないだろう?」
「痛いところを突くね。販売するのはあたしじゃなくて商人さんだってばよ」
「聖女は痛いところなのか」
何故かウィークポイントになる聖女要素。
解せぬ?
「それで消火魔法というのは?」
「『ヒナギ』っていう、火事の際の初期消火に使うといいよって魔法がドーラで開発されたんだ」
「ああ、火事の対策のためか。火事はどこでも大変だよなあ」
「ドーラで一集落丸々焼けちゃって、冬越せそうになくて大ピンチってことが今年の年初だか昨年末だかにあってさ。開発してもらったの」
言ってすぐ魔法を作ってくれるのがペペさんのすごいところ。
ドーラの誇る大天才兼トラブルメーカー。
「昨日施政館行った時に紹介したんだよ。帝国でも需要があるだろうと思って」
「すぐに反応があったと」
「昨日の時点で反応いいなあとは思ってたんだ。あたしの知ってることは伝えたんだけどな?」
まだ知りたいことがあるらしいが、それこそお値段くらいじゃないの?
海越えていくらになるかは商人さんの都合なんで、あたしじゃわからないぞ?
「その魔法は結構な効果なのかい?」
「どんだけ火勢が強くても、一定範囲はびしゃっと消し止める感じだな。単純な水魔法じゃなくて、複合魔法だって聞いた。庶民のお家だと数発で消火できるよ。例えばサボリ君くらいのレベルのある人が『ヒナギ』覚えてたら何発か撃てるじゃん? 一軒家の普通の火事なら一人で一分もかからず消火できる」
「すごいね」
「すごいんだけどね。まー大火じゃ手に負えない。練習しないと狙いがアバウトになりそう。レベル一の人じゃマジックポイント的に一発しか撃てないからどーだろ? みたいな問題点はあるよ」
全ての騎士が習得してりゃかなり初期消火に役立つとは思う。
「近衛兵も全員習得しとけって話になるかもな」
「魔法って簡単に作れるものじゃないんだろう?」
「使える魔法を作るには、何人かのチームで何年もかけるのが普通みたい。でもドーラには天才がいるんだ。こんな魔法作ってって言うと、数日で作ってくれるんだよね」
「ええ? おかしくないか?」
「ドーラの大らかな風土が育んだかなりヤバい人だよ。あっ、美人絵画集のモデルにいるわ。『ペペ』っていう名前で掲載されてる」
「ペペ? ……幼女じゃなかったか?」
「見かけはね。喋ってても幼女っぽいとこあるけれども」
ペペさんのヤバさは伝わっただろうか?
意味不明さしか伝わらないか。
さて、近衛兵詰め所に到着だ。
「おっはよー」
「おはようぬ!」
「ユーラシアさん!」
飛びついてくるルーネとヴィル。
いつものやつだ。
よしよし。
「お父様が、施政館に来てくれと言っていたのです」
「うん、聞いた聞いた。午後に行こうよ」
「今じゃなくていいのですか?」
「消火魔法についてでしょ? 他に閣下何か用があるって言ってた?」
「言ってませんでした」
「じゃああとでいいよ。緊急のことじゃないもん。どうせ今行ったって施政館忙しい時間だし、昨日あたしの知ってることは伝えてきたしね。フェルペダでビバちゃんのラブい話聞く方が重要じゃん?」
「そうですね!」
「多分フェルペダで昼御飯食べさせてもらえるよ。帰ってきてから施政館に行こう」
消火魔法の重要性なんてラブ話と昼御飯以下だわ。
「で、ルーネも何かあたしに言いたいことがあるみたいだね。どーした?」
「さすがユーラシアさんです。あのですね……」
カルテンブルンナー公爵家マヤリーゼさんのお茶会に誘われた?
ははあ、なるほど。
「どうも歳若の御令嬢を少人数、伯爵家以上の比較的身分の高い方の集まりのようです。ハンネローレ様も誘われているようで」
「ふーん、ハンネローレちゃんが誘われてるのか。いくつか狙いがありそうだな。ルーネはどう見る?」
「ハムレット様の嫁探しですよね?」
「主目的はね」
身体が治って婚約の決まった侯爵家ハンネローレちゃんは、今の帝都でホットな話題だ。
ハンネローレちゃんが来るならお茶会の出席率も高くなりそう。
最近ウルリヒさんが帝都に来てあたしと行動してたことで、いつ謀反起こすかわからん怪しいカルテンブルンナー公爵家という評判は薄れているものと思われる。
このタイミングで長男ハムレット君の婚約者を決めておきたいという、マヤリーゼさんの思惑はよくわかる。
「ウルリヒさんの行動が胡散臭いから、マヤリーゼさんの肩身も狭いんだろ。ここで挽回しておきたいって気持ちも強いはずだから、楽しいお茶会になると思うよ。ハンネローレちゃんだけじゃなくて、他にも話題を用意してあるんだろ」
「楽しみです!」
「とゆーかこれ、お父ちゃん閣下は知ってるの?」
「知らないです。お母様は知っていますけど」
「前にも言ったように、ハムレット君とルーネの相性はいいんだ。家格もちょうどいいくらいと見られてるんでしょ?」
「おそらくは」
「じゃあマヤリーゼさんはルーネを第一候補として考えてるんだろうな。この件で閣下やウルリヒさんは当てにならんから、お母ちゃんとはよく相談しとくんだよ?」
ルーネはハムレット君に嫁ぐのかなあ?
ウルリヒさんはマヤリーゼさんに弱そうだからどうにでも説得できるだろうけど、ネックはお父ちゃん閣下だな。
多数決でゴリ押すとへそを曲げそう。
「じゃ、フェルペダ行こうか。ヴィル、ビバちゃんとこ飛んでくれる?」
「はいだぬ!」
聖女要素がウィークポイントになるとは。
新米聖女にとっては難しいもんだなー。