第1901話:おいこらバレるわ!
フイィィーンシュパパパッ。
「こんにちはー」
「こんにちはぬ!」
「やあ、精霊使い君いらっしゃい」
皇宮殿にやって来た。
今日もまたダンスの練習だ。
サボリ土魔法使い近衛兵がニコニコしている。
この様子だと特に事件はないようだ。
つまらん。
「君はぎっくり腰のエキスパートらしいじゃないか」
「え? 何それ。あたしってそんな扱いなの? 美少女ぎっくり腰エキスパートか。二つ名としてどーだろ?」
「ぎっくりしちゃうぬ!」
アハハ、何だぎっくりしちゃうって。
ヴィルはいい子だね。
ぎゅっとしたろ。
「あんまり鮮やかな治療だったから、ドミティウス様が驚いてたって話じゃないか」
「実際に『ヒール』を撃ってお父ちゃん閣下を治したのはルーネだけどね」
「そうなのかい?」
「閣下もルーネに癒されたいと思うから、サービスしてやった」
アハハと笑い合う。
細かい気遣いを見せる聖女なあたし。
「体組織の損傷に回復魔法は効くんだってば。これは誰がやっても同じ」
「でも魔法医の治療って当てにならないんだろう?」
「悪い部分ってピンポイントなんだよね。身体の表面から見た位置も深さも。正確に患部に魔法撃ち込まないと治んない。ただ白魔法使えるだけの人が魔法医を名乗ったって、信頼されないと思う。たまたま魔法の当たりどころが良ければ治るけど、ダメなことも多いだろうから」
「精霊使い君の話を聞くと、魔法医が当てにならない理由がわかるな」
「でしょ?」
「結局今の魔法医療はダメなんじゃないか」
「まあ」
効くこともあるから、ダメと言い切るのはどうなんだろ?
いずれ魔法医も改革が進むんじゃないの?
ルーネはカンがいいから、何度か治療するとコツがわかってくるかもしれない。
「ダンスがどうのと聞いたが」
「ダンスだねえ。今度の舞踏会でさ。お父ちゃん閣下がルーネとずっと踊るのは体力的に厳しいから、最初のゆっくりしたダンスだけ踊ってあたしにバトンパスってこと」
「えっ、君が男性パートを? ルーネロッテ様の練習相手ってだけじゃなくて、本番も参加するのか?」
「うん。男性パートを踊るにはこの可憐な顔が邪魔だから、仮面被って踊れって」
「正体を隠した謎の踊り手か。グッとくるな」
「そお? これ一応内緒ね」
「了解だ」
何がグッとくるんだろ?
このサボリ土魔法使い近衛兵もツボがどこにあるんだかわからんな。
さてと、近衛兵詰め所に到着だ。
「こんにちはー」
「こんにちはぬ!」
「ユーラシアさん!」
もうルーネは剣術道場から帰ってたか。
ヴィルとともにぎゅっとしてやる。
「ついでにウルリヒさんもいるんだ?」
「うむ。炙り肉が大変美味いことを知ったからな」
「おおう、大正義の理由キタ!」
皆大好きコブタ肉の炙り焼き。
近衛兵にお土産のお肉を渡す。
ん? ルーネどうした?
「ユーラシアさんにお願いがあるのです?」
「何だろ?」
「ランプレヒト様が、他の道場生とともに私の魔物退治訓練に参加させてくれと」
「ははあ、なるほど」
ランプレヒトさんは元騎士団長だ。
魔物退治の訓練が身になることもレベルの大切さも骨身に染みているに違いない。
ニライちゃんやベン君に、魔物退治の雰囲気だけでも経験させたいということか。
ルーネの魔物退治訓練は、強い魔物のいるところに行く気はなかったから……。
「特に断る理由はないな。参加メンバーはルーネとランプレヒトさんの他、ニライちゃんノルトマンさんベン君でいいかな?」
「はい」
「人数は問題ないな。ニライちゃんとベン君のレベルは上がるだろ。そんだけでも収穫ありだわ」
「面白そうだ。俺も連れていってくれないか?」
「いいよ。明後日どうだろ?」
頷く二人。
結構大所帯になるな。
ちっちゃい子がいるから、目を離さないように気をつけないと。
「じゃ、明後日の朝、ランプレヒトさん家に集まっててね」
「はい」「わかった」
「これってお父ちゃん閣下の承諾はもらってないんだよね?」
「まだです」
「あとで施政館に行くから、その時報告すればいいか」
「いえ、お父様はダンスの練習を見る気ですから、ホールにいると思いますよ」
「のんびりしてるなあ。施政館参与って実にいい勤め先だね」
「ユーラシア君だって施政館参与じゃないか。ところでダンスの練習というのは?」
ウルリヒさんはまだ聞いてなかったか。
「今度の舞踏会で、ルーネのデビューじゃん? 喜ばしいことに」
「うむ」
「当然お父ちゃん閣下は張り切っちゃうわけだ。どこの令息の手もルーネには触れさせん、全て予が踊るのだーって」
「目に見えるようだな」
「でも残念ながら閣下の野望は、鈍った身体が許さないの。昨日ぎっくり腰になっちゃってた」
「いい気味だ。ドミティウスめ、いつも椅子にばかり座っているからだ」
マジ笑いじゃないか。
仲がいいなあ。
「ぎっくり腰は治したんだけどさ。キレッキレのルーネのダンスに閣下はついて来られないわけで」
「数日の練習で体力なんかつかないじゃないか」
「最初のスローワルツだけはルーネのお相手を閣下が務めて、残りはあたしがルーネのパートナーになったのでした!」
「えっ?」
目が点になるウルリヒさん。
ちょっと面白い。
「……なるほど、運動神経抜群のユーラシア君なら、ダンスに馴染みがなくてもすぐ覚える。体形から女性とはバレない」
「おいこらバレるわ! ちゃんとおっぱいあるわ!」
「少しだぬ!」
ルーネが笑ってるけど、最近こういうのを必ず拾うヴィル。
エンタメというものをよく理解しているね。
「恐れ入った奇策ではないか。ドミティウスにしてはやる」
「恐れ入ったっていう評価なのな? まーでもダンスが楽しいってのは昨日初めて知ったことだよ。ルーネも喜んでるからいいかと思ってさ」
「私もユーラシアさんと踊れるのは嬉しいです! でもユーラシアさんのダンスはすごいですから、私も三曲踊るので精一杯だと思います」
「ほう、そんなにすごいのか?」
「他所の令息がルーネに手出しできないよう、すごいやつを見せつけて圧倒しろっていう閣下の注文なんだよね」
「俺も見てみたいな」
「今から練習だから、ウルリヒさんも見ていけばいいよ。『遊歩』っていう飛べるパワーカードがあってさ。それを使うともっと見た目派手にできるんじゃないかと思うんだ」
ともかくホールへゴー。
すごいやつを見せつけろ、か。
まああたしも派手なことは好きだから構わんけれども。




