第1912話:タルガでへっぴり腰
「御主人!」
「よーし、ヴィルいい子!」
施政館でツェーザル中将とマーク一級魔道士を呼び戻す辞令を受け取ってから、タルガにやって来た。
何故かお父ちゃん閣下ルーネウルリヒさんが一緒。
ルーネは遊びに来たい。
ウルリヒさんはタルガに興味がある。
お父ちゃん閣下はタルガが好きって言ってたけど、どうせルーネがいるからついて来たに決まってる。
要は我が儘トリオだな。
もう一人我が儘がいるって?
否定はしない。
ヴィルとルーネをぎゅーしてるとお父ちゃん閣下が不満顔だ。
ウルリヒさんが言う。
「ここがタルガ?」
「タルガの町からちょっと離れたところだよ。ウルリヒさんはタルガ初めてかな?」
「ああ。何故郊外に?」
「悪魔がいきなり街中に現れると嫌がる人がいるかもしれない、とゆーのが一つ目の理由」
「なるほど。ヴィル様は可愛いのにな」
「可愛いぬよ?」
「他にも理由がある?」
「うん。総督府まで大した距離じゃないんで、ルーネの勉強を兼ねてね」
「勉強?」
「嫌な予感がする」
「閣下正解。ほいっと」
パワーカードを起動し、遠い距離にいたハマサソリを仕留める。
「お見事です!」
「ルーネが初めてやっつけた記念すべき魔物があれ。タルガの子供でもやっつけられるくらい弱いけど、どこにいるかわかりにくいし毒持ちだから気をつけてね」
途端にへっぴり腰になってキョロキョロ周りを見回す閣下とウルリヒさん。
笑える。
「さあルーネ。ハマサソリ発見と『スナイプ』による遠距離攻撃の練習ね」
「はい!」
◇
「あっ、トサ様!」
タルガの街中に入ったらすぐトサ様発見。
身体デカいから目立つなあ。
「よう、あんたか。殿下も皇女様もしばらくでした。そちらは?」
「公爵のウルリヒさんだよ」
「当たり前のように偉い人かよ」
まあね。
ウルリヒさんにトサ様が辺境開拓民の中で指導的な役割をしている人だと説明する。
お父ちゃん閣下が言う。
「市民権に対する啓蒙は進んでいるかな?」
「申し訳ねえ。難しいんで。トサ様が説明しても、騙されてるんじゃないかって疑うやつばかりでさあ」
「ふむ。実際に優遇措置を導入してメリットで釣った方が早いか」
「トサ様はどんな優遇があると嬉しい?」
「そりゃあ武器の支給だぜ」
思わず閣下と顔を見合わせる。
いきなりの武器の支給は治安の悪化を招きかねないから難しいんだよな。
市民権と戸籍の管理が進まないまま武器が出回ると、山賊被害に拍車をかけかねない。
むーん?
「ユーラシア君、どう見る?」
「武器支給は危ないけど、魔物退治に対して即効性があることは間違いないんだよねえ」
「……回復魔法と治癒魔法の使えるパワーカードを一定数支給しよう」
「あっ、閣下賢いな」
『ホワイトベーシック』は武器じゃないけど戦闘の役に立つし、ケガ人に対して有効だ。
誰が持っていても嬉しい。
皆欲しがるに決まってる。
「トサ君、辺境開拓民集落はいくつある?」
「どの規模から集落って言うのか知りやせんが、一〇人以上固まって住んでるのが三〇くらいでやすぜ」
「集落から一人市民権登録者が出れば、その集落に回復魔法と治癒魔法の使えるパワーカードを一枚支給する。三〇人以上の集落で、かつ集落全員の市民権登録が完了したケースは、さらにもう一枚支給する、という方向で早期に調整する」
「トサ様にもあげた『ホワイトベーシック』だよ」
「あれはあると安心だぜ。トサ様もケガしたやつに会うたび使ってる。誰もが喜ぶはずだ」
「ユーラシア君、『ホワイトベーシック』を五〇枚調達して欲しいが」
「納期があたしじゃちょっとわかんない。パワーカード職人の手が一杯だから急には難しいんじゃないかな。一ヶ月あれば大丈夫だと思う」
「では納期一ヶ月以内で。いくらだい?」
「船を使わずあたしが直接施政館に届けるよ。ならば一枚一五〇〇ゴールドだね」
「五〇枚で七万五〇〇〇ゴールドだな? 代金引換だが一〇万ゴールド支払おう」
「ありがとう! 毎度ありー」
やったぜ、ドーラが潤う。
いいことだ。
「トサ君、タルガで変わったことはあるかい?」
「半月くらい前から、ギル=ゴールドの為替レートの変動が大きいって商人どもがぼやいてやしたぜ」
「ほう?」
「ちょうどその頃、タルガに来る貿易商が一時的に減りやした。今はどっちも元に戻ってますがね」
「クーデターのせいだと思う」
「クーデター?」
「サラセニアで大公が亡くなって、直後にクーデターがあったの」
トサ様は為替や商人の数を気にする人だったのか。
思ったより視野の広い人みたいだから、もうちょっと情報流しとこ。
「最近内海でアンヘルモーセンの動きが活発だって話は、トサ様聞いたぜ?」
「アンヘルモーセンは貿易を独占したがるから、帝国やタルガにとっては面白くないじゃん? アンヘルモーセンに対抗するために、帝国とガリアが手を組んだんだ。アンヘルモーセンを通さない直接交易を始めた」
「おお、知ってる知ってる」
「一方でサラセニアのクーデターも、大公殿下の死をきっかけに親アンヘルモーセン派の大公弟一派が起こしたものだったんだ。ただ親アンヘルモーセン派は数が少なくてさ。ガリアの後押しで大公の子が立ってクーデターは終息。重臣国民万々歳」
「状況がよくわかったぜ」
感心するトサ様。
「タルガに影響はねえんだな?」
「他に事件が起きなきゃ、これ以上直接の影響はないだろうなー。今日はそれに関連してさ。テテュス内海情勢が落ち着きそうだから、駐在してるツェーザル中将に帝都へ帰っていいよっていう辞令を出しに来たんだよ」
「ああ、なるほど。今から総督府に行くんだな。え? 中将クラスの軍人の配置を動かすなんてこと、トサ様に言っちゃっていいのかよ?」
「トサ様は帝国政府の依頼で働いてくれてるじゃん。少々のことは知っててよ。仕事に関わるかもしれないんだから。トサ様だって、他人に言っていいことと悪いことくらいの区別はつくでしょ?」
「当たり前じゃねえか」
「やらかしたって思われれば、もう今後トサ様は帝国政府から頼られることはない。でなければトサ様はタルガの市井の大物として重用されて、御褒美もらえちゃうわけよ。どっちがいいか、よーく考えてください」
「お、おう」
「じゃーねー」
「バイバイぬ!」
タルガ総督府へゴー。
お父ちゃん閣下とウルリヒさんは似たとこ多いわ。




