第1999話:人災わんちゃん
――――――――――三〇七日目。
「サイナスさん、おっはよー」
「おはようぬ!」
「トラブルを嗅ぎつける美少女参上!」
「余すところなく嗅ぎつけるんだぬ!」
「やあ、よく来たね。でも言ってることが物騒だぞ。恥ずかしいから小声にしなさい」
アハハ、今日はおそらくトラブルを紹介してもらえる日だから、ちょーっと気が高ぶってるかもしれない。
トラブルを紹介してもらえるってのもおかしいか。
とにかくJYパークの灰の民のショップまでやって来た。
うちの子達を皆連れてきたことを、サイナスさんは面白がっているようだ。
「今日は全員集合かい?」
「まあね。精霊使いのフォーマルスタイルだから」
「何だい、それは?」
サイナスさんが笑う。
今日は今から黄の民の族長フェイさんの話を聞きに行くのだ。
あたしを嫌ってる黄の民族長一族が何らかの問題を起こし、あたしに解決を依頼するという趣旨に十中八九間違いない。
となるとあたしも隙を見せるわけにはいかないので、格好をつけておかねばならないってことだよ。
「押し出しを気にする君の姿勢は変わらないな」
「主導権を握るために、舐められちゃいけない場面ってのがあるんだよ。今日うちの子達を連れていくのは、あたしにとってもクライアントにとっても都合がいいから」
「うん、今日のお土産は?」
「サイナスさん家に置いてあるよ。クレソンが山ほど」
心配しなくたって、お肉も置いてあるってば。
しかし気温が上がって魔境クレソンの繁殖力がすごい。
夏を越せるかは一つのテーマだったんだけど、今の調子だと大丈夫どころか、食べ切れないくらい増えるな。
人間様の食料としても家畜の飼料としても大活躍だわ。
「行ってくるねー」
「行ってくるぬ!」
黄の民のショップへ。
◇
「あっ、姉様!」
女の子が飛びついてくる。
輸送隊眼帯隊長の妹イーチィだ。
ヴィルと一緒にぎゅー。
「久しぶりだね。イーチィ少し背が伸びてるんじゃない?」
「そうなんですよ。兄様みたいな巨人になったらどうしようかと」
「アハハ。今日どうしたの?」
「輸送隊の見送りに来てたのです」
「あっ、今日輸送隊の日だったか」
最近輸送隊も順調そうだから、あんまり気にしてなかったな。
「輸送隊はどう? イーチィの目で見て変わったことある?」
「聖火教の集落が大きくなってきてるじゃないですか。あそことの取り引きが増えてるんですよ」
「なるほど、いいことだね」
「ショウガや聖水が特に開拓地の移民に売れています」
「あ、ショウガが入ってるのか。あたしもあとで買ってこ」
クララ何?
焼き肉のタレの研究をしたい?
あんたは熱心だね。
醤油と砂糖はあるから、ニンニクとゴマも買おうか。
「ところでフェイさんがあたしに用があるみたいなんだ。イーチィ何か聞いてない?」
「用、ですか……」
黄の民族長家のトラブルならイーチィは何も知らないかもしれない。
逆にイーチィが知ってるなら、黄の民全体に関わる大きな事件かもな?
何か思い当たったようだ。
「イヌ、かもしれません」
「イヌ?」
「野犬が問題になってるんですよ。人を襲うことがあって」
「ふーん? イーチィありがとうね」
「どういたしまして。では、姉様さようなら」
軽やかな足取りで黄の民の村へ去ってゆくイーチィ。
うんうん、楽しそうでよろしい。
しかしイヌって今回の件に関係あるかな?
野犬なんか捕まえりゃ終いな気がするし。
ま、関係なくても話の導入に使えるからいいか。
さて、ショップを覗くとしよう。
「フェイさん、おっはよー」
「おはようぬ!」
「来たか、精霊使いユーラシアよ」
悠然と構えるモヒカン頭の大男。
問題起きてるからあたしに相談あるはずなのに、全然そう見えないのな。
悪いやつだから。
「最近は世界を飛び回っているとサイナス殿に聞いている」
「うん。関わる人が多くなってくると色んなことができて面白いね」
「面白いことか。今関わってる案件は?」
「いろいろあるけど、一番大きいのは世界の通貨単位を統一しようってやつかな」
「ほう?」
興味ありげですね。
「今のドーラは貿易相手国が帝国しかないから、すぐ関係してくるってことじゃないんだけどさ。他の国と商売するようになると、通貨単位が違うことは壁になるじゃん?」
「ふむ、通貨単位を一つにすれば、どこに行っても売り買いが簡単ということか」
「そうそう。特に世界のあちこちへ行くあたしに大変都合がいい」
アハハと笑い合う。
掴みはオッケー。
で、本題は何だろ?
特にフェイさん周りを警戒してないようだから、大っぴらに話してもいいんだな?
「さっきイーチィに会ってさ、野犬がどうこうって言ってた。黄の民の困りごとなん?」
「うむ、それだ」
「やっぱイヌが問題なんだ?」
大きくゆっくりと頷くフェイさん。
ビンゴらしい。
しかしイヌごときでフェイさんがあたしを呼ぶって何事?
フェイさんが状況を説明してくれる。
「俺の一族の者がイヌを飼いきれなくなって、山に放したらしいのだ」
「捨てイヌかー。可哀そうに」
「人間を信用しなくて凶暴なのだ。野犬では魔物除けは通じぬであろう?」
「あ、言われてみれば」
なるほど、弱い魔物よりよっぽど厄介かもしれないな。
わんちゃんは賢いから。
「でもイヌ一匹ならどうにでもなりそうだけど。デカいの?」
「一匹ではない。七匹だ」
「えっ?」
フェイさんの親族とその知り合い達がノリでイヌを飼い始めたらしい。
飽きて山に放したら人を襲うようになった?
完全に人災じゃねーか。
何やってんの一体。
「七匹って、バカなんじゃね? これはどうあっても擁護できないぞ?」
「愚かな行いだった。イヌ達は徒党を組み、黄の民に牙を剥くようになったのだ」
「公平に見て、わんちゃん悪くないわ」
「しかし山に入れんと民は困る。どうにかしてくれんか、という依頼なのだが」
「あたし好みの解決法でいいなら請けるけど」
「うむ、任せよう」
二、三人天幕の裏で聞き耳を立ててる気配があるな。
……特にあたしに反感を持ってるようではない。
「明後日の午前中どうかな? フェイさんも立ち会ってくれる?」
「うむ、もとより立ち会うつもりではあったぞ」
「じゃ、明後日来るね。またねー」
「バイバイぬ!」
よーし、あとは買い物と。
グロちゃんに碧長石の魔物除けの話も聞いとくか。
バカな話だった。
大体人間の愚かさが困難を招くのだ(大げさ)。