第2103話:それはそれで面白くない
「こんにちはー」
「こんにちはぬ!」
施政館皇帝執務室のドアを開ける。
いつものようにプリンスルキウス陛下、ドミティウス閣下、アデラちゃんがいた。
フィフィと執事がちょっと緊張してるみたいだけど、特に問題はあるまい。
「やあ、ユーラシア君。いらっしゃい」
「皆さん機嫌がよろしいようで。特に閣下どうしたん? 純真な子供のような目してるじゃん」
「予は少年の心を忘れないようにしているのだよ」
「ぜってーウソだ」
アハハと笑い合う。
『魔魅』持ちでなくなったことで心持ちが変わってくるかと思ったけど、いい影響が出ているみたいだな。
憑き物が落ちたような顔をしてる。
顔の血色がよくなってるような気がするのは、朝食食べるようになってる影響かな?
何にせよいいことだ。
プリンス陛下が言う。
「今日はどうしたんだい? 昼食食べに来た以外に何かあるかな?」
「あれ、完全に行動を読まれているわ。いや、今フィフィをランプレヒトさんに会わせてきたんだよ」
プリンス閣下アデラちゃんの動きが固まる。
ランプレヒトさんが次男ババドーンやらかし元男爵についてすげえ怒ってることは有名であり、そのまた娘であるフィフィのことをどう思っているかは未知数だからだろう。
ランプレヒトさんって元騎士団長でエーレンベルク筆頭伯爵家の当主ってことは知ってるけど、随分影響力強い気がするな?
『恫喝』の固有能力持ちって存在感あるなあ。
「……どうなったかな?」
「上機嫌だったね。実にいい、見違えたぞって、ドーラで頑張ってることを認めてもらった」
「そうだったか。ランプレヒト殿のババドーン元男爵に対する怒りは凄まじかったから、心配してしまったよ」
「あたしがついてるんだから大丈夫だってば。ランプレヒトさんくらいになると、フィフィのレベルは見りゃわかるじゃん? 本もメッチャ売れてるしね」
ホッとした雰囲気になる。
フィフィも嬉しそう。
「で、今日来た用件だけど。一つ頼みがあるんだ」
「何だろう?」
「フィフィも今や人気作家様だから、時々帝都に連れてくることになりそーなんだ。でもフィフィは冒険者でもあるじゃん?」
「うん。それが?」
「武器を持ってないと裸でいるようで落ち着かないんだそーな。ほら、フィフィはあたしと違ってプロポーションに自信がないから」
「プロポーションは関係ないのですわっ! 胸の大きさは同じくらいなのですわっ!」
「胸の小ささは同じくらいだぬ!」
大笑い。
ヴィルよしよし。
ぎゅっとしてやろうね。
「フィフィの武器所持の許可をもらおうと思って」
「何だ、そんなことか。アデラ、すぐ手続きしてやってくれ」
「はい」
アデラちゃんが皇帝執務室を出ていく。
フィフィと執事がちょっと驚いてるみたいだけど、これは当然だぞ?
プリンス陛下は元婚約者フィフィに対して負い目を感じてるようなのだ。
もちろんフィフィ当人が許可をねだったなら反感を買うかもしれないけど、政府の役人であるあたしが言ったなら受け入れやすい。
少々の融通は利かせてくれる。
「それから帝国にはあんまり関係のない東の小国のことなんだけどさ。長年戦争してるモイワチャッカとピラウチの間で会談が行われるようなんだ」
「和平の会談ということかい?」
「和平の前々段階くらいかな。とにかく一度お話ししましょうくらいの感覚だと思う。ところがモイワチャッカとピラウチの両陣営とも疑心暗鬼じゃん? 間に入ってる傭兵隊もあっちについたりこっちについたりだから、あんまり信用されてるわけでもなくて」
「つまり帝国から立会人を派遣してくれということだね?」
「そゆこと。帝国全体としては大したことない案件だけど、東方貿易には関わりそうだから無視はできないの」
頷くプリンス陛下とお父ちゃん閣下。
「まだ日は決まってないけど、来月上旬のどこかになるって。その日に閣下借りて会合に参加してくるね」
「わかった」
キールが直轄領化して東方貿易が活発化すると、モイワチャッカとピラウチの安定は貿易額の面でも治安の面でもメリットになるのだ。
閣下が言う。
「待った。モイワチャッカ・ピラウチ両国にとって、我が帝国よりフェルペダの方が重要な隣国だろう?」
「うん。フェルペダからも誰か引っ張ってきてくれって言われたから、明日頼みに行ってくるつもり」
「ユーラシアさん、私もフェルペダへ連れていってくださいよ」
「ルーネも? じゃ、明日の朝迎えに来るよ」
フェルペダには、ビバちゃんから頼んでもらうのが一番話を通しやすそうではある。
となるとルーネも行きたいだろう。
「あたしの方からは以上でーす」
「お終いなのかい?」
「えっ?」
何なの?
プリンスが意味ありげな視線を向けてくるんだが?
「次の美人絵画集も準備が着々と進んでいるんだろう?」
「お陰様で順調だよ」
「パウリーネは描かせないぞ」
「あ、そーゆーことか。パウリーネさんはいいんだ。絵師のイシュトバーンさんが描きたがらないの。パスでいいって」
「「えっ?」」
あれ? プリンス以上に閣下が意外そうだな?
「何故だい?」
「パウリーネさんはプリンスのお嫁さんじゃん? 完全に他人のもんだとつまんないって言ってた」
誰かの恋人とか婚約者とかだと全然ありなのにな。
結婚しちゃうと興味が失せるってのもよくわからん。
まあイシュトバーンさんの基準だからな?
考えても仕方がないか。
プリンス陛下がぶつぶつ言う。
「それはそれで面白くないな……」
「イシュトバーンさんが絶対描かないって拒否してるってわけじゃないからね? ぜひ描いてもらいたいってことなら、そー言ってもらえれば伝えとく」
「それもそれで面白くないな……」
「帝国の最高権力者がえらいめんどくさいこと言い始めたぞ?」
自分の奥さんが注目されないのは嫌なのだろーか?
パウリーネさんはこれまで領地にいることが多かったからか、王都での知名度がさほどでもなかったらしい。
新聞購読者アンケートでもあんまり上位じゃなかったんだよな。
ルーネと違って表紙に望まれてるわけでもないし、必ずモデルとして必要ってわけでもない。
当代の皇妃様がモデルというステータスだけの問題だ。
新聞記者トリオがネタ拾えたみたいな顔してるけれども。
「ま、いーや。お昼いただいていきまーす!」
絵師が我が儘ならプリンス陛下も我が儘だわ。
間に入ってるあたしの苦労も考えろ。