第2023話:あのユーラシア
「あたし達は重要な親書をアンヘルモーセンの偉い人に届けなきゃなんないんだ。けど転移で来るためにはヴィルが必要なの」
「あなたの言い分だけは聞きましょう。だから?」
えらそーにそっくり返る銀髪アホ毛天使バラキエル。
だからおっぱいはないとゆーのに。
「アンヘルモーセンが天使の領分だってことはわかってる。あたしも悪魔が大手を振ってアンヘルモーセンを闊歩していいとは思ってないんだ。こっち来る時だけは見逃して」
「お断りします」
「だろうね」
あんなそっくり返ってるアホ毛天使が譲ってくれたら却って驚きだわ。
態度から心情が見え透いてて、むしろ好感持てるわ。
慌てる銀髪ロング天使ハリエル。
「ち、ちょっと待ちなさいバラキエル。大国の使者なのよ? 交渉の余地はあるのではなくて?」
「ハリエル。あなたいつからそんな腰抜けになったの? 悪魔使いと交渉の余地があるわけがないでしょう!」
お父ちゃん閣下とルーネが面白くなってきたぞーって顔してるわ。
エンターテインメントとゆーものを理解してるね。
でもとばっちり食わないように気をつけててよ?
「じゃああんた達の言い分も聞こうじゃないか。言ってみ?」
「不埒にもシャムハザイに侵入した悪魔を見逃したのでは、メンツが立たないの。何故なら私達は天使だから!」
「ばばーん!」
「何なの、今のは?」
「効果音だよ。格好いいポーズだったからね」
「格好よかったぬ!」
ハハッ、ヴィルもリラックスしとるわ。
しかしアホ毛天使バラキエルの気に障ったようだ。
「バカにしてるの? とにかくその悪魔を出しなさい!」
「一戦交えないと収まらないようだね。あまりにも計算通りで笑える。ヴィルの主人たるあたしが相手になってあげよう」
「ふふん、あなた一人で?」
「一人でだよ。ヴィル、『ノットサブジェクト』寄越してくれる?」
「はいだぬ!」
「ルール決めようか。こっちの三人にはマジで手を出すなよ? 使者に手を出して帝国とガリアに軍進出の大義名分を与えると、商人大迷惑だぞ? 天使のせいでシャムハザイが封鎖されたなんてことが知れたら怨嗟が集中して、あんた達の得られる崇拝の感情は激減しちゃう。わかるね?」
「……えっ?」
バラキエル以下七人の天使が動揺する。
ほら見たことかって顔をするハリエル以下三人の天使。
「そっちは何人で来る?」
「も、もちろん全員ですわ」
「私達は遠慮するわ」
「ハリエル! 何故……」
「よかった。ハリエル、あんた蘇生魔法使えるよね?」
「もちろんですのよ」
「あとで頼むね」
「何を戯言を!」
レッツファイッ!
よしよし、ヴィル閣下ルーネは盾の魔法ファストシールドをかけてるね。
虚体ダメージのホロレクイエムや聖属性攻撃魔法セイクリッドポールを唱えているが、『ノットサブジェクト』を装備してりゃ効かない。
そして……。
「雑魚は往ねっ!」
バタバタ倒れる天使達。
呆然とするハリエル以下三人の天使。
あれ、閣下には刺激が強かったかな?
「ぜ、全滅……一振りで……」
「あたしにかかればこんなもんだって。蘇生よろしく」
◇
「力の差は理解したかな?」
恐怖の表情を浮かべる、蘇生したばかりのバラキエル以下七人の天使に言い聞かせる。
「あたしはあんた達の敵じゃないんだ。悪魔は天使を敵だと思ってるけど、人間は悪魔の思惑に左右されない」
コクコク頷く天使達。
「あたしは必要上今後もアンヘルモーセンに悪魔を連れてくることはあるよ。でもここが天使のナワバリだってことは尊重するから、悪魔に勝手なことはさせません」
「わっちも御主人の言うことは聞くだぬよ?」
「そーゆーことでいいかな?」
「異議あり!」
ハリエルの異議申し立てに驚く他の天使達。
文句があったら取り決めの前に言わないとダメだ。
ハリエルのやってることは正しい。
「意見を聞こうじゃないか」
「あなたはこの前、サラセニアに対してアンヘルモーセンと天崇教の進出をやめてくれと言ったわ」
「うん、言った」
「条件が変わったでしょう? あなたの連れてくる悪魔のアンヘルモーセン立ち入りを認めるなら、あなたも譲る部分がないとフェアではないわ」
「なるほど、ハリエルの言ってることは一理あるな。なかなかやるね」
言ってることが悪魔っぽいけどな。
ハリエルも勉強したらしい。
「じゃあサラセニアでの天崇教の布教活動は認めようじゃないか。ただし宣教師による通常の布教活動のみね。あんた達天使が出張ってゴリ押すのはさすがに認められないぞ? どう?」
「いいわ。手を打ちましょう」
握手。
サラセニアでの布教活動禁止はやり過ぎのような気がしてたからちょうどいい。
おーおー、ハリエルが他の天使達から尊敬の眼差しで見られてるじゃないか。
あたしにとってもハリエルの性格はわかったからやりやすいしな。
地位が上がれば都合がいい。
鼻高々のハリエルが続ける。
「一つ聞きたいことがあるわ」
「何だろ? 内緒ごと以外なら教えるけど」
「あなたのお名前。この前聞いてなかったわ」
「言ってなかったっけ? あたしはドーラの美少女精霊使いユーラシアだよ」
「悪魔のヴィルだぬよ?」
「ユーラシア?」
あれ、どーした?
天使が全員こっち見てるがな。
天使の間であたしの名が知られてるとは思えないけど。
「こちらはカル帝国のコンスタンティヌス先帝陛下の第二皇子ドミティウス殿下と、娘のルーネロッテ皇女ね」
「ユーラシアって、ヤマタノオロチや霜の巨人を退治した?」
「他所の国のことまでよく知ってるね」
何だ何だ?
天使達がこっち置いてけぼりで騒然としだしたぞ?
「ハリエル、どういうことよ! あのユーラシアじゃないの! どうして名前くらい確認しておかないの!」
「だって普通、人間の名前なんか聞かないじゃない。私にだけ文句言われても困るわ」
「アズラエルが絶対に逆らうなって言ってたノーマル人だろう? 世界の王と呼ばれるようになるという」
「ふ、ふん。前言を翻すアズラエルの言うことなんか、価値はないのですわ。でも逆らっちゃいけないことは身をもって理解しましたわ」
アズラエルって、未来予知できる天使の名前だろうな。
いつか会ってみたいものだが。
「親書を届けなきゃいけないんだ。偉い人のいる場所に案内してもらえるかな?」
「「「「「「「「喜んでー!」」」」」」」」
ハハッ、天使達が素直になった。
しかし予知の天使はあたしが来ること知ってたろうに、忠告だけして放置してあったんだな。
多分予知の天使も、アホ毛バラキエル以下の強硬派はあたしにへこまされろと考えていたと思われる。
じゃあ予知の天使はあたしの考え方に賛同してるんだろ。