第2129話:いらん子でなくなりますように
お父ちゃん閣下が言う。
「予も行こうか?」
「いや、ヒジノさんに話聞いてくるだけだから、偉い人はいらない。遊びくらいのつもりで行ってくるよ」
「うむ、大事にするべきではないんだろうな」
ルーネに同行できないのは閣下残念なのかも。
一方でビバちゃんにはいい経験になるだろ。
あれ、ビバちゃん深呼吸してるじゃん。
イケオジに弱いなあ。
「あの、私も連れていってくれるようですけれど」
「うん、連れてく。アンヘルモーセンは今のところフェルペダにはあんまり関係してない国だろうけど、テテュス内海では商業的に有力国なんだ。天使を崇める宗教を信仰している、ちょっと変わった国だよ。多分天使にも会える」
「天使に会えるのは興味深いわ。でも私は場違いではなくて?」
「場違いっちゃ場違いだけど、いいんだぞ? これには帝国の思惑もあるんだから」
「帝国の思惑?」
ビバちゃん首かしげてるな。
自分は帝国ともあんまり関係がないとでも思ってるんだろう。
プリンスルキウス陛下とお父ちゃん閣下を見たら頷いてる。
じゃあ言っちゃう。
「フェルペダでさ。ビバちゃんは一八歳のいっぱしの王女なのに、政治外交軍事社交何にも関わってないわけじゃん?」
「関わってないですわね」
「だけどフェルペダは全然困ってないでしょ?」
「困ってないわね」
「表現を選ばずハッキリ言っちゃうと穀潰しだね。ビバちゃんが国内でどう見られてるかっていうと、おそらくいらん子だと思われてるんだよ」
「私がいらない子……ええ、何となく気付いてましたけど」
「それどころか『アイドル』で混乱させる要素もある。国民には我が儘で評判悪い。いっそのこと闇に葬ってしまえと考えてる人だって、一人や二人じゃないはず」
「えっ?」
小刻みに震え始めるビバちゃん。
「そ、そうなの? ヘイト関係なく?」
「いや、ヘイト食らってるから我が儘だって言われるんだろうけど。どっちにしても次代の女王として理想的な、愛される王女のポジションに今のビバちゃんはいない」
「う、うっすらとはわかってたけど」
「ズバッと言われると結構堪えるでしょ?」
「ひあっ!」
変な踊りは踊らんでいい。
愛される王女のポジションにないいらん子なのは、あくまでずっと今のままのビバちゃんならばだ。
挽回の機会はいくらでもある。
「で、カル帝国はビバちゃんを救う方向に舵を切ったんだ」
「そうなの? どうして?」
「正確にはフェルペダ王家が倒れて東方が荒れるとどえらい迷惑だな。じゃあフェルペダのウィークポイントに手入れてやるかっていう、カル帝国の思惑」
「フェルペダのウィークポイントって私のことよね?」
「よく理解しているね。いいぞいいぞ。ちょっと前のビバちゃんは、その程度のこともわかってなかった」
「手を入れるって言っても……」
おわかりでないようだ。
プラスアルファの要素だよ。
「ビバちゃんに箔をつけてやることはできるじゃん?」
「箔?」
「付加価値って言ってもいいな。例えば帝国の新皇帝に直接会ったフェルペダの要人って何人いる?」
「あ……」
実力者と実際に話したことがあるってだけで、大きなアドバンテージと感じる人もいる。
自分を価値あるものと見せる際に、人脈はかなり重要なのだ。
「これからアンヘルモーセン行くことだって、ビバちゃんの価値を高めるんだぞ? アンヘルモーセンを知ってるフェルペダ人もあんまりいないでしょ?」
「それは……ええ」
「通貨単位統一で国同士の距離は近くなる。外国を知ってりゃ知ってるほど有利だよ。ビバちゃんには味方もいる」
「あなたのことね?」
「あたしだけじゃなくてさ。今日勉強を始めるところだったのに、ハーマイオニーさんが笑ってあたしと遊びに行くことを許してくれでしょ? 様々な経験を経ることが、ビバちゃん自身を救うことを理解してるからだよ」
驚いて目を丸くするビバちゃん。
「グラディウスのおっちゃんだって、似た考えを持ってるはずだよ。モイワチャッカとピラウチの和平に向けた会談に、ビバちゃんが行くって言ったらすぐにおっちゃんも参加を決めてくれたでしょ? 忙しい宰相様なのに。ビバちゃんが海外での修好活動に尽力してるってことを、実際には遊びに行くだけでも、それとなく宣伝してくれるつもりに違いない」
「味方……」
「ビバちゃん個人がどうっていうより、ビバちゃんを立ててフェルペダ王家を支えようって考えてる面々がいる、っていう見解が正しいな。そーゆー味方を裏切って失望させると、ビバちゃんの首ちょんぱが近くなる。わかるね?」
「わかるわかる。ようくわかりますわ!」
「よし、頑張ろうか。自分が役に立つと見せかけるためにね」
反芻するように何度か頷くビバちゃん。
実際わずか一〇日ばかりでビバちゃんの意識はかなり変化し、レベルも中級冒険者並みになり、厄介な『アイドル』の固有能力もコントロールできるようになっている。
普通に考えて大変な進歩だ。
いろんな経験を積んで知識も増えている。
前途はさほど暗いってわけじゃない。
プリンスが優しく言う。
「我が帝国は、フェルペダ王家と王女殿下に対して好意的なのは間違いないですからね」
「ええ、ありがとう存じます。陛下」
「アンヘルモーセンとフェルペダに関しては置いといてだ。魔道研究所の報告がどうのこうのって聞いたよ。何だったかな?」
「ああ、そうだ。アデラ」
「はい」
アデラちゃんから書類を渡される。
思った通り、ヴォルヴァヘイム近辺の地区の土中魔力濃度の調査結果だ。
マーク青年の署名がしてある。
「調査結果に基づいて、聖風樹の試験植樹を始めてもらいたいんだ」
「了解。こっちも聖風樹挿し木して苗作ってるところでさ。根が出たからいつでも植え替えていいって言われてるんだ」
「ん? どうして聖風樹の苗を作れるんだい? 魔力条件が厳しいという話だろう?」
「うちの畑番の精霊は優秀だから、何と地中の魔力を操れるのでした。いっぺんにたくさんの苗を生産できるわけじゃないんだけど、今一〇本あるよ」
「試験にはちょうどいいな。任せていいかい?」
「任された。魔道研究所と現地の人に相談しながら植えとくね」
聖風樹植樹も進められるな。
「じゃ、行ってくるね」
「行ってくるぬ!」
転移の玉を起動して一旦帰宅する。
まあビバちゃんをあちこち連れてってやるのも聖女の施しだ。