第2022話:シャムハザイの天使達
「ヴィルはアンヘルモーセンに行ったことある?」
ガリアの王宮で王様からの親書を受け取り、地図を見ながらアンヘルモーセンの首都シャムハザイへ行く段取りを決めているところだ。
今更? 今更だよ。
首をかしげるヴィルは可愛いな。
「あるけどないぬ。近くに寄ったり、アンヘルモーセン領内を飛んだことがあるだけだぬ。シャムハザイについては何も知らないぬ」
アンヘルモーセンは天使の国だ。
特に首都シャムハザイは、悪魔であるヴィルが近寄りたい場所ではないだろうな。
お父ちゃん閣下が言う。
「狭い意味でのシャムハザイは港こそ大きいが、町全体の規模はさほどでもないんだ。大店と公共施設、宗教施設くらいしかない」
「住民は別のところに住んでるんだ?」
「きっちり区分けされているね。広義のシャムハザイには港から遠い居住地区を含む」
「つまり港に近いところなら良さそうだね。見通しも利くだろうからやりやすいわ。ヴィル、わかった?」
「わかったぬ! 行ってくるぬ!」
ヴィルの姿が掻き消える。
ルーネが心配そう。
「大丈夫でしょうか?」
「たまたま天使に出くわしたなんてことがあると、ちょっと面倒ではあるね。でもシャムハザイでも天使の数は一〇人ちょっとらしいんだ。尊敬とか崇拝の感情を欲しがる関係で、港の人の少ないところにたむろしてることはないんじゃないかな」
「いえ、ヴィルちゃんが出会い頭にいきなり聖属性の攻撃をもらうこともあり得るのでは?」
「あ、それは平気。対策のパワーカード持たせてるから」
あたしもヴィルが大事だからね。
赤プレートに反応がある。
『御主人! ビーコンを置いたぬ!』
◇
「御主人!」
「よーし、ヴィルいい子!」
飛びついてきたヴィルとルーネをぎゅっとする。
ここは?
「いい場所見つけたね。ヴィル偉い」
「えへんだぬ!」
もう一度ぎゅっとしたろ。
ハハッ、またルーネも来たわ。
ここは港の一区画、どうも再開発しようとして更地になっている場所のようだ。
何がいいって人のいないところがいい。
広く見渡せるから奇襲を受けることもない。
辺りを見回していたルーネが言う。
「綺麗な都市ですね。随分と計画された町並みに見えます」
「アンヘルモーセンの建国前、シャムハザイが都市国家だった時代から運河網を備え、港と居住区を分けて設計されたと言われているんだ」
「今の商業的発展を見据えてですか?」
「らしいね」
「へー、すごいな」
つまりかなり昔から未来予知の天使はシャムハザイにいて、人間と関わりを持っていた。
そしておそらく宗教的支配と商業を念頭に置いた、計画的な街造りを考えたんだろう。
とゆーか先を見通す指導者的役割をする天使がいたから、天崇教っていう宗教が生まれたのかもしれない。
「ユーラシア君、行かないのかい?」
「ちょっと待っててくれる? そろそろ来ると思うんだ」
「何が?」
「天使。街中で戦闘になると市民の皆さんに迷惑だから、ここのが都合がいいな」
閣下とルーネはえっ? てゆー顔してるけど、ほら、裏から来たぞ?
銀髪が一人と白髪が三人か。
「こんにちはー」
「こんにちはぬ!」
ふん、と鼻を鳴らす天使四人組。
ルーネが言う。
「天使さん達ですか? とても可愛らしいですね」
「あら、あなたは美を理解できる子ね。見逃してあげてもいいわ」
「今の言い方でわかる通り、天使は我が儘で傲慢なんだよ」
「誰かさんのようだね」
誰だろ?
閣下の知り合いには相当我が儘で傲慢な人がいるらしい。
「あたし達に何の用かな?」
「あなたが肩車している子、悪魔でしょ?」
「そーだよ」
「そーぬよ?」
「悪魔とあっては放置するわけにいかないの。引き渡しなさい。何故なら私達は天使だから!」
ばばーんと効果音が出そうなポーズを取る天使達。
サラセニアで会ったハリエル達もこんなんだったな。
天使はキメポーズが得意なのか好きなのか。
一種のエンターテインメントかもしれない。
「あら、バラキエルではなくて?」
「カマエル、ハリエル。ようこそ、こちらへいらして」
さらに六人の天使が来た。
内銀髪が二人か。
ハリエル?
「あっ、ハリエル! 久しぶり!」
「久しぶりぬ!」
ハッとした顔をするハリエル。
この前サラセニアの首都ウトゥリクで会った、銀髪ロングの天使だ。
「あら、あなた達なの? 御機嫌よう」
「ちょっとハリエル。どういうこと? あなたまさか、悪魔の眷属と親しくしてるの?」
バラキエルと呼ばれた銀髪アホ毛天使が、銀髪ロングの天使ハリエルに詰め寄る。
……ハリエルは最初突っかかってきたけど、結局あたしの言うことを理解して引いてくれた。
もののわかる子だ。
説明に苦労するだろうし、ハリエルの立場を強くしてやるべきだな。
「ハリエルとはサラセニアで会ったんだ。その時ガリアの王様も一緒でさ。ハリエルは高度な政治的判断で、サラセニアから引くことを決めてくれたんだよ」
「そ、そうですのよ」
「……聞きましたわ。結局サラセニアのクーデターで天崇教とアンヘルモーセンの勢力拡大を果たせなかったけれど、ガリアと溝を深くすることがなかったので結果的によかったという話でしたわね」
「確かな解釈だね」
「しかし私、悪魔がこの件に関係しているとは知らなかったですわ」
ヴィルについては報告してなかったらしい。
ヴィルを睨んでくるバラキエル。
こいつもヴィルだけに注目してあたしを見てないのか。
天使の目は節穴なのかな?
「違うんだ。あたし達はカル帝国とガリアの親書を持ってきた使者で、ヴィルはうちの子であるに過ぎないの」
「……その悪魔が主導的役割を果たしているわけではない、ということをあなたは言いたいのね?」
「うん。賢いね」
満更でもない顔をするバラキエル。
ははあ、天使もまた褒められることには弱いと。
ルーネが聞いてくる。
「銀髪と白髪の天使さんがいらっしゃるようですが、違いがあるのですか?」
「銀髪の天使は『聖魔法』の固有能力持ちで、白髪の天使より格上なんだそーな。中でもアホ毛のバラキエルって子は、三人も白髪天使を連れてるじゃん? この中では一番偉い子なんじゃないかな?」
「よく理解しているのね。あなた達をどうするかは、私に決定権がありますの」
胸を張るバラキエル。
所詮一〇歳児並みの体格だ、おっぱいはない。
あたしの勝ちだわ。
天使が一〇人も集まってきましたよ。
天使の悪魔を嗅ぎつける力異常じゃない?