第2024話:ヒジノ枢機卿
「これはこれは、大勢の天使様方。いかがされましたかな?」
教会みたいな外見の大きな建物に案内されたが、内部は宗教施設っぽくないな。
装飾がないこともないけど、実務的な感じがする。
政府の一機関だろう。
お父ちゃん閣下がここのトップであろう白ヒゲ爺ちゃんに挨拶する。
「お久しぶりです、ヒジノ枢機卿」
「やや、カル帝国のドミティウス殿ですか? 遠いところをようこそ」
「本日はカル帝国とガリア王国の親書を携えております」
「ふむ、拝見いたしましょう」
このヒジノ枢機卿という人は天崇教の大物で、かつアンヘルモーセン政府の外務大臣でもあるらしい。
ただの白ヒゲ爺ちゃんではない。
「……なるほど、通貨単位の統一ですか。大変野心的な試みですな」
「商業国アンヘルモーセンにも大きなメリットがあることかと思います」
「確かに。テテュス内海に大きな利便性をもたらすことになるでしょうな」
「テテュス内海だけでなく、放熱海以北の全ての国家に参加を呼びかけます」
「何と!」
「実は参加を要請する国は貴国が初めてなのでして……」
いい感触だ。
天使との荒事では空気だったお父ちゃん閣下に任せよう。
まあ帝国の実力者である閣下が直々に来て、しかもアンヘルモーセンにも得になる話だからな。
おかしな意地やプライドが邪魔しなきゃまとまる話だが。
「……当国が理事国として参加ですか」
「まだ叩き台です。アンヘルモーセンからもどんどん意見を出していただきたい」
「いや、大変結構な話ですが……」
「何か問題がありますか?」
逡巡する白ヒゲ枢機卿。
これは駆け引きじゃないな。
マジで懸念があるっぽい。
頭の凝り固まった保守的な反対派がいる、なんてのだと面倒だなあ。
「先日のサラセニア事変前後において、当国政府と天崇教の行いがガリア国王ピエルマルコ陛下の御不興を買ったとの情報がありましてな」
その件か。
ガリアの王様は現実的な考えを持ってるから、アンヘルモーセンを気に入らないことと通貨単位統一を実現させたいことは別で考えてると思うぞ?
「しかしガリアからの親書を読む限り、当国を非難あるいは忌避するような文言は見当たらず、むしろ通貨単位統一事業に積極的に参加して欲しいという意気込みが感じられます。帝国とガリアの間で直接貿易が始まっておるでしょう? ならば当国は排斥されてもおかしくないところでありますのに、これはどうしたことなのかと、判断に苦しむところでございます」
アンヘルモーセンはアンヘルモーセンで、帝国~ガリア間の直接貿易をかなり警戒してるみたいだ。
計画通りとゆーか計算通りとゆーか。
アンヘルモーセンがテテュス内海の貿易支配じゃなくて、自由貿易に舵を切ってくれるといいな。
お父ちゃん閣下があたしを見る。
まさかガリアの王様が、使者を害さんとする不埒な天使を畳んでしまえば思い通りになるみたいな考えだとは言えないしな。
白ヒゲ枢機卿を説得しろって?
了解。
「ガリアの王様は天使ハリエル達とサラセニアのウトゥリクで会ってるんだ」
「ふむ、報告は受けております」
「他所の国に手を出していいのは滅ぶ覚悟がある国だけだ、アンヘルモーセンなんか消えてなくなれって、王様が言ってたのは事実」
憮然とした顔をする白ヒゲ枢機卿。
「でも天使ハリエルが王様に聖魔法『ホロレクイエム』を授けることによって、王様の態度を軟化させたんだ。今の王様は前ほど怒っちゃいないよ」
「ほう。ハリエル様の『ホロレクイエム』授受にはそのような深い意図があったのですか。ありがたきことでございます」
「ま、まあね。おほほほほ!」
あの時はそこまでの考えはなかったけどな。
銀髪ロング天使ハリエルは扱いやすいので、少し持ち上げといてやるのだ。
でも高笑いはいらん。
白ヒゲ枢機卿が言う。
「ドミティウス殿、お連れのお嬢さん方は?」
「こちらが予の娘ルーネロッテ、そちらがドーラの冒険者ユーラシア君ですよ」
「……ユーラシア? 『魔を統べる者』ユーラシア?」
「かっちょいい二つ名だね。採用しようかしらん?」
「彼のお方が絶対に敵対してはならぬと仰せになった、あのユーラシア?」
「彼のお方ってのは予知の天使アズラエルで合ってる?」
「なななな……」
驚愕し目がまん丸になる白ヒゲ枢機卿。
「か、彼のお方については厳重な秘密とされているのに何故……」
「天使の口は軽いぞ? 重大な秘密なら口止めしといた方がいいよ。あたしはカンがいい方だから、ポロッと口にすると大体わかっちゃう」
ブンブンと首を振る天使達。
あんたらの喋ったことを総合すればそーゆー結論なんだってば。
ぶっちゃけたわわ姫にも、未来を知ることのできる天使がいるって聞いてたわけだが。
「いずれ天使アズラエルにも会ってみたいな」
「……少々その願いにはムリがあります。かなえられることはないでしょう」
「かもね。あたしが会いたがってたって言っといてよ」
「わかりました。ユーラシア殿もやはり、未来に興味がおありですかな?」
「いや、あたしは天使アズラエルに興味があるんだよ」
きっと面白い子に違いないしな。
でもおそらくは天崇教とアンヘルモーセンの秘中の秘として、どこかに匿われているんだろう。
会うことは難しい。
「通貨単位統一をなそうというのは、元々ユーラシア君のアイデアなんですよ」
「おお、そうでしたか」
あっ、閣下ったらあたしと絶対に敵対してはならないってこと聞いて便乗しようとしてるな?
べつに構わんけれども。
「通貨単位が統一されれば人やものの流れは今以上に活発化するからね。布教活動にもプラスなんで、天使達も反対しないんだ」
頷く天使達と、その様子を確認している白ヒゲ枢機卿。
「いずれは度量衡も統一し、さらには国家間の争いも調停できる組織となればという構想もあります」
「参加してる国々の意見を聞きながらだけどね。最初は恩恵の大きい通貨単位統一から始めようよってことだよ」
「よろしく御検討ください」
「前向きに検討させていただきます。ついてはまずカル帝国、ガリア王国並びに当国で外相級の会談を行いたいものですが……」
よし、オーケー。
アンヘルモーセンの参加もほぼ決定。
フェルペダ行きにいいお土産ができたな。
さて、話が終わったら帰ろうっと。
結果的に天使をやっつけて言うこと聞かせる作戦は大正解だったな。