第2107話:混乱するネポスちゃん
――――――――――三二〇日目。
フイィィーンシュパパパッ。
「おっはよー」
「おはようぬ!」
「やあ、精霊使い君。いらっしゃい」
皇宮にやって来た。
いつものサボリ土魔法使い近衛兵が言う。
「君はいつも輝いているなあ」
「今頃あたしの信徒になったのかよ。信心が薄過ぎない?」
「薄過ぎるぬ!」
アハハと笑い合う。
まー迷える一人の近衛兵を導いたと思えば気分もいいもんだ。
もっとあたしを尊敬し、賛美しなさい。
サボリ君がサッパリした顔で続ける。
「君が帝都に来るようになって皇宮の風通しが良くなった。これは俺だけの感想じゃなくて、近衛兵皆が言ってることだよ」
「そお? お土産のお肉の効果じゃないよね。聖女の浄化効果?」
「ハハッ、そうかもな。ヴィクトリア様と上皇妃様の関係は良好になったし、ドミティウス様はピリピリしたとこがなくなったし、セウェルス様はいなくなった」
「最後のは不敬罪で罰金にならんの?」
「勘弁してくれ。勤めやすい職場になったってことさ」
「よかったねえ」
意図したことではなかったと言え、他人に感謝されるのは嬉しい。
感謝が形になるともっと嬉しいけどな。
「考えてみりゃあたしが皇宮に来始めた頃って、上皇妃様が呪い殺されそうになったりしてたんだったわ」
「今じゃもうあり得ないだろう?」
「ないなー。雰囲気がサッパリしとるわ」
「いい状況が形成されてるってことだよ」
皇宮クエスト自体は地下のガルーダを宥めて終わりだったかもしれない。
でもセットのクエストと言えるような、いろんな事件が絡んできたな。
偶然だったのかもしれないが、少しずつ運命をあたしにとって都合のいい方向に曲げてきたのかも。
「今日はフェルペダへ行くんだって?」
「うん。ルーネを連れて遊びに行く」
「ネポス様が詰め所にいらしているんだ」
「ネポスって新登場人物だな。どんな人?」
「君が知ってる人物の関わりから言うと、レプティス宮内大臣の孫だ」
「おおう、子供か。皇子殿下?」
「いや、皇位継承権はない。男爵令息だな」
つまりレプティスさんの息子か娘が、どこぞの男爵を継いだか嫁いだかして、その子ってことね。
大体了解。
「元々年齢の近いリキニウス様と仲が良くてな。しかしリキニウス様は最近オードリー王女につきっきりだろう?」
「……あれ、賢いあたしは理解したぞ? リキニウスちゃんとオードリーがくっつく原因を作ったあたしが恨まれてる?」
「御名答」
「聖女であってもどこで恨みを買ってるかわからんもんだなあ。人生不可解だわ」
「ハハッ。どうやらここのところ不機嫌なネポス様にレプティス様が言ったようだぞ? 君に会ってみろって」
「どーして厄介事があるとあたしに回そうとするのか。謝礼を出せ」
プリンスルキウス陛下もなんだよなー。
あたしがトラブル好きだとでも思っているのか。
「嫌いじゃないぬ!」
「だから心を読むな。ま、いーや。ネポスちゃんも遊んでやろう」
レプティスさんがあたしにエンタメをプレゼントしてくれようとしているのかもしれないしな。
近衛兵詰め所が近付いてきたが……。
「何なの? あたしを襲撃するのが流行してるの?」
「まさかネポス様が?」
「かどうかは知らないけど、低レベルの人が待ち構えてるねえ」
「それでいつものように俺が盾役なんだな?」
「自分の役割を把握してきたね。じゃあ行くぞ? こんにちはー」
「こんにちはぬ!」
「え?」
声をかけてヴィルとともにさっと詰め所の中に入る。
いつもと違うパターンだからサボリ君が戸惑っとるわ。
しかし……。
「とりゃああ!」
「あたたたっ!」
「ダメだなあ。隙だらけだ」
後ろ頭を叩かれるサボリ君。
いつもいつも詰め所から飛び出してくるパターンばかりじゃないわ。
体勢を崩して上から落ちてきた男の子をひょいっと抱える。
これがネポスちゃんか?
リキニウスちゃんよりちょっと背の低い子だ。
「あたたた……えっ? 屋根の上から?」
「敵なんかどこから来るかわかんないんだから、油断してちゃダメだわ。近衛兵にとっては結構いい訓練になるな」
「ユーラシアさん!」
飛びついてくるルーネ。
ヴィルと男の子込みでぎゅー。
真っ赤になる男の子が叫ぶ。
「な、何なのだっ!」
「これはあたしとルーネが会った時のセレモニーだよ。あんたも勝手に混ざってくるな」
「な?」
「ネポス様。混乱しなくていいですよ。これがユーラシアさんなのです」
「そーだ。あたしが美少女聖女精霊使いユーラシアだ。でも美少女聖女精霊使いって語呂が悪いな。どうにかなんない?」
「えっ?」
だから混乱しなくていいとゆーのに。
素直で可愛い子だな。
「ネポスちゃんがレプティスさんの孫ってことは聞いた。用件は何だろ?」
「それはお前が……」
「屋根の上から飛びかかってくるのもいいけど、落ちると危ないから無謀なことはダメだぞ? 自分の身に責任を持てないのは愚か者の所業だ」
「え? うん……」
「ネポスちゃんはなかなか生意気可愛いね。女の子にはモテる方?」
「い、いや……」
「リキニウスちゃんと仲がいいんだって? でもオードリーとイチャイチャしてるところを邪魔しちゃいけないよ。ウマに蹴られて死んでしまっても文句言えない」
「そ、そうか……」
「さて、ルーネ。フェルペダ行こうか」
「ちょっと待て!」
ネポスちゃんが大声を上げる。
何だったろ?
「少しは黙れ! ぼくが全然喋れないじゃないか!」
「ネポスちゃんは、自分が喋るのを聞けってふうに教わってる?」
「えっ?」
「世の中素直に話を聞いてくれる人ばかりじゃないんだ。でも自分が主導権を握って、言うことを聞かせなきゃいけない場面はあるでしょ?」
「う、うん」
「今みたいに怒るのも、有利になるっていう計算ならいいんだ。ただ感情を爆発させるだけなのは、あ、こいつ冷静さを失ってやがるなって侮られちゃうぞ?」
「そ、そうか……」
「頭かーっとしてる時に出した結論は、あとで考えると損だったってことが多いよ。ネポスちゃんも将来領主貴族になるつもりなら、つまんない損することを許すべきじゃない。何故なら領主の損は領民全員の損だからね。わかったかな?」
「わかった」
「よし、サービスだ。ネポスちゃんの話を聞いてあげよう」
ルーネは何を喜んでいるのだ。
まったく意味不明だな。
ネポスちゃんは元気のいい、からかい甲斐のある子だわ。
遊んでやろう。