第2028話:悪女に近い
――――――――――三一一日目。
フイィィーンシュパパパッ。
「おっはよー」
「おはようぬ!」
「やあ、精霊使い君。いらっしゃい」
いつものサボリ土魔法使い近衛兵がニコニコしている。
「機嫌いいね。何かあったの?」
「そうでもないが、アンヘルモーセンではお手柄だったようじゃないか。新聞読んだよ」
「新聞? あれ、あたし昨日新聞記者トリオに会ってないけどな?」
「ドミティウス様とルーネロッテ様が対応してたんだ」
「閣下お疲れだったのに、御苦労だなー」
お父ちゃん閣下は先遣外務官という職に就いたから、今後あたしとともにあっちこっちに行きそう。
あたしも帝都にいないことは多い。
閣下が新聞記者に記事を提供してくれるのはいいことだな。
でもテテュス内海情勢は、帝国の人あんまり興味ないんじゃなかったの?
アンヘルモーセンの記事なんか出たって読んでる人少なそうだけど。
「アンヘルモーセンは別なんだ」
「えーと、別とはどゆこと?」
「かつて我が帝国がテテュス内海を支配せんしたことがあった」
「聞いたことあるな。商人が来なくなってえらいことになったって」
「実際に戦争になったわけじゃないんだが、大敗北という扱いになってるんだ」
「じゃあアンヘルモーセンは敵国なんだ?」
「帝国人は皆そう思ってると思うよ」
「ふーん」
知らんかった。
でもアンヘルモーセンって人口一〇〇万人もない国なんだよね?
帝国とガリアに敵国扱いされてよく生き残ってるな。
げに恐ろしきは未来予知天使。
「相当やり込めたんだろう?」
「恨まれるようなことをした意識はなかったな。どんな記事だったの?」
「使者として訪れたアンヘルモーセンの首都シャムハザイで、オラつく天使七名に因縁をつけられた。君が返り討ちにし、脅して言うことを聞かせた。結果として帝国とガリアの推進する通貨単位統一構想に、アンヘルモーセンを巻き込むことにほぼ成功した、って感じかな」
「間違っちゃいないけど、あたしがチンピラみたいじゃないか」
もっと聖女っぽいエピソードにしてくんないかなあ。
聖女の威光で天使達を納得させたとか。
「通貨単位統一というのも君の考えらしいじゃないか」
「あっちこっちで通貨単位が違うのは迷惑なんだよね。商売するのにこっちがゴールドで支払いたいのに、ギルじゃなきゃダメです言われたらモヤっとするじゃん? 面倒はなくした方がいいよ」
「要するに商売上の利便性だな?」
「そうそう。世界中で買い物するあたしに都合がいい」
「君の都合なのか」
アハハと笑い合う。
貿易によって国同士の関係が深くなり、さらに複数の国の間でとなると、戦争起こすのも大変になってくるんじゃないか。
むしろ国なんかなくてもいい。
一つの世界でいい。
「貿易が活発でゴールドとギルが両方使われているテテュス内海で、帝国の存在感が増すことに間違いはないよ」
「ほう、喜ばしいことだね」
「内海ではギルが共通の通貨なんだもん。今までゴールドでの決済を嫌ってタルガに寄りつかなかった商人だって、当然いたはずだもん」
実際にはタルガでもギル決済はできただろうけどね。
より自由な商売がしやすくなるとゆーことだよ。
新しい港や都市国家ができるかもしれない。
アンヘルモーセン一強の状態よりも絶対に発展する。
「今日はフェルペダ行きなんだろう?」
「昨日も行ったけど今日が本番だね。ウルリヒさんが面白い王女がいるって言ってたから楽しみなんだ」
「ドミティウス様が同行するのは通貨単位統一事業の関係で?」
「それもあるけど、今ウルリヒさんとこの領地であるキールって港町が、帝国直轄領になるんだ。現在フェルペダとしか許されていない東方貿易が、全方向に拡張されるの。フェルペダにも大きく関わることだから、帝国政府の役人が連絡しなきゃいけないんだよね」
「チラッと聞いたな。キールの直轄領化も君が関わってるんだろう?」
「ウルリヒさんがさ。海外との貿易が制限されているのだーってギャアギャア文句言いやがるから、やりようはあるよってあたしの考えを話しただけなんだ。そしたらプリンスルキウス陛下とウルリヒさんが乗ってきたの」
「すごいアイデアだなあ」
「聖女っぽいでしょ?」
「政女っぽい」
あたしは政治家ではないとゆーのに。
さて、近衛兵詰め所にとうちゃーく。
「おっはよー」
「おはようぬ!」
「ユーラシアさん!」
ルーネとヴィルが飛びついてくるいつものやつ。
いい子達だね。
お父ちゃん閣下が仲間になりたそうにこちらを見ている!
「ユーラシア君、フェルペダ王国の基本的な情報は必要かい?」
「あっ、聞く聞く!」
敵を知り己を知れば、あとは野となれ山となれとゆー言葉もある。
使えるネタがあるかもしれないから、情報は仕入れておかなければな。
「人口はガリアよりやや少ないくらいだ」
「あれ? じゃあ思ったよりずっと大きな国なんだな」
地図だと面積はさほど大きくないのに。
通貨単位統一機関では理事国になってもらった方がいいな。
「水と気候に恵まれ、古くから文明の発達した地でもある。おそらくドーラと似た温暖な地だよ。ドーラのように魔物がやたらと多いわけではないが」
「魔物のいないドーラか。条件に甘えるにもほどがある」
「ハハッ。しかし歴史的に度々係争の地となっているんだ。恵まれているばかりではない」
「いい場所は当然皆が欲しがるってことか。いいことばっかりじゃないんだなあ」
「現在の国王フランクリン陛下はちょうど一〇代目の王なんだ。まず温厚な王として知られているが、その娘王位継承権一位のビヴァクリスタルアンダンチュロシア王女はかなりの問題児らしい」
「問題児? わざわざ面白属性を足してくれなくてもいいのに」
「ユーラシア君は我が儘王女だと言っていたろう? 我が儘が過ぎてどうも悪女に近いみたいなんだ。国を亡ぼすのではとも言われているらしい」
「スケール大きいな」
さすがにウルリヒさんが笑える王女って言ってただけのことはあるなあ。
「ま、会ってみないとわからんから行こうか」
「ルーネロッテには会わせたくない」
「今更何を言ってるんだ。面白いものから目を逸らして生きていけるわけないじゃん。ヴィル、ウルリヒさんの滞在してるゲストハウスにビーコン置いてね」
「了解だぬ!」
悪女と来たぞ?
笑える悪女か。
どんなタイプの子かな?