第2011話:ドーラと帝国は違うから
「……とゆーわけなんだ」
「とゆーわけなんだぬ!」
「ふむ、さようか」
帝都から帰宅後、スライム牧場にやって来て、ノルトマンさんの言葉とニライちゃんのラブリースライムの現況について知らせた。
ここは涼しいな。
比較的乾いた風が吹く、夏にはいい場所だ。
……スライム牧場とコラボで避暑地として開発できんものかな?
最近どうやったら付加価値をつけてお客さんを呼べるかの方向で考えてしまう。
ドーラの発展はまだまだこれからだからね。
「若干分裂時期が遅かった気はします。一ヶ月もかからぬ内と考えていましたが」
「いや、ヒューバート。こんなものじゃろう。スライムも飼育環境が変わるとストレスはかかるからの。むしろ早い方ではないか?」
「分裂して増えたってことは、スライムにとっていい状態と考えていいんだよね?」
「うむ」
頷くスライム爺さんとヒューバートさん。
「ちっちゃい女の子いたじゃん? ニライちゃんって言うんだけど、あの子がメインで飼ってるの。皆に愛想がいいスライムなのかなーと思ってたけど、飼い主を認識するみたいだね」
「ほう。よほど可愛がっているのだろうな」
「後ろをついて歩くとか、数日離れたあとに会ったらすごく喜んだとか言ってた」
さすがに牧場じゃ全部の個体に名前をつけてるわけじゃないだろうから
ニライちゃんの可愛がりようの方が濃密なんじゃないかな。
「しかし事業化前に法整備か。そこまで気付かなんだが」
「ドーラはあっちにもこっちにもどこにでも魔物がいる国だからね。法律作ったって意味がないとゆーか、細かい法律はドーラに馴染まないとゆーか」
「帝国は違いますか?」
「一般人はほぼ魔物なんか見ない国なんだよ。野良化したスライムを放置するとゆーわけにもいかなくてさ。事故でも起きて魔物が危険視されると、スライム飼育に逆風が吹いちゃう」
くだらんことで事業が躓くのは面白くないからな。
「魔物の扱いをどうするかってことになると、法律だけじゃなくて、業界の方も団体作って管理しないと」
「帝国は帝国で難しいのだな」
「本来ドーラ人の考えることではないけどね」
スライム爺さん苦笑してるけど、ドーラがぬる過ぎるだけだと思う。
「秋になれば一応の準備ができるみたい。その頃に挨拶と契約のために訪れたいって言ってたから連れてくるね」
「わかったぞ」
「じゃ、またねー」
「バイバイぬ」
転移の玉を起動して帰宅する。
◇
「ふいー、ただいまー」
「お帰りなさい」
「ボス、魔境へゴーね?」
「行く行く。でもちょっと待ってて」
通貨単位統一関係の進捗は行政府に伝えておくべきか?
天使国アンヘルモーセンの動向を探ってからの方がいい気はするが……。
「伝えておけばいいんじゃないでやすか? また何かあったら追加で」
「少しずつ話しておいた方が理解しやすいと思いますよ」
「そーだね。ヴィル、行政府のパラキアスさんかオルムスさんに繋いでくれる?」
「了解だぬ!」
瞬時に掻き消えるヴィル。
まあオルムスさんは忙しいんだろうから、パラキアスさんだろう。
赤プレートに連絡が入る。
『御主人! パラキアスだぬ!』
『ユーラシアだな?』
「そうそう、形容するのも困難なほど美少女のあたし」
『ハハッ、ルキウス陛下は恙ないか?』
「元気だよ。いろんなことをやる気あるけど、予算の都合もあるじゃん? どこから手をつけようかなーって感じだと思う」
『そうか。ユーラシアはどうした?』
「世界で通貨単位を統一しようねって件、少し前に進んだんだ。ちらっと報告」
『ほう、どうなったかな?』
悪いやつらしく面白がる気満々のパラキアスさん。
「帝国のプリンス陛下とガリアの王様は乗り気。ギルの名前を残して、現在の帝国ゴールドの価値にするってことになりそう」
『うん? 随分突っ込んだ話になってるじゃないか。驚きだな』
「いや、決定ではなくてさ。まだ帝国とガリアでわいわい楽しく語り合ってアウトライン作ってる段階だよ」
『ということは、邪魔になるのが?』
「邪魔ってゆーか、一番問題あるのがやっぱアンヘルモーセンなんだよね。テテュス内海で大きな勢力のある国だから、そっぽ向かれるとゴールドとギルを統一する意味が半減しちゃう」
『ギルすら一本化してないのに何やってるということだな? 参加に躊躇する国が増えそうだと』
「うん。だからアンヘルモーセンを丸め込んだら勝ったも同然なんだよなー」
『アンヘルモーセンは商業国だろう? ゴールドとギルを統一がなされたなら、享受する便益は大きいじゃないか。どうにでも説得できそうだが』
商人の理屈だと確かにそうなんだけど。
「ここから『全てを知る者』の情報ね? アンヘルモーセンには天崇教布教を中心にテテュス内海で勢力拡大を望む一派、アンヘルモーセン・ダイオネア・ラージャで地固めをしようという一派、カル帝国及びガリアと友好を深めたい一派に分かれてるそーな」
『ふむ?』
「サラセニアのクーデター以来、最大派閥の勢力拡大派の勢いは止まってるけど、まだまだ有力なんだって。で、この一派の支持基盤が天使と天崇教」
『……宗教の偏屈さが、商業的利益を超えた判断を下すかもしれないのか』
「うん。プライド高いんだろうから、話を持ってくのが後回しになるとまずいなってことなんだ。明後日帝国とガリアの親書をアンヘルモーセンに届けてくるよ」
『ヴィルを使った転移か? 天使の国だろう? 危険はないか?』
天使は危険とゆーよりアグレッシブなんだよな?
「ガリアの王様がひどいの。ヴィル連れてアンヘルモーセンを歩き回ってればどうせ天使に絡まれるから、返り討ちにしろって。そーすりゃ天使と天崇教の権威が失墜する。最大派閥の勢力拡大派は支持を失い、思い通りにできるってニュアンスだった」
『パーフェクトだ』
「パーフェクトかなあ?」
パラキアスさんは自分が緻密な裏工作を得意としているせいか、逆にアバウトで荒っぽいことが案外好きな気がする。
あたしみたいな平和主義美少女にとっては実に不可解なことだけれども。
「現在の進捗は以上でーす。また進展あったら連絡するね」
『わかった。楽しみにしているよ』
「ヴィル、ありがとう。こっちに戻っておいで」
『はいだぬ!』
さて、魔境行ってぴー子のエサを確保するか。
パラキアスさんがパーフェクトだって褒めてくれた物事は成功だ。
つまり明後日天使国アンヘルモーセンで愉快なイベントが待っている。