第2122話:先帝陛下が手招き
ドーラのお茶と言ったら、一番自慢できるのはあれだ。
「うん。特に夏用冷茶で『リリーのお気に入り』っていう銘がついてるやつがあってさ。それは最高級品。もうビックリするくらいすごい。あたしなんか超すごいお茶って呼んでる」
「私やライナー様も飲ませていただいたことがあるんです。本当に素晴らしいんですよ。フリードリヒ様が世界一だと、ヴィクトリア伯母様が幻の茶だと仰っていました」
「むむ? 高級品質の茶がドーラにあったとは知らなかった」
「じっちゃんが知らないのもやむを得ないところがあるの。あたしも発見したのが去年の暮れで、しかも淹れ方が特殊だから良さがなかなか伝えられないってことがあったんだ。もちろん茶農家も大々的に売れるなんて思ってなくて、細々と売ってただけ」
「販売上の問題があったのか」
「今年になってから売り込んでるやつなんだ。まだ生産量が少なくて、手に入りにくいよ。でも去年までドーラ総督で初代の在ドーラ大使のじっちゃんが知らないのは問題があるから、いいお茶があるってことは知っててよ」
「うむ、わかったぞ」
イシュトバーンさんと視線が合う。
要するに元公爵を宣伝係に使うんだな? って顔をしている。
そゆこと。
使えるものは何でも使う。
「さて、メリッサ嬢、そろそろ描かせてもらってもいいかい?」
「はい、わかりました」
「まだ少しメリッサの表情や動きが硬いかな。緊張してる?」
「か、かもしれないな。絵のモデルなんて初めてだから」
「表情が硬いのはよろしくないな。ライナー君、お姫様抱っこしてやってよ」
「こうかい?」
「ひやあああああ!」
ライナー君、こういうのはちっとも躊躇しやしねえ。
この天然モテ男め。
「にいさま、かっこういいぞなもし!」
「リキニウス殿! わらわもお姫様抱っこしてもらいたいのじゃ!」
「え? ちょっと待て。リキニウスちゃんじゃ危なっかしいだろ。代わりにあたしがお姫様抱っこしてやろう」
「私も!」
「あちしも!」
「わっちも!」
「何なんだあんた達はもー。並びなさい」
何故かお姫様抱っこ大会になってしまった。
うっかり元公爵もやりたそーな顔してるけど、お付きの人が止めてる。
うん、やめといた方がいいよ。
ぎっくり腰になるのが目に見えてる。
かくして一つの危機は未然に阻止されたのであった。
「おい、余計に硬くなったんじゃねえか?」
「失敗だったかなあ?」
失敗だなんて思っていない。
ドジっ娘女騎士メリッサの上気した顔は実に魅力的だニヤニヤ。
イシュトバーンさんはどんなポーズを要求するつもりかな?
「ソファーに座ってくれ。顎を引いて視線を前に」
「はい」
ほう、オーソドックスなポーズを斜めから描くようだ。
長身が映えるから立ち姿を描くのかと思いきや、座らせるのは意表を突くな。
騎士姿のドジっ娘の座っている姿を見たことのある人は、案外少ないかもしれない。
そーゆー希少性を狙ってるのかな?
「髪を降ろしてくれ」
「はい」
ポニーテールを解くメリッサ。
イシュトバーンさんやるっ!
これは普段感というかリラックス感が出る。
ドジっ娘ファンも納得だろう。
イシュトバーンさんが描き始めた。
「ユーラシア君。わしもイシュトバーン殿の後ろへ行っていいだろうか? 描いているところを見たいのだが」
「あ、ごめん。こっちの人数が多くなると、窓から光入んなくなってメリッサの顔が陰っちゃう。描き上がってからで我慢してよ」
「む、そうだな」
イシュトバーンさんが後ろを向いてニヤッとする。
あたしを見なくていいから絵に集中してろ。
そーだよ、トラブル起きた時にこっちに被害が広がるのが嫌なんだよ。
確かにあたしはトラブルが好きかもしれない。
トラブルウェルカムでも、自分が巻き込まれるのや余計な仕事が増えるのは真っ平ごめんなのだ。
「ずいぶんあめがつよくなってきたぞなもし」
「そうだねえ」
風も強くなってきた。
窓がガタガタ言ってる。
結構な嵐になってきたぞ?
波乱の予感がするな。
「どこまで描けたのじゃ?」
「気になる? 見てもいいけど、こっち来るのは一人ずつにしてね」
「うむ」
大分描けてきてるよ。
いつものパターンだと、この辺から謎のえっちさが加わってくるところだ。
リキニウスちゃんオードリーニライちゃんルーネが代わる代わる見ている。
「ガラガラビシャーン!」
「「「「きゃっ!」」」」「「「うわっ!」」」「ビックリしたぬ!」
突然の雷だ。
近くに落ちたな。
でも雨がザーザー降ってるから火事にはなんないだろ。
特に問題はなさそう。
ハハッ、ドジっ娘女騎士がうっかり元公爵にしがみついてるがな。
うっかりさん幸せそうで何より。
「あんたも可愛い声上げろよ」
「そーゆーのはあたしのキャラじゃないとゆーか。あっ?」
うっかり元公爵の顔色が変わってきてる!
首が締まってる!
「こらメリッサ放せ!」
「あっ、グレゴール様! も、申し訳ありません!」
慌ててうっかり元公爵から離れるドジっ娘。
ヤバい、息止まってるやんけ。
予想外のトラブルを放り込んでくるなあ。
さすがと言おうか予定調和と言おうか。
ライナー君とお付きの人達が右往左往してるけど、蘇生薬蘇生薬っと。
「かはっ!」
「よーし、息吹き返したね。念のためリフレッシュ!」
ライナー君が恐る恐る聞いてくる。
「も、問題はないのかい?」
「特にないな。身体の魔力の流れは正常そのものです。じっちゃん、大丈夫だよね?」
「あ、ああ。この上ない幸福感に包まれていた。天国の門が開き、コンスタンティヌスが手招きしているのが見えた。美しい光景だった……」
「ヤバかったなー」
イシュトバーンさんと新聞記者が上機嫌だ。
面白いものを見たと思っているに違いない。
さすがに不謹慎だから何も言わないんだろうが。
明日の新聞記事は面白くなりそう。
「……ごめんなさい」
「いや、メリッサは悪くない。問題があるのはガード体制の方だわ。何かあることはわかりきってるんだから、油断しちゃダメだって。大いに反省してもらいたい」
恐縮するライナー君とお付きの人達。
いや、あたしもこーゆー展開になるとは思わなかったからビックリしたけどな?
「もう少しで終わるぜ。メリッサ嬢、さっきのポーズ取ってくれるか」
「はい」
イシュトバーンさんはマイペースだなー。
うっかりドジっ娘コンビはマジで何が起こるかわからん。
混ぜると危険。