第2059話:胸に自信がないから盛る、みたいな話
「いや、ビバちゃん可愛いじゃん」
「可愛いぬ!」
「そ、そう?」
フェルペダの首都ってフェルペダって言うのな。
わかりやすい。
街中をルーネビバちゃんハーマイオニーさんと練り歩く。
メイクを落としたビバちゃんは儚げな美少女だった。
「何であんなバカみたいなメイクしてるん?」
「バカみたいなメイクって! あなた可愛いって言ってくれてたじゃないのっ!」
「物事は正確に記憶しようか。あの道化みたいなメイクを可愛いって言ってたのはルーネだわ。あたしは利害関係がないからどーでもよかったわ」
ハーマイオニーさんがため息を吐く。
「本当に、あんなバカなメイクはやめてくれればいいと思っているんですけれども」
「いや、外見詐欺になっちゃうから、バカメイクしてた方がいいよ」
「何なの外見詐欺ってっ!」
「だから大騒ぎすんな。その顔に似合わない」
行き交う兄ちゃんやおっちゃんからチラチラ見られてるの気付いてるか?
可愛いからだわ。
固有能力『アイドル』の効果もあるんだろうけど。
「……恥ずかしいのよ。自信がなくて」
「丸々太ったうまそーな柑橘だね」
「あなた私の話を聞きなさいよっ!」
「だって自信がないからバカメイクって。これっぽっちも共感できんのだもん」
「ユーラシアさん。胸に自信がないから盛る、みたいな話だと思いますよ」
「あっ、ちょっとわかる! ルーネはさすがだな」
アハハと笑い合う。
まあどうでもいいことだ。
「過去の行動は消せないじゃん? これからもずっと星マークを続けても良し、ベストなタイミングで素顔を披露しても良し」
「ベストなタイミング?」
「男は美少女が大好きなのだ。ビバちゃんは固有能力の関係もあって、これまで国民の前に立つ機会がほとんどなかったんでしょ? 素顔を見せてやればヘイトはいっぺんに減ると思う」
「そうなの?」
「間違いないね。でも同時に男は夢を見る生き物なのだ。美少女は顔に相応しい行いを求められるんだぞ? 美少女顔で今までと同じ我が儘を続けるなら、ヘイトは倍返しだぞ?」
「ひいい!」
だから黙れ。
変な踊りを踊るな。
顔に似合わんと言っとろーが。
「さっきからよく見るこの柑橘は、フェルペダの名物なの?」
「グレープフルーツ? どこにでもあるでしょう?」
「ドーラにはないものだな。いや、ドーラにも柑橘自体はあるんだけれども」
ハーマイオニーさんが教えてくれる。
「名産と言っていいと思いますよ。グレープフルーツの本来の旬は冬なのですけれどもね。海岸部と山間部の気温の差と様々な品種の違いで、ほぼ一年中食べられるのです」
「マジか。そりゃすごい」
「カル帝国にも輸出されているはずです」
「ドーラにも取り入れたいなあ。味を知りたいから少し買ってこ」
フェルペダとドーラは気候が近い。
おそらくドーラで育てるのは容易だろう。
「あなたは変なところに興味を持つのね」
「変ではないんだな。ビバちゃんはハト料理好きじゃん?」
「ええ、好きだわ」
「ドーラにはハト料理がないんだよ。じゃあハトを飼えって言いたくならない?」
「なるわ」
「世界中のどこへ行ってもいいものはあるはずじゃん? せっかくあたしはあっちこっちに行けるんだから、素敵なものを見つけたらドーラに導入して増やしたいの。あたしはドーラをいい国にしたいんだ」
首をかしげるビバちゃん。
「あなたはカル帝国の役人なのでしょう? 帝国とはどういう関係なの?」
「帝国はあたしに給料くれたり勲章くれたりする国だよ。あたしは給料泥棒でも恩知らずでもないので、もらったおゼゼの分くらいは働くのだ」
「帝国から独立したのでしょう? 帝国とドーラの関係は悪くないんですか?」
「あ、疑問な点かもしれないね。友好独立だから、全然仲悪くはないんだよ」
サラっと流した。
あんまり突っ込まれたくない部分ではある。
「ユーラシアさんはすごいんです。他の誰にもできないことをやってるんですから」
「ビバちゃんもいいものは取り入れた方がいいぞ? 予算と相談でね」
あ、来た。
「いててててて!」
「はーい、一丁上がりー!」
「何ですの?」
「スリかな? 痴漢かな? どっちだろ?」
「両方だ! 痛いから放せ!」
「両方だったか。放すわけないだろーが、このばかちんが!」
「スリのつもりだったが、割といいケツだったんで迷っちまった」
「何の告白だ。お尻を褒められたことは喜んでおくよ。社会勉強のためにビバちゃんやルーネにスリを体験させてやろうと思ったけど、やっぱダメだった」
ビバちゃんは『アイドル』の効果でおそらく対象にされない。
ルーネは気付くだろうしな。
「ハーマイオニーさん、この国ではスリと痴漢の未遂は罪になる?」
「残念ながらなりません」
「ほら見ろ! 腕捩じり上げた分、ケツ触らせろ!」
「すげえ言い分だな。あたしのお尻はそんなに安くないわ。さあ皆さん、寄ってらっしゃい見てらっしゃい!」
何だ何だと集まってくるが、もう既に面白がってる人達がいるがな。
「これなるスリと痴漢の未遂犯が空を飛びます!」
「空を飛ぶんだぬ!」
意味がわかってるのはルーネだけだ。
群衆が皆何それみたいな顔してる。
いくぞお!
「さあ、宙を舞って罪の意識に震えろ! わっしょーい!」
思いっきり放り投げる。
「うはああああああ!」
「ど、どうなってるんだ?」
「高え! バカ力だ!」
バカ力ゆーな。
放り投げられた男の周りをヴィルがくるくる回ってそれなりの見世物になったろ。
落下してきた男をキャッチする。
「お粗末でした」
やんややんやの大喝采だ。
ヴィルが拾い集めた投げ銭の半分をスリ痴漢に渡す。
「どーぞ。主演男優の出演料だよ」
「い、いいのかい?」
「いいよ。協力ありがとね」
「恩に着るぜ!」
去っていくスリ痴漢。
ばいばーい。
ビバちゃんとルーネは処置に不満があるようだ。
「いいの? 女の敵でしょう?」
「そうですよ。追い銭まで渡すなんて」
「罪じゃないって言うんだから仕方ない。儲かったし、笑って許せることは根に持たないで、なるべく許してやればいいんだよ」
あとで思いもかけず味方になっちゃうこともあるからね。
ハーマイオニーさんが深く頷く。
これもヘイト管理の一つだよ。
「さて、勉強になったかな? 帰ろうか」
グレープフルーツとゆーものを知ったいい日だ。
ついでにお酒も買ってくか。
街をぶらつくだけでも、神様はちゃんとイベントを差し込んでくれるのだ。
感謝。




