第2140話:消火魔法は食いつきがいい
「こんにちはー」
「こんにちはぬ!」
「ユーラシア君ですか。どうぞ」
行政府大使室にやって来た。
在ドーラ大使のホルガーさん衛兵長さんアドルフの他、パラキアスさんオルムスさんと貿易商ベンノさんがいる。
ラッキー! ベンノさんに消火魔法のスキルスクロールの紹介ができるわ。
クリークさんとマックスさんは別の部署に異動かな?
パラキアスさんが言う。
「ドミティウス殿下は息災かい?」
「元気だよ。最近すごーくサッパリした顔してる」
チラッとイシュトバーンさん見たら、意味ありげに頷いている。
お父ちゃん閣下が『魔魅』持ちでなくなったことを、パラキアスさんには話してあるらしいな。
パラキアスさん以外は真の意味がわからないだろうけど、皇帝選に負けた閣下がどういう状況なのかという解釈をしてるだろう。
間違いじゃないからいいですよ。
「最近閣下は施政館参与兼先遣外務官として、あたしと一緒に世界を飛び回ることが多いんだ」
「先遣外務官とは何だい?」
「外務大臣の露払いみたいな役職だよ」
「ああ、だからユーラシアくんが連れ回す格好になるのか」
「うん。高度に外交や軍事に関わらない案件だったら、あたしと閣下が納得したら即決しちゃっていいんだって」
あれ、ここまではパラキアスさんやホルガーさんも知らなかったみたいだな。
あたしの持つ権限が大きいから、ビックリしてるんだろ。
「通貨単位統一の話が少し進んでるんだ。今月三〇日にアンヘルモーセンの首都シャムハザイで、帝国ガリアアンヘルモーセンの三ヶ国外相級会談が行われまーす」
「外相級会談か。大筋が決まるな?」
「多分。楽しみだねえ。で、閣下が通貨単位統一組織の事務方のトップになると思う」
「妥当だが、事務方?」
「組織自体のトップはあたしになりそう」
「ほう?」
「美少女飾っとく方が見栄えがいいからね。事務局本部はドーラに置くことになると思うんだ。オルムスさんもホルガーさんも承知しててよ」
頷く皆さん。
カル帝国のような大国が前面に出過ぎると反発もあるだろう、ということはわかっていただけたようだ。
ドーラに持ってくるのはあんたのゴリ押しだろって顔を、イシュトバーンさんがしている。
あたしからするとゴリ押しってほどでもないんだが。
「『ウォームプレート』と『クールプレート』の今月分持ってきたけど、納品していいかな?」
「ちょうどよかったよ」
「だよね。ベンノさんいるもんね」
「すぐ代金を用意させよう」
よしよし、商売繁盛貿易万歳。
「ところで今度の移民っていつ来るかな?」
「二五日に到着予定だよ」
「二五日ね。りょーかいでーす」
さて、本日のメインイベントだ。
「ベンノさんにお土産がありまーす! じゃーん! 『ヒナギ』のスキルスクロール!」
「「「「「「『ヒナギ』のスキルスクロール?」」」」」」
「火事発生の際に役立つ、火消し用の魔法だよ」
「詳しく聞かせてくれ!」
あっ、オルムスさんが食いついた。
レイノスの知事として火事対策は頭を悩ませるポイントなんだろうな。
「風と水の複合魔法って聞いたけど、理屈はよくわかんない。魔法の効果範囲が三、四ヒロあって、その内部は一瞬でばしゅっと火が消えるよ。だから家火事くらいならどんだけガンガン燃えてても数発撃ちこめば消火完了、一分以内」
「消費マジックポイントはどれほどだ?」
あれ、パラキアスさんも興味あるのか。
「レベル一の人でも一発は撃てるくらい。でもレベルによって魔法の効果は変わらないってさ」
「「使えるじゃないか!」」
「あたしが使ってみた感じではメッチャイケるね。大火になっちゃうとアカンけど、初期消火にはバツグンに効果あると思う」
オルムスさんとベンノさんが大喜びだ。
あれえ? 思ったよりリアクションが大きいな。
「ベンノさんどーぞ」
スキルスクロールを渡す。
「これはこれは、ありがとうございます!」
「宣伝だからいいんだぞ?」
「実際の消火の様子を見てみたいんだが」
「あたしもレベル低い人が使ってどうかっていうのは見たいな。港で実験しない?」
「すぐに用意させよう!」
港へゴー。
◇
「よし、ベンノ君。魔法を撃ってみてくれ」
レイノス港で木を組んで油をかけたものに火をつけた。
結構バチバチ燃えてるんだが?
何だ何だと人も集まってきている。
あたしが『ヒナギ』を撃った感覚だとこれくらいは楽勝で消えるけれども、低いレベルの人でも本当に同じだけの効果ががあるのかな?
そこんとこは知っておきたい。
「いきます! ヒナギ!」
「「「「「「「「おおっ!」」」」」」」」
瞬時に消える火に感嘆の声が上がる。
パラキアスさんが言う。
「パーフェクトだ。これもペペさんの魔法なんだろう?」
「そうそう。消火魔法作ってくれって言ったら二種類作ってくれてさ」
「二種類?」
「もう一種類大火とか山火事用の、規模のデカいやつがあるの。五〇×五〇ヒロ対応って聞いた。ただこっちは消費マジックポイントもすげー大きくなるから、個人が撃つのは現実的じゃないの。魔道具から撃ち出そうってことで今設計中」
「パーフェクトだ!」
「試作品ができても実験できないんだよなー」
マジ火事になっちゃうしな?
オルムスさんとベンノさんが興奮気味だ。
「すごいじゃないか!」
「すごいでしょ? ボヤとか出火直後とかだと特に有効だと思うから、見回りの警備兵や騎士さん達が覚えてると安心だと思うんだ」
「そうですな! おいくらですかな?」
「ドーラでの小売価格が五〇〇〇ゴールドだよ。でもごめんね。帝国に輸出できるスキルスクロールの生産本数の上限は、やっぱ月三〇〇〇本なんだ。水魔法と盾の魔法も合計してになるから注意してね」
「ふむ、政府から注文が入ってからの方がいいか」
「じゃあ施政館にも宣伝しとくね」
「ユーラシア君、ドーラでもぜひ採用したいのだが」
「カラーズの輸送隊の中にスクロール生産に関わっている子がいるから、ヨハンさんに問い合わせて行政府に呼ぶといいんじゃないかな。あたしより詳しいよ」
よし、これでスキルスクロールのことはアレクやケスっていうことになるし、ヨハンさんの重要性も増すだろ。
いい世の中にするために皆働け。
「あたしの方からは以上でーす。お腹がすきました。お昼御飯が食べたいでーす!」
『ヒナギ』は温度を発火点以下にすることと酸素の除去を、一瞬だけ同時に行うような魔法です。
一瞬だけですので、火事に巻き込まれている人に使用しても窒息死するようなことはないという設定です。




