第1993話:何故か閣下も
――――――――――三〇六日目。
「おっはよー」
「おはようぬ!」
「やあ、精霊使い君。いらっしゃい」
皇宮にやって来た。
いつものサボリ土魔法使い近衛兵が言う。
「今日は何か用があったのかい?」
「ハンネローレちゃんとこ遊びに行くんだ。ハンネローレちゃんやっぱり事故前に婚約してた時があったみたいだぞ?」
「ほう。どなたとだい?」
「名前忘れたな。ビアンカちゃんの元婚約者で締まりのないニヤケ面の。あたしの中ではメッチャ鼻の下が伸びてるなーって印象しかない」
「エリアス様か。バルリング伯爵家嫡男の」
「そーだ。そのA太」
「A太って」
苦笑するサボリ君。
名前を覚える価値がないだけだよ。
この近衛兵は何て名前だったかな?
この前聞いたけど忘れちゃったわ。
「ふむ。ゼンメルワイス家はかつて、バルリング家の引き立てで貴族になったという経緯があるからか」
「まーA太が出来のよろしくない令息だってことは、ハンネローレちゃん家でもわかってはいたんだろうけどさ。断れなかったんだろうねえ」
「ハハッ、想像はできるな」
「これサボリ君が知らなかったくらいだから、あんまり広まってる婚約じゃないんだね?」
「事故の直前の成立だったのかもな」
「ハンネローレちゃんも婚約直後の事故って言ってたわ」
「ハンネローレ嬢の事故が一年ちょっとくらい前だったんだ。社交シーズンを外れてるから知られてないんだろう」
「なるほど」
社交シーズンの関係もあったか。
ゼンメルワイス家もドレッセル家と同じで、婚約を各方面に知らせる意図がなかったんじゃないかな。
多分A太がロクでもないんで、婚約解消の可能性が低くなかったから。
タイミングからすると、A太はハンネローレちゃんの婚約がパーになったすぐあとに、ビアンカちゃんとの婚約が成立したんだろう。
A太のお父ちゃん伯爵はメッチャ狙いのいい婚約を成立させてるのに、息子がおバカで可哀そう。
「うーん、どっち聞こうかな」
「どっちとは?」
「A太か、それともおっぱいピンクブロンドについてか」
「おっぱいピンクブロンド……マイケ嬢かい? ペルレ男爵家の」
「おっぱいピンクブロンドで十分通じるなあ」
「屈指の美貌の令嬢ではあるね」
舞踏会の時、おっぱいピンクブロンドについては説明されてなかったし、チラッとしか見てないにも拘らず、A太よりも印象に残ってる。
とゆーことは大した子なんだとは思う。
ま、おっぱいピンクブロンドは今日関係ないから次でいいか。
「バルリング伯爵家について教えてよ」
「建国以来の名家だな。伯爵家としてはエーレンベルク家に次ぐと言っていい」
「マジか」
ちょっとビックリ。
「騎士も多く出してるが、どちらかと言えば文に強い。過去には執政官も輩出しているくらいだ。ちなみに我が家もバルリング家の分かれなんだ」
「へー。今御本家は経営厳しいんじゃないかって聞いたけど」
「過去の内戦で領地が混乱した。名家なりの付き合いで金遣いが荒い。建国から時間を経て需要や流通が変化した。理由は数々あると思うけどね」
「最近の当主はどうなん?」
「当代のグスタフ様は出来物と言われているよ。ただグスタフ様が当主になってまだ三年にもならないはずだ。立て直しに躍起になっていると聞くが、成果が目に見えるまでには時間がかかるんじゃないか?」
「古い家だと、なりたて当主が動かせる部分も制限されちゃうのかもねえ」
会ったことないけどグスタフさんには同情する。
A太のビアンカちゃん婚約破棄宣言の後、すぐにドレッセル家にコンタクト取ったみたいだし、フットワークの軽い人であることは間違いないな。
不憫な立ち位置や不肖の息子の存在はマジ可哀そう。
さて、近衛兵詰め所に着いた。
「おっはよー」
「おはようぬ!」
「ユーラシアさん!」
いつものように飛びついてくるルーネとヴィル。
可愛いやつらめ。
あたし達を羨ましそうに見ているお父ちゃん閣下。
「あれ? 何で閣下がいるのかな?」
参与は常勤のお仕事じゃないから、施政館にいなくてもいいっちゃいいんだろうけど。
「ゼンメルワイス家邸へ行くんだろう? 予もハンネローレ嬢を見舞おうかと思ってね」
「ふーん?」
単にルーネが行くからついて来るってことじゃないな。
わざわざ閣下も行きたいってどういうことだろう?
何か目的があるみたい。
ハンネローレちゃんが治ったこと内緒にしといてって言ってあるから、ハッキリしたことは言わないだろうけど……。
「あとでハンネローレちゃんのお父ちゃん侯爵にも会って来ようと思ってるんだ。閣下はどうする? 侯爵領も行く?」
「いや、ハンネローレ嬢を見舞ったら失礼するよ。仕事もあるからね」
とゆーことは、ハンネローレちゃんに興味がある?
ははあ、身体が治ったっていっても精神的にどうかとか、実際に会ってチェックしておきたいってことだな?
思ったよりハンネローレちゃんは重要視されている。
リリーと仲良しで、リリーをコントロールできるほどの人材となれば当然か。
あるいはヤニック君の嫁になるかもしれないから様子見てきてくれっていう、プリンス陛下の思惑があるのかもしれない。
「りょーかーい、行こうか」
「ユーラシアさん、何も聞かないんですね?」
「突っ込んで笑いの取れるポイントじゃないんだよね。あたしはエンターテイナーなので、そーゆーところは厳しいのだ。ハンネローレちゃんが各方面から随分と注目されてる子なんだなってことはわかった」
近衛兵も聞いてるから誤魔化したった。
微かに頷く閣下。
言いたいことがあれば道々何か話してくれるだろ。
ルーネはお父ちゃん閣下から余計なこと言うなって言われてないみたいだな。
もうちょっと煙に巻いとくか。
「ところで閣下はプレイボーイA太のことどう思う?」
「ん? プレイボーイA太とは誰だい?」
「バルリング伯爵家の令息、エリアス様のことですよ。ビアンカ様との婚約を破棄した」
「A太はルーネの婿としてありなん? なしなん?」
「あるわけないだろう!」
「なしに決まっています!」
「親娘の意見が一致した感動の瞬間でした」
思わず見つめ合うルーネとお父ちゃん閣下。
ハハッ、閣下にサービスしたった。
「行こうよ。ハンネローレちゃんが待ってる」
ハンネローレちゃん家にしゅっぱーつ。
お父ちゃん閣下が注目しているくらいだ。
やっぱハンネローレちゃんはすごい子。