第2080話:あたしのキックで壊れない
「サイナスさん、こんばんはー」
『ああ、こんばんは』
夕食後、毎晩恒例のヴィル通信だ。
「プライベートライオン」
『何だ何だ?』
「って知ってる?」
『ライオンなら知ってる。猫に似た、身体の大きな肉食獣だろう?』
「そうそう。プライベートライオンは?」
『プライベートライオンという種類のライオンがいるということなのかい? 残念ながら聞いたことはないが』
まあ魔物なんだけどね。
「やっぱそーか。クララもなんだよね。ライオンは知ってるけど、プライベートライオンまでは知らないという。サイナスさんはクララの読んでないような本も読んでるみたいだから、ひょっとして知ってるかと思ったら頼りにならなかった」
『悪かったね』
悪いとは言ってないってば。
単に頼りにならないだけ。
『で、ユーラシアはプライベートライオンに遭ったってことなんだな?』
「うん。今日三種類のライオンの魔物に遭遇したんだけどさ。そのうち一番デカいやつ。多分レア種だと思う」
『ライオンの魔物の多いエリアか』
「昨日言ってた『世界最大のダンジョン』だよ。出た魔物はライオン三種だけだった」
『どこにあるんだ? そのダンジョンは』
「まだわかんないの。ヴィルは知ってるんだけど、答え合わせはしないで、ミステリーをしばらく楽しもうかと思ってるんだ。美少女聖女探偵が徐々に謎を明らかにしていくのだ」
『満喫してるなあ』
「まあね。羨ましいでしょ?」
『肉食魔獣は美味くないんだろう?』
「実際にライオンは食べてないけど多分」
『じゃあ羨ましくない』
あれっ?
これは反論できないぞ?
『クララも知らないような種名がどうしてわかったんだ?』
「それはあたしの聖女の魔法がほにゃらら」
躓いたドクロに『全知全能』をかけたらどうのこうの。
『なるほど、随分便利な魔法を習得してるんだな』
「聖女っぽいでしょ?」
『聖女かなあ? 目端の利く商人か学者じゃないか? どっちかと言うと』
「あたしもそんな気がしてたんだよな。むーん?」
『全知全能』は便利ではあるんだけど、何となくあたしに馴染まないスキルのような?
クララが使えりゃよかったと思う。
『しかしユーラシアが躓くなんてことがあるんだな』
「あたしもビックリした。記念にそのドクロはお持ち帰りとあいなりました」
『ほう? 君のキックを食らってなお、粉砕せずに形を保っている頭蓋骨か。貴重だな』
「感心するとこおかしくない?」
でもあながち間違いでもない。
丈夫なドクロだ。
何かに使えるかもしれないからとっとくべし。
『今日は『世界最大のダンジョン』でピクニックってわけかい?』
「いや、探索は午後だけだったんだ。お弁当持っていかなかったからピクニックとは言えないかな」
あたしの定義でピクニックにお弁当は必須なのだ。
『ああ、試しに行ってみたってことか』
「そーだね。一本道でさ。どっちかが外に繋がってるんだろうけど、今日は奥へ行ってみた」
『何故奥だとわかったんだい?』
「明らかに人が通ってる跡があるんだよ。でも進むにつれ、人の入った痕跡がなくなってきて、素材をたくさん拾えるようになったから」
『ははあ、じゃあ次に行く時は逆に進んで外に出てみる?』
「そーしてみる予定」
『あれ? あまり乗り気じゃなさそうだね?』
「サイナスさんにもわかっちゃう?」
今のところ『世界最大のダンジョン』についてわかっていることは少ない。
だからもちろん結論なんか出せないのだが、面白みがあまり感じられないのだ。
あえてミステリーを作ってムリヤリ楽しもうとしているくらい。
「でもおっぱいさんがとっておきだと言ってたんだよなー。きっとこれから面白くなってくると信じたい」
『簡単に面白さが感じられないくらい、奥深いダンジョンだと思えばいいじゃないか』
「いいこと言うなあ。その奥深いは、二重の意味だね?」
『言わせるな恥ずかしい』
アハハと笑い合う。
「午前中はおっぱいピンクブロンドの家遊びに行ってたんだ。おっぱいピンクブロンドのせいで伯爵令息から婚約破棄食らったビアンカちゃんも連れて」
『満喫してるなあ。他のメンバーは?』
「ビアンカちゃんの前にその伯爵令息と婚約してたハンネローレちゃんとルーネとヴィル」
『君好みのイベント過ぎてえぐい』
「うーん、否定はしないけど、多分誤解があるよ」
『誤解?』
訝しそー声を出すな。
どうせあたしが大喜びで選んだメンバーだと思ってるんだろ。
「あたし好みなのはまったくその通りなんだけど、メンバーを選定したのはルーネなんだ。あたしは同行者ルーネとヴィルだけのつもりだったの」
『ルーネロッテ皇女はどうしてえぐさを追求してるんだ?』
「特に理由はないけど、面白そうだからって言ってた」
『完全に君の影響じゃないか。ギルティ』
「あれえ?」
あたしのせいらしいぞ?
聖女の影響力にも困ったもんだ。
「いやでも女子会自体は大変和やかでさ。おくたばりあそばせ、この泥棒猫みたいなセリフは飛び交わなかった」
『残念だったね』
「あたしはおっぱいピンクブロンドに興味があっただけで、断罪する気はなかったわ」
断罪したいのはA太の方だわ。
……今日もしA太が来てたら実に面白いことになったろうな。
惜しかった。
「見かけがあまりにも色っぽいから偏見で見られるけど、かなりちゃんとした子だったよ。淑女たろうとしているのに男が寄ってきてうまくいかないみたいな。その上で身分の上の人の言うことには逆らいづらい男爵令嬢という引け目があるじゃん?」
『ははあ? 難しそうだな』
「今日の女子会で大体どんな子かわかったから、ルーネハンネローレちゃんビアンカちゃんは、普通におっぱいピンクブロンドと親しくなると思う。男の絡みがあっても仲良くしてることが知られてくると、おっぱいピンクブロンドへの偏見も徐々になくなるんじゃないかな」
『ビアンカ嬢はおっぱいピンクブロンドに対して含むところはないのかい?』
「ないない。婚約破棄伯爵令息はひどいやつだもん。ビアンカちゃんは別のもっといい縁談が進行中らしいし」
おっぱいピンクブロンドも今後が楽しみではある。
「サイナスさん、おやすみなさい」
『ああ、御苦労だったね。おやすみ』
「ヴィル、ありがとう。通常任務に戻ってね」
『はいだぬ!』
明日は弧海州。
プライベートライオンはもちろん映画『プライベート・ライアン』のもじりです。
でも見たことないからどんな映画だか知らないです(笑)。