第2144話:うまそーな名前
――――――――――三二四日目。
フイィィーンシュパパパッ。
「おっはよー」
「おはようぬ!」
「精霊使いか。既に旦那様がお待ちだ」
「見りゃわかるけど」
イシュトバーンさん家にやってきたら、もう準備万端でやんの。
イシュトバーンさん特有の丸い目がキラキラしてるもん。
多分煩悩で。
「合言葉行きまーす。『お』」
「『っぱいピンクブロンド』」
「言うと思ったわ。どんだけ楽しみにしてるのよ?」
「『おっぱいピンクブロンド』の言葉の響きが、オレの絵心を掴んで離さないんだぜ」
「エロ心を掴んで離さないのは理解したけど」
今日はおっぱいピンクブロンドことペルレ男爵家の令嬢マイケさんの絵を描かせてもらう日だ。
領地に帰ってるとのことなので押しかける予定。
「ただ今日どうなるかわかんないんだよね」
「どういうことだ?」
「帝都にいる時はおっぱいピンクブロンドの仮面を被ってる令嬢なんだけどさ」
「仮面? 素で痴女じゃねえのか?」
「何なんだ、素で痴女って」
仮にも人気ランキング八位の貴族令嬢だぞ。
大人気の痴女って納得いかないだろーが。
ランキング自体の信頼性が薄れちゃうわと、ランキング三位のあたしが心の中で文句言ってみる。
「今日は領地に帰ってるじゃん?」
「という話だったな」
「油断してるかもしれない。少なくとも帝都にいるよりは素に近い姿が見られるんじゃないかと思うんだ」
「女は素に近いほど魅力的なんだぜ」
「イシュトバーンさんの価値観だとそーだよね」
意見の一致をみたところで行くか。
ただあたしが領地の方に遊びに行くって言った時、おっぱいピンクブロンドは取り乱しかけたからな?
絶対に王都にいる時には見せてない面があると見た。
どういう部分だろうな?
転移の玉を起動、一旦帰宅する。
◇
フイィィーンシュパパパッ。
「おっはよー」
「おはようぬ!」
「やあ、精霊使い君と絵師殿か。いらっしゃい」
皇宮にやって来た。
サボリ土魔法使い近衛兵が聞いてくる。
「今日はマイケ嬢の絵を描きに行くんだとか?」
「そうそう。領地に帰ってるから、ルーネも連れて押しかける」
「楽しみだなあ」
「オレも楽しみなんだぜ。精霊使いがおっぱいピンクブロンドおっぱいピンクブロンド言いやがるから、どれほどのおっぱいピンクブロンドなのかと想像だけが膨らんでな」
「おっぱいピンクブロンドなんですよ」
「何なん? おっぱいピンクブロンド率が高過ぎるわ。頭の悪い会話だなあ」
アハハと笑い合う。
しかしおっぱいとゆーだけで期待度が上がっちゃうのはわからんでもない。
あたしもおっぱいさんに会う日は何となく心が浮き立つしな。
「おっぱいピンクブロンドの実家、ペルレ男爵家について知ってることを教えてよ」
「新興の男爵家だな。当主ゴットリープ様は二代目だ。先代は近衛兵長を務めていらしたと聞いている」
「へー。騎士とか近衛兵上がりで爵位もらう人も結構多いんだ?」
「多いな。ランプレヒト様も同様のケースだろう? あの方自身は伯爵だが長年騎士団長を務めた功績でガータン男爵を賜り、それを次男のババドーン様に譲った」
「あ、だからババドーンのおっちゃんが男爵だったんだ。本人の功績じゃないよなあ、とは思ってたけど」
今頃になって明らかになる謎。
イシュトバーンさんが言う。
「元騎士元近衛兵で領主になったって、統治が難しくねえか?」
「うーん、地縁や人脈がないような気がするな。領主としての教育も受けてないんじゃないの?」
「確かに男爵は特に爵位の返上が多いね」
男爵領は領地として難しいってだけじゃなくて、素人が治めようとするから潰れることが多い気がする。
「あんただったらどうする?」
「男爵領を経営するにはってこと? そりゃプロをどっかで見つけてこないと話になんないよ。細かい収支計算なんかわかんないもん」
ガータンで言えば領宰ベンジャミンさんのような。
ベンジャミンさんは能力があって、かつガータンを任せられていた実績もあったからな。
ヘルムート君の家臣になってくれた時点で、もう経営についてはさほど問題がなかった。
だから最初から仮住民登録証なんてアイデアを実現できたのだ。
「税収が少ないのも経営を難しくしていると思う」
「サボリ君はそう考えるか。でも領地大きくしたら潰れた時被害が大きくなるしな?」
「小さい領地を切り回せないやつに大きい領地は任せられないぜ」
「どなたもそれなりに採算があって領地貴族に就任するんですよ。しかし結局ジリ貧になってしまうことが多いらしくて」
「アイデア勝負か」
「アイデアはあたし得意だな」
「あんたは足で稼ぐ方じゃねえか」
「二刀流だったかー」
夢と希望を持って結構な人材も揃えて領主貴族になるらしい。
でも領主って難しいんだなあ。
ペルレ男爵家ゴットリープさんはガラス産業を生み出したから、軌道に乗るといいな。
さて、近衛兵詰め所に到着だ。
「おっはよー」
「おはようぬ!」
「ユーラシアさん!」
飛びついてくるルーネとヴィル。
いつものやつだ。
まったくイシュトバーンさんはニヤニヤしてるんだから。
「おい、それ描かせろ」
「言うと思ったけど、ぎゅーはこの前描いただろーが。詰め所でモタモタしてる時間はないとゆーのに」
「要するに転移先でトラブルが起きることを計算に入れてるんだな?」
トラブルはともかく、いいところだったらあちこち見物したいなって気はある。
もちろんある程度のトラブルはウェルカム。
「ところでお土産のお肉だよ。皆で食べてね」
「ん? 肉随分持ってきてるじゃねえか」
「おっぱいピンクブロンドにもお土産であげようかと思って」
ナップザックからお肉の後に地図を取り出す。
「えーと、ペルレ男爵家領はと……」
「領都がここですね。ハム」
「うまそーな名前だな。ヴィル、このハムっていう町に行ってくれる? 領主屋敷がわかればその側がいい」
「わかったぬ!」
掻き消えるヴィル。
「おい、領主屋敷近くにいきなり悪魔が行って大丈夫か?」
「帝国の男爵領って一般に人口五万人を超えないみたいなんだよ。ハムも田舎町に違いないし、ヴィルは可愛いから問題ないんじゃないかな」
多分ね。
赤プレートに反応がある。
『御主人! ビーコンを置いたぬ!』
「ありがとう。すぐ行くね」
新しい転移の玉を起動、ハムへ。
帝国の男爵領は人口数千~数万人の設定です。