第2143話:怒られちゃった、てへっ
「サイナスさん、こんばんはー」
『ああ、こんばんは』
夕食後、毎晩恒例のヴィル通信だ。
「怒られちゃった。てへっ」
『何をやらかした?』
「大したことじゃないんだ」
『ユーラシアの大したことないは、どうも単純に信じられない。本当に『てへっ』ですむことならいいんだが、世界の危機に関わりそうで怖い』
「ええ? 大げさだなー。あたしの恩恵は世界を覆うけれども、お茶目の方は笑って許せるレベルだとゆーのに」
過大評価だとゆーのに。
今日のはマジで大したことないんだってば。
「昨日の話の続きだよ。通貨単位統一に関する外相級会談を今月末アンヘルモーセンでやるよってやつ」
『うん。それで身の毛もよだつトラブルが?』
「どーして会談自体がまだなのに、身の毛もよだつトラブルが今起きるんだよ。冗談じゃないわ。ちょっとはあたしを喜ばせるタイミングを考えろ」
『本音が出ているぞ?』
まートラブル自体はあたしも嫌いではない。
でも通貨単位統一が阻害されるようなトラブルは、マジで冗談じゃない。
あたしの目指す世界の邪魔すんな。
「続き行くよ? 会談に出席するって手紙を帝国とガリアから預かって、アンヘルモーセンへ持ってったんだ」
『ここまでセーフ』
何なんだ。
これからもアウトなんてないわ。
「そしたら当然のように天使が待ってて。まったく予知能力のムダ使い」
『ふうん。随分と細かいところまで予知できるんだな』
「とゆーか本来は、細かい行動を先読みする能力なんじゃないかって気はする」
もっと大きな運命の流れもかなり読めるんだろうけど、狂いも大きくなるんじゃないかなあ?
アズラエルは賢い子だから、少々未来が狂っても対応力があるんだろ。
「デス爺のお土産にお酒買ってこうと思ったけど、ギルを持ってなくてさ」
『だから通貨単位統一を急がなきゃっていう話なのか?』
「ではなくて。あたしもそこまでせっかちではないんだわ。サイナスさんはあたしの人間お手玉って技を知ってたっけ?」
『知らないけど、聞いただけでどんな技かはわかる』
相変わらず察しがいいね。
「今日は人間お手玉じゃなくて天使お手玉だったんだけどさ。アンヘルモーセンの市民の皆さんの前で披露したらすげーウケて、おひねり一杯もらえちゃうわけだよ」
『天崇教の国で天使をお手玉するのはグレーゾーン』
「いや、天使達の許可取ったし」
『許可って、勢いでいいって言わせただけだろう? 何をやるか事前に説明していないと見た』
「サイナスさんは何でそんなに鋭いの?」
鋭い洞察力をどうでもいいところで使うな。
あたしはムダが嫌い。
「天使はふつーにものを食べるんだそーな。悪魔と違って」
『ん? 突然撹乱話法に変化か?』
「撹乱話法だけれども、警戒しなくていいってば。ちゃんと話は繋がるから」
肩の力を抜いてちょうだい。
「天使は食事したいけど、崇拝の感情を受けてるから必ずしも実食は必要じゃないじゃん? 普段はほとんど食べてないんだって」
『ほう、何となく哀れだな』
「でしょ? 天使お手玉で儲かったから、屋台で買い食い豪遊したんだよ。天使は大喜びだったんだけど」
『大体わかった。天崇教の上層部に、天使のイメージが損なわれるからやめろって言われたんだな?』
「ピンポーン! 大正解!」
『判決、無罪』
「やったあ!」
ここで青汁の刑って言われると嫌な夢見るからな。
まことに重畳。
「その屋台で食べた料理が、前タルガで食べた魚料理と同じ調味料使ってたんだ。ホアジャオっていう、不思議な風味があって辛いやつ。サンショウに似た調味料って言われたけど、あたしサンショウは味知らないんだよね」
『要研究だな』
「うん。サンショウって赤眼族は使ってる調味料だそーな。魔境で見つけてるんだけど、木だから後回しにしてるんだ。優先順位って難しい」
調味料は料理の進歩にダイレクトに影響するから、なるべく早く導入はしたいのだが。
「まーでも天使達も勝手に食べちゃいけないことに関してブーブー文句言っててさ。あたしが遊びに行った時は天使に食べさせていいことになった。ただし聖務局っていう建物の中でだけ」
『アンヘルモーセンなんて行く機会があんまりないだろう?』
「まあねえ。今度外相級会談で行く時にお肉持ってってやろうかと思って」
会談の最中はあたしの出番がない。
天使と一緒に御飯食べててもいいだろ。
有益な話を聞けるかもしれないし。
『消火魔法についてはどうなった?』
「行政府に紹介はしてきたよ。ちょうどタイミングよく貿易商が来てたんだ。『ヒナギ』を習得してもらって、レイノス港で消火実験やって。上々の評判です」
『それはよかった』
「知事のオルムスさんが食いついてきてさ。レイノスの火災予防にも使いたそーな雰囲気だったよ。ヨハンさんから輸送隊に詳しい話聞きたいって言われるかもしれない。ドーラでも広まって使われるようになるといいね」
『それはよかった』
「ん? 何か懸念ある?」
サイナスさんとしては珍しく、棒読みみたいな返事を繰り返すじゃないか。
どっか上の空とゆーか。
『アレク達が言うには、あの『ヒナギ』という魔法はまさに燃えてるところに命中させる必要があると。炎のメラメラしているところに当てても効果が薄かろうと』
「当たり前じゃない?」
『君は当たり前と思うかもしれないが、火事で慌ててる時に冷静な判断が下せるか? 冷静な判断が下せたとしても、正確な位置に当てることができるかと言われると、訓練されてない人だとムダ撃ちが多くなるんじゃないかってことなんだ』
「……改まって言われると、案外重要なポイントかもしれないな。攻撃魔法で魔物を相手にする時ほどじゃないにしても、ある程度の命中率が欲しいかも」
『だろう? 宣伝する時は時は注意してくれよ』
「わかった」
消火実験でベンノさんは上手に火を消した。
でもベンノさんはあちこちで水魔法『アクアクリエイト』を披露してるだろうから、慣れてたのかもしれない。
今日施政館に宣伝しなくてよかったな。
単にルーネにビックリさせられて忘れてただけだったが。
「サイナスさん、おやすみなさい」
『ああ、御苦労だったね。おやすみ』
「ヴィル、ありがとう。通常任務に戻ってね」
『はいだぬ!』
明日はおっぱいピンクブロンドの絵だ。
まー天使も悪魔も可愛い。
天崇教徒で悪魔崇拝者のウルリヒさんの気持ちもわかる。