第2135話:私の心配をしなさい!
「これが……スレイプニル……」
「伝承上では神馬って言われてる、スレイプニルのプニル君だよ」
ルーネとビバちゃんとヴィルを連れてガリアの王宮にやって来た。
もしゃもしゃニンジンを食べるでっかい八本脚のウマを見て、ビバちゃんが呆然としている。
プニル君は格好いいというか、どんな人にも見ただけですげえって思わせる説得力があるんだよな。
羨ましい。
『今日汝らは何の用があるのだ?』
「アンヘルモーセンのお偉いさんの手紙預かってるんだ。それを届けに来たの」
『王宛てか?』
「そうそう。王様帰ってる?」
『うむ。先ほど帰宮したところだ』
恐る恐るといった感じでビバちゃんが聞いてくる。
「あなたはスレイプニルと話せるの?」
「話せるよ。とゆーかプニル君は知性ある存在だから、普通に喋ってるんだよ。人間側が聞き取れないだけ」
「どうすれば聞き取れるの?」
「プニル君よりレベルが高ければ。つまりレベルが一〇〇以上あれば」
「デタラメですわっ!」
「本当だとゆーのに」
プニル君自身が言ってたもん。
いや、あたし自身も何だそれ、ムダな設定も極まると思ったよ?
でも世の中理不尽なこともあるんだってば。
ニンジンを食べ終わったプニル君が満足そうに言う。
『うむ、馳走になった』
「プニル君に聞いときたいことがあるな」
『何であろう?』
「今日のいつもと違って帝国産のニンジンなんだ。いや、一ヶ月くらい前にドミティウス殿下とウルリヒ公爵連れてきた時のニンジンも帝国産だったな。ドーラ産のと違いがあった?」
『そうだったか。収穫してから時間が経っている感じだが、やや甘味が強い気がしたぞ』
「なるほど、甘みの強い品種なのかもしれないな。ドーラに導入する価値があるかもしれない。プニル君、ありがとう!」
鷹揚に尻尾を振るプニル君。
『ふむ、ニンジンの礼として我の背に乗ってもよいぞ』
「ほんと? ビバちゃん、プニル君が背中乗せてくれるって」
「ええっ?」
「滅多にない機会だから乗せてもらいなよ。これも経験の内だ」
「そ、そうね」
「私も乗ってみたいです!」
「プニル君、二人いいかな?」
『構わぬぞ』
膝を折って乗りやすくしてくれるプニル君。
おっかなビックリのビバちゃんと大喜びのルーネ。
見てるだけで面白い。
「以前お父ちゃん閣下とウルリヒさんのどちらかを、プニル君の背中に乗せてやるってイベントがあってさ」
「えっ? お父様は高所恐怖症なのですが」
「うん、一方でウルリヒさんは乗馬が苦手だから二人で譲り合い。ジャンケンに負けたウルリヒさんが乗ったっていう、バカなことになったわ」
貴重な経験のはずが罰ゲームになってたわ。
「ビバちゃん、たてがみにしっかりしがみついててね。振り落とされたらキャッチしてやるから」
「わ、わかったわ!」
助走から宙を翔けてゆくプニル君。
実に格好いいなあ。
誰かさんの悲鳴が聞こえるような気もするけど気のせいだろ。
◇
「こんにちはー」
「こんにちはぬ!」
「ようこそユーラシア殿」
王宮玄関の警備兵がにこやかに挨拶してくる。
ヘロヘロでプニル君の背から降りるビバちゃんとそれを助けるルーネ。
ビバちゃん高速『フライ』は大丈夫なのに、プニル君はダメっぽい。
スピードはさほどじゃないのにな?
ウマが初めてなのかな?
「はあはあ……」
「このくたばり損ないは、東の方のフェルペダって国の王女様だよ。一応」
「一応じゃなくて正真正銘の王女なのですわっ! くたばり損ないでもないのですわっ!」
「あ、元気だな。心配してたんだぞ?」
「そ、そうなの?」
「甲高い悲鳴を聞かされて、プニル君が気分を害すんじゃないかと思って」
「私の心配をしなさい!」
アハハと笑い合う。
ビバちゃんのレスポンスは大変よろしい。
つい掛け合いをしたくなってしまう。
「プニル君ありがとう。じゃーねー」
『うむ、さらばだ』
去っていくプニル君。
それを見ながら呟くビバちゃん。
「……二度とない経験でしたわ」
「大げさだなー。プニル君は気のいいやつだから、頼めばまた乗せてくれるぞ?」
「もういい! もういいのですわっ!」
ブンブン首を振るビバちゃん。
遠慮しなくていいのに。
ルーネはまた乗りたそうだな。
警備兵が言う。
「今日はいかなる用件がありましたかな?」
「アンヘルモーセンでもらった手紙を預かってるんだ。王様いる?」
「ユーラシア!」
あ、タイミングよく王様出てきた。
ビバちゃんの声がうるさいからだ。
「王様こんにちは。紹介しとくね。こちらフェルペダの王女ビバちゃん」
「フェルペダ? 大変な遠国ではないか。ようこそガリアへ」
「初めまして、ピエルマルコ陛下。ビヴァクリスタルアンダンチュロシア・フェルペダラスにございます」
ビバちゃんの淑女の礼は奇麗だな。
ここだけは王女っぽい。
とゆーか王女っぽいのはここだけ。
「勉強のためにルーネとビバちゃんを連れ回してるの」
「ハハッ、大変な勉強だな」
「ってのは置いといて、統一通貨関係で進展がありまーす。アンヘルモーセンのヒジノ外務大臣から手紙を預かってきたよ」
「ヒジノ枢機卿の手紙? 拝見しよう」
開封して読む王様。
「今月の三〇日にシャムハザイで会合? 随分と急ぎだな。間に合うはずがないではないか」
「いや、それがさ。あたしが転移で連れてこいってことなんだよね」
「ふむ? 枢機卿が焦っているのには裏があるか?」
「サラセニアのクーデターに乗じて勢力を伸ばそうとしたことに失敗。おまけに帝国~ガリアの協商関係が確立されたことで、アンヘルモーセン政府は支持を失ってきてるんだそーな」
「当然だな」
「一方で通貨単位統一の考え方は天崇教と商人さんに評判がいいんだって。アンヘルモーセン政府としては、通貨単位統一を推進して真面目に仕事してるところを見せたい」
「ハハッ、都合がいいな」
ニヤッと悪い笑いを見せる王様。
アンヘルモーセンは話し合いが停滞する様子を市民に見せたくない。
少々のゴリ押しは通るだろうっていう意味だな。
多分帝国もそう思ってる。
「ユーラシアは迷惑じゃないんだな?」
「ないよ。ヒジノさんとこへお返事持ってかなきゃいけないんだけど」
「明日までに用意しておこう」
「じゃ、明日これくらいの時間に取りにくるよ。またね」
「バイバイぬ!」
転移の玉を起動、一旦帰宅する。
ビバちゃんにはいろんな経験をさせてやりたい。
リアクションが面白いからニヤニヤ。