第2013話:責任持って飼え
――――――――――三〇九日目。
「美少女精霊使いユーラシア参上!」
「ヴィル参上ぬ!」
クララの高速『フライ』でJYパークまでびゅーんと飛び、黄の民のショップの前にフワリと降り立つ。
今日はイヌ退治の日だ。
何でも飼いきれなくなって山に放したら、黄の民に害をなすようになったというバカみたいな話。
退治はわんちゃん可哀そうだなあ。
派手な登場はあたしを嫌うフェイさんの親族連中にも、あたしの存在感を見せつけなければならないからだ。
……決して寝坊したから急いで来たわけじゃない。
「よく来た、精霊使いユーラシアよ」
フェイさんと握手。
嫁のインウェンは輸送隊で不在か。
「わんちゃんが野生化して人を襲うってところまでは聞いてるけど、間違いないかな?」
「うむ、間違いない。まだ被害としては小さいのだが、少々難儀している」
「あたしの好きなように処理していいよね?」
「全て任せる」
鷹揚に頷くフェイさん。
この辺は既に了解が取れているのだが、族長の依頼であたしが動いているんだぞと、周りで聞いている黄の民にわからせるためのやり取りだ。
高度な政治的駆け引きなんちゃって。
フェイさんが続ける。
「詳しくはこやつらに聞いてくれ。イヌを山に放した者達だ」
おお? きまり悪げに何人か出てきた。
フェイさんから見て叔父叔母従弟連中ね。
見覚えがあるようなないような。
あたしがあんまり覚えてないってことは、つまりモブだな。
了解。
中でも一番年上とみられる男が、恨みがましそうな目を向けて言う。
「灰の民の精霊使いユーラシアだな?」
「そうそう、かの有名なドーラのヒロイン、美少女精霊使いユーラシアだよ」
「……族長の嫁取りでは、よくも引っ掻き回してくれたな!」
「えっ? インウェンが悪妻で迷惑を撒き散らしてる? あんた達が山に放したイヌ以上に?」
「そ、そんなことはないが」
「じゃあフェイさんとインウェンの仲悪くて、嫌な雰囲気が漂ってる?」
「そうでもないが」
「能力が足んなくてフェイさんと黄の民の足引っ張ってる? やっぱりあたしが嫁の方がよかった?」
「そんなことはない!」
「ならいいじゃん。何の文句があるのよ?」
所在なさげに視線をさ迷わすフェイさんの親族一同。
あれっ? インウェン嫁で何も困らないじゃんみたいな顔してるわ。
ウィンウィンを旨とするあたしが、困る嫁を押しつけるわけないだろーが。
その程度の認識で絡んでくるな。
悪いやつフェイさんが実に楽しそうな顔してるじゃないか。
もう一押ししてくれ?
りょーかいでーす。
「現状うまくいってて将来の展望に不安のないことにケチつけるなら、よっぽどの根拠が必要だぞ? でないと何言ってんだこいつらと周りから思われちゃう」
「お、おう」
「大体族長のフェイさんが文句言ってないじゃん。勝手なことしてると、マジで族長の方針に従わない者として胡散臭く見えるぞ?」
こっちの様子を窺ってる他の黄の民が、何とも言えない表情してるのに気付いたか?
フェイさんはあたしに説明させるために、あんたらを引っ張ってきたわけじゃない。
あんたらがどんな間抜けなことしてるか、他の黄の民の前で自爆させるためだからな?
……族長の親族がバカなことしてるのをオープンにするのは、実はフェイさんの求心力のためにはよろしくない。
でもまーあたしの好きなように処理していいようだから。
フェイさんが重々しく言う。
「一つ訂正がある」
「何だったろ?」
「インウェンは俺の婚約者ではあるが、まだ嫁ではない」
「おおう、言われてみれば」
アハハと笑い合う。
どんよりとしてた空気がやや軽くなった。
フェイさんこーゆーとこ上手いな。
「族長夫妻(予定)のラブラブ話についてはどうでもいいんだ。いや、どうでもよくはないな?」
「どっちなんだ」
「御主人はラブラブ話が大好きだぬよ? でも物事は熟成期間が必要だと考えているんだぬ。きっと結婚の頃に根掘り葉掘り聞くだぬ」
「ヴィルはわかってるなー。よしよし」
ぎゅっとしてやる。
いい子で可愛いやつめ。
「今日の本題、わんちゃんについて聞こうじゃないか。七匹が徒党を組んで悪さするってとこまでは聞いてる。詳しい経緯と、今どういう状態なのかを知りたいな」
実は大して必要な情報じゃないんだが、事件の張本人の口から他の黄の民に聞かせろってことだ。
年長の男が言う。
「昨年の今頃だろうか、我が一族でイヌがブームになってな。皆がこぞって手に入れ、飼い始めたのだ」
「ふーん、何で?」
「可愛いから」
「わかる」
従順でよく言うこと聞くわんちゃんはとっても可愛い。
あたしも好きだ。
理解を得たことに気を良くしたか、男が続ける。
「子イヌの内はよかったが、大きくなるだろう?」
「そりゃそーだ。成長するにつれ小さくなったらホラーだわ」
「ホラーだぬ!」
「七匹揃いも揃って大型犬でな。力が強くて飼いきれなくなったというか……」
「パワフルな黄の民が、力が強くて飼いきれなくなったって言うほどなんだ?」
目を伏せる親族一同。
裕福な族長一族なら、あんまり食べるからエサ代を賄いきれなくなったってことじゃないんだろう。
フェイさんからは、飽きて山に放したって聞いたぞ?
子イヌの内は可愛かったけど、成長して嫌になったとは言えないからだな?
飼うんだったら責任持って飼えと言いたい。
挙句の果てに牙剥いて反抗されるんじゃ、何やってるんだかわからん。
周りで聞いてる人達も察して、冷ややかな視線を浴びせてる。
もう少し針のむしろに座ってろ。
「で、山に放したんだ?」
「ああ」
「人に害をなすようになるとは考えなかった?」
「全く」
「どうせ飢え死にしちゃうと思ったから?」
「い、いや、飢え死にとまでは……」
動揺したってダメだわ。
あんたの言ってることは、放置して殺すつもりだったってことだわ。
「フェイさんの頼みだから今回はあたしが何とかするけど、今後も似たよーな事件が再発するかもしれないじゃん。山をねぐらにされるとかなり面倒だぞ? どーなん?」
「動物は捨てるな、を徹底するしかあるまいな」
「飼う側の倫理の問題だわ」
わんちゃんじゃなくても、クマやでっかいヘビでも厄介だ。
考えを進めると、魔物じゃなくても脅威の動物って多いなあ。
「現地案内してくれる?」
さて、どんなわんちゃん達だろうか?
クソ生意気なやつだと簡単なんだけどなあ。