第2006話:A太父現る
――――――――――三〇八日目。
フイィィーンシュパパパッ。
「おっはよー」
「おはようぬ!」
「やあ、精霊使い君、いらっしゃい」
皇宮にやってきた。
いつものサボリ土魔法使い近衛兵が言う。
「詰め所にルーネロッテ様とウルリヒ様が来てるんだ」
「ウルリヒさん来てるんだ? 今日領地に送ってくんだよ。だからあたしはウルリヒさん家に行くつもりだったんだけどな?」
領地に送る荷物とかないのかしらん?
「手ぶらだったぞ」
「ふーん、気安い公爵様だなあ。弱いクセにボディーガードもつけてないしねえ」
「帝都内の騎士が巡回している地域は、治安という面では安全だけどな。貴族が従者とともに行動するのは、体面に関わるからだ」
「体面の問題なん? フリードリヒさんやノルトマンさんにいつもお供がいないのは、強いからだと思ってた」
「元騎士のフリードリヒ様やノルトマン様が強いのは間違いじゃないんだろうが、騎士出身者は一人歩きに慣れてるからだろう」
「あれえ? じゃルーネが一人で出歩くのは?」
「本来なら褒められたことじゃない。というか、上流階級の令嬢が供を連れてないというのはほとんど聞いたことがないな」
そーだったのか。
レベルを上げて、護衛の必要がないほど強くなってればいいのかと思ってた。
ルーネに悪いことしちゃったか?
しかしそこまでして娘にお供をつけたくないお父ちゃん閣下って一体。
まあ他所ん家の事情はいいけれども。
「令嬢は侍女を供に連れてることも多いぞ」
「あれ? じゃ、ルーネは侍女をお供に……いや、それはお父ちゃん閣下が許さなかったんだろうな」
何故なら護衛じゃないんだったら、ルーネが出歩いて危険なのは変わらないから。
だったらやっぱりルーネは自分が強くなるしかなかった。
レベル上げしたのは正しかったわ。
「まーレベルは大体何でも解決するから」
「レベルが大事というのは近衛兵の立場から賛成するけれども、簡単にレベル上げするという考え方に馴染めない」
「そお? ドーラでは当たり前なんだけどな」
ドーラの常識とユーラシアの常識は違うっていう、サイナスさんの声が聞こえた気がしたわ。
「今日ルーネは剣術道場がない日か。あんまり他からお誘いとかないのかなあ?」
「親しいわけでもない皇女殿下を招待できる家なんて限られているだろう? 社交シーズンまではそうお忙しいことはないと思う」
「秋まではあたしが構ってルーネを鍛えろとゆーことだな?」
「フリーダムな解釈だなあ」
アハハと笑い合う。
「ま、ルーネも連れていけばいーや。ルーネはウルリヒさんとこの領地の、カニの魔物が出るとこしか行ったことがないんだ。海の幸が溢れているなんて勘違いさせちゃいけない」
「カニの魔物は海の幸なんだな?」
「茹でるとすげえ美味いんだよ。でっかいから食べであるし。ウルリヒさんが産業化考えてるくらい」
「ほう?」
サボリ君も興味を持ったようだ。
デリシャスイズジャスティスだから。
さて、近衛兵詰め所に到着っと。
「おっはよー」
「おはようぬ!」
「ユーラシアさん……」
あれ? ルーネが飛びついてこないぞ?
そして戸惑いの声。
知らない紳士とその従者がいる。
このミステリーの答えは?
「グスタフ様ではないですか。いらっしゃいませ」
「うむ、御機嫌よう」
サボリ君の意外そうな声。
グスタフグスタフ……どこかで聞いたことのある名前だけど忘れたな。
チラッとルーネの方見たら、口だけ動かしてる。
エ・エ・タ・チ・チ?
おお、A太の父ちゃん伯爵か。
ルーネグッジョブ。
ウルリヒさんが面白そうに言う。
「つい今しがたグスタフ殿がみえてな。何でもユーラシア君と直に話がしたいそうで」
「ユーラシア殿」
グスタフさんの低い声が響く。
A太は長男だから、その父であるグスタフさんもお父ちゃん閣下やウルリヒさんと同年代かと思ったら、見た感じもう少し上だな。
四〇代半ばくらいか?
A太の能天気な顔とは似ても似つかない沈痛な表情を浮かべている。
「誰もが見放したハンネローレ嬢の身体を、ユーラシア殿が癒したという報告が複数入ったのが四日前だった」
「複数入ったんだ?」
内緒にしてたのにえらい情報網だな。
ウルリヒさんも興味持ってるやん。
「半信半疑でゼンメルワイス家邸へ挨拶に訪れれば、まさにハンネローレ嬢が庭で歩く練習をする場面に出くわした。何故か侍女服を着ていたが」
ハンネローレちゃんマジで侍女服着てたんだな。
でもバレちゃったのか。
ハハッ、笑える。
「何故邪魔をする!」
「何の邪魔よ?」
「バルリング家の邪魔だ! 不肖の息子とどうかという打診をしたところ、ユーラシア殿主導でもうかなり縁談が進んでいるそうではないか! 元々ハンネローレ嬢は当家に縁があったのだぞ! 当家に含みでもあるのか!」
A太にはともかく、バルリング伯爵家に含みなんかないわ。
青筋立ててるけど滑稽だとゆーのに。
「まあ落ち着いて。お土産のお肉だよ。いつも皇宮の近衛兵詰め所に来る時には持ってきて、炙り焼きして食べるんだ。すごく美味しいよ。グスタフさんもいる?」
「いただこう」
近衛兵がオーブンに火を入れ、手頃な大きさに切って櫛に刺したものを放り込む。
焼きあがるのが楽しみだ。
「一つ誤解があるよ」
「何がだ?」
「あたしがハンネローレちゃんとこに縁談持ってったのは事実だけど、あたしが主導したわけではないんだ。どこの誰との縁談だか把握してる?」
「ヤニック君であろう? ドレッセル子爵家の」
「そうそう。マジでグスタフさんの情報網はすごいなあ。仮にグスタフさんの息子をA太って呼ぶね? グスタフさんの考えだと、A太とヤニック君は同じくらいちゃらんぽらんだ。だったら子爵家よりも伯爵家の嫁の方がいいに決まってるだろう、ってことで合ってる?」
頷くグスタフさん。
やっぱり。
こら、ルーネ笑うな。
「ドレッセル家フアニート子爵がルキウス陛下に泣きついたんだ。ヤニック君にしっかりした嫁を迎えたい。何とかしてくれって。だからあたしは陛下の指示で動いてるの」
「何と! ああ、ドレッセル家は陛下の母方の実家……」
「だから文句があるなら、あたしじゃなくて陛下に言ってね」
顔が土気色になるグスタフさん。
他人の威を借るのは好きじゃないけど、こういう理由の方が諦めつくだろ。
この父にしてA太みたいな息子になっちゃうのか。
教育ってマジで難しいな。