第2014話:契約の概念
「この柵の向こう側が山だ」
「見りゃわかるけれども」
山だ言われても、メッチャ広いんでしょ?
とゆーか見るからに広いわ。
黄の民が山と木を重要視していることは知ってる。
エルフとは傾向が違うけど、森とともに生きる民だもんな。
フェイさんが言う。
「まあ境界が区切られているわけじゃないが、黄の民の集落の三倍はあるな」
「三倍もあるのかー。わんちゃん探すの大変だな」
七匹だったな。
大型犬だから探すの簡単?
んなことはないわ。
姿が見えさえすれば『遊歩』で追いかけて捕まえられると思う。
でもイヌは賢いからなー。
臭いで察知されて、見つからないように逃げ回られるとどうにもならん気がする。
ただ襲われるって話だったか。
あたしみたいな可憐な美少女が一人で歩いてりゃ、様子見に出てくるだろ。
秘密兵器も持ってきてるしな。
ちょっと疑問点がある。
「人はどういうシチュエーションで襲われるのかな? この程度の柵なら跳び越えるか潜るかして侵入してきそうだけど」
「いや、柵からこちらへは来ないのだ」
「へー」
人間のナワバリだと認識してるのかな?
代わりに山はわんちゃんの領土だ。
柵越えてきたら容赦しないってことか。
「襲われるパターンは決まっている。少人数で山に入ったケースで、弁当を狙われるのだ。今までのところ、さほど騒ぎ立てるほどのケガを負った者はおらん」
「わんちゃんなりのルールか仁義があるみたいだな。ますます好感が持てるんだけど?」
「しかし冬になると笑ってはいられぬであろう?」
「だよねえ」
山は冬だと食べるものがなくなりそうだ。
となると当然人里が襲撃される可能性は高くなる。
対策するにしても長期戦になるから、夏の内に何とかってことか。
「りょーかーい。大体わかった」
「どうにかできるか?」
「わんちゃんに遭えれば。一応こういうもの用意してきたんだ」
「何だ?」
「じゃーん、秘密兵器だよ。スープのダシ取ったあとの骨。きっと好きだと思うんだよね」
あたしが一人で骨持って歩いてりゃ、匂いに釣られて現れるんじゃないかな?
うちの子達は空から一塊でイヌの居場所調べて、見つかったらヴィルが連絡してくれればいい。
陸からと空からの両面作戦だ。
「ボスはどんな子かな?」
「最も体の大きい白イヌだ」
「オーケー。じゃ、行ってくる!」
「うむ」
山に入る。
エルフの森みたいにやたらとデカい木が生えてるわけじゃなく、ほこら守りの村の参道のように厳粛な感じがするわけでもない。
親しみやすい、普通の山の森だ。
「分け入っても分け入っても山だなあ」
歩きづらいわ。
今年はイヌの脅威もあってあんまり伐採もできてないんだろう。
空からチェックしてるうちの子達じゃ、下は見えないかもしれないな。
ま、とにかくわんちゃんが骨に釣られて現れるのを待つべえ。
「そーいや、水場はどこだろ?」
賢いあたしは閃いた。
わんちゃんだって水は必要なはずだ。
また水場に来た獲物を仕留めるチャンスでもある。
水のありそうな谷へ。
……何か来た。
「シカか。おまえらうまそーだな」
数頭のシカの群れだ。
あたしを警戒してはいるけど、一人だし手ぶらだし距離もあるから大丈夫だと判断してるみたい。
大きな間違いだぞ?
でもどうしよう。
シカを昼御飯にしちゃうのは簡単だが、クララ達を呼ぶとわんちゃんが寄ってこなくなりそうだしな?
逆に倒した方が血の臭いでおびき寄せられるって考え方もある。
どーすべ?
「あ、考える間もなく来ちゃったわ」
わんちゃん達だ。
七匹全員集合。
ハハッ、生意気に唸っとるわ。
なかなか可愛いじゃないか。
水場に狙いを定めたあたし偉い。
……しかしわんちゃんって思ったより賢くないのかな?
どーしてシカじゃなくてあたしを獲物にしようとするんだか。
『遊歩』を起動、じりじりと近付いてこようとするわんちゃん達の前にフイッと移動する。
ギョッとしなくてもいいってば。
あたしは敵じゃないからね。
「にこっ!」
よしよし、あたしの魅力の前にイチコロだ。
七匹全てがお腹を上にして撫でてくれのポーズを取る。
いい子達だね。
ビーコンを置き、赤プレートに話しかける。
「ヴィル、聞こえる?」
『聞こえるぬ! 感度良好だぬ!』
「わんちゃん達を確保しました。ビーコン置いたから、皆を連れて転移してきてね」
『わかったぬ!』
うちの子達が転移してくる。
わんちゃん達が驚き、そして不安そうになる。
可哀そうだな。
いや、あたしはあんた達を捨てた連中とは違うよ。
どうこうしようってんじゃないからね?
「あんた達いいかな? あたしの言ってることわかる?」
「「「「「「「わん」」」」」」」
「よし、いい子達だね。あたしはあんた達に危害を加える気はないんだ。あんた達はこの骨が欲しいんでしょ?」
「「「「「「「わん!」」」」」」」
「ならば契約しようじゃないか」
「「「「「「「わん?」」」」」」」
「姐御、契約は理解できないと思いやすぜ」
「むーん? わんちゃん語で契約は何て言うのかな?」
「ドッグワード、ワッツ?」
おかしなところで躓いてしまった。
「黄の民と雇用契約を結ばせたいんだよね」
「イヌに何らかの役割を負わせるということですか?」
「そうそう。働いて、対価としてエサをもらうってことにすりゃいい」
契約がわからんみたいだけど、まあいいか。
「今からあんた達を雇用主のところに連れていきます。飛行魔法だから暴れるんじゃないよ。いいね?」
「「「「「「「わん!」」」」」」」
「クララ、お願い」
「はい、フライ!」
高速飛行でびゅーん。
「ただいまー」
「ただいまぬ!」
七匹のイヌを連れているあたし達を見て、喜ぶフェイさんと黄の民達。
「ほう、もう捕らえたのか。一時間も経っておらぬではないか」
「たまたま水場にいたんだ。すぐ降参してくれた」
「ふむ、さすがだな。精霊使いユーラシアよ」
「いや、これからわんちゃんの処遇を決めなきゃいけないんだよ」
「処遇か」
「ところがわんちゃん達、契約とゆー概念を理解できないみたいなんだ。しょうがないからフェイさんのいるところで言って聞かせようと思って」
「ほほう」
フェイさんは面白がってるが、フェイさん以外の黄の民はわんちゃん以上にわかっていないようだ。
皆が首傾げてる。
何故だ?
黄の民は契約くらい理解できるだろーが。
『にこっ!』がこれほどの威力となることは、書き始めた頃には全く想像できませんでした。
本作のクライマックスシーンでも使われ、『ユーラシアのリベンジスマイル』と呼ばれ恐れられます(笑)。