第2102話:本の未来
「帝都に戻ってきてしみじみ思います。ドーラでの生活ですっかり足が強くなってしまいましたわ」
「貴族の令嬢としてどうかは知らんけど、体力があるのは悪いことではないね。靴擦れ起こしてすぐ歩けなくなってたのは、フィフィの本の笑いどころの一つ」
「それは忘れてっ!」
「未来永劫忘れないぬ!」
アハハと笑い合う。
フィフィと執事、ルーネ、新聞記者を連れて施政館へ行く途中だ。
「ところで貴方、簡単に施政館に入れるものなの?」
「入れるんだよ。御飯もタダで食べさせてもらえるの。いい時間になるから、お昼食べていこうよ」
「ええ? 何故なの?」
「ユーラシアさんは施政館参与の任に就いてるんですよ」
「施政館参与? マテウス、知識を披露してもよくってよ」
このノリ好きだなあ。
あたしも施政館参与って何だって言われると、全然わからんわ。
施政館の食堂でタダで御飯食べられる役職としか知らんから聞いとこ。
「施政館参与とは、帝国政権の顧問的な役割を果たす非常勤職員の肩書きです。何らかの特務役職とセットになることも多いです」
「そーいやあたしは施政館参与兼臨時連絡員って言われてる」
「貴方自分の役職を把握してないんですの?」
「誰も教えてくれなかったんだもん。今までと同じことしてりゃ給料払うって言われただけ」
フィフィ呆れてるけど、本当だぞ?
あたしが役職について知らないなんてのは重要なことではないしな。
参与になる前もなってからも、やってることは一緒だし。
「具体的には何をしているの?」
「色んな国へ遊びに行ってるな。ルーネを連れてくことが多い。これはお父ちゃんのドミティウス閣下にいい経験させてやってくれと、頼まれてることでもあるんだけど」
「大変面白い体験をさせていただいているんです」
「……貴方のやっていることを本にすればすごく売れる気がするの」
「またそれか。あたしもそう思うんだけど、残念ながら喋れないこともあるんだよなー」
さっきの飛空艇の話とかがそうだ。
『精霊使いユーラシアのサーガ』の道は案外厳しい。
新聞記者が聞いてくる。
「ところでフィフィリア様も、次回の美人絵画集のモデルになるんですか?」
「ちょっとまだわかんないんだ。絵師のイシュトバーンさんはフィフィを気に入ってるよ? でもフィフィの次の本でも表紙絵になるじゃん? 買う人の層が被ってるだろうしなー。新鮮味がないのは購入客の満足度を下げるから、あたしの考えとしてはフィフィをモデルにするのは避けたいの。でもモデルの数が足りないと頼みに行くかもしれない」
「ふうん。随分考えてるのね?」
「買ってくれた人に満足して欲しいじゃん。いい買い物したって思うと次があるけど、ろくなもんじゃなかったって思われるとそこでお終いになっちゃう。商売は売り切りでいいんじゃなくてさ。買ってくれる人に真摯でありたいんだわ」
「貴方の言う通りね。私の次の本もきっと読者に満足してもらえるわ」
自信があるらしい。
楽しみだな。
「フィフィリア様。ヴィクトリア様にお会いしていかれませんか?」
「ヴィクトリア……第一皇女殿下?」
「先帝陛下のね。リリーから話聞いてない? 廉価エンタメ本を帝国で出そうっていう試みのことを。中心人物がヴィクトリアさんなんだよ。フィフィの本もかなり評価されてるの」
「ぜひ、お会いしたいわ」
「今日の午後いかがでしょう? ビアンカ様が完成原稿を持っていらっしゃる予定なのです」
「ビアンカ様とは、ドレッセル家のですよね? 完成原稿とは何でしょう?」
「ビアンカちゃんには恋愛もののお話を書いてもらってるんだ。やっぱり廉価本として出版予定で」
「まあ。私のライバルですのね?」
「うーん? 客層は違うと思うぞ?」
廉価本は数も重要だがジャンルの種類も重要なのだ。
ビアンカちゃんの本は完全に女性向け。
フィフィの本は誰でも読めるけど、どっちかと言うと男性向けだと思う。
「とにかく作者さんを発掘して本を娯楽として認知させれば、自然と識字率も上がると思うんだよね」
「逆方向からのアプローチですね?」
「そうそう。正攻法としては識字率を上げてから本を出すのが正解かもしれないけど、逆に読み書きしたいモチベーションを上げてやるアプローチがあったっていいじゃん?」
急に本の値段なんて下がんないもんな。
紙屋も印刷屋も本屋も温めとかないと。
「じゃ、お昼御飯食べたら、ヴィクトリアさんとこ行こうか。皇宮の離れにサロンを開いているんだよ」
「……そういえば、ヴィクトリア様とカレンシー上皇妃様が和解したとか? 貴方が仲介したのでしょう?」
「うん。身分もこれまでの人脈もあるし、もうしばらくはあの二人が帝国女子ツートップでしょ?」
「帝国女子ツートップって」
「あの二人が揉めてるとあたしが迷惑なんだよね」
協力すればすぐ話が進むものを、派閥の対立とかで邪魔されると迷惑なのだ。
本人同士は細かいことを考えてなくとも、周りが忖度するとかが最悪。
特に識字率の向上と本の普及については、施政館も望んでいることだ。
ヴィクトリアさんと上皇妃様を取り込んで、状況を早急に改善していかねばならないしな。
「貴方はかなり本に入れ込んでいるようですけれども、何故なの? 特別本が好きというわけでもないのでしょう?」
「あたしはエンタメ本しか読まないけどね。いや、あたしの望む世界に本が必要なんだよ」
「どういうことですの?」
「フィフィも前言ってたことだけどさ。何でも手に入る世の中は素敵だと思わない? そのために皆が読み書きできる必要があるってこと」
お金持ちになるために読み書き計算はほぼ必須。
お金持ちになれるだけの才覚のある人に余裕ができた時、自分で何か考えるかもしれない。
あるいは面白いことに出資してくれるかもしれない。
また新しい知見が生み出された時、失わないように残すことが必要なのだ。
知識や技術は集積されねばならない。
「エンタメ本は関係ないじゃないの」
「そーでもないんだ。本とゆーものに対する敷居を下げるじゃん? 識字率も上がるし出版にかかる費用も安くなる。ちょっとずつの改善が必要だからさ」
皆が頷く。
まだまだ本はこれからだけど、先行きを想像するとワクワクする。
「さーて、施政館にとうちゃーく!」
全てはあたしの目指す世界のために。