第1874話:地図の端と端
「サイナスさん、こんばんはー」
『ああ、こんばんは』
魔王島での夕食後、毎晩恒例のヴィル通信だ。
『緑の民の職人が、スキルスクロール生産を全面的に請け負ってくれることになったよ』
「ほんと? よかった。スクロール生産も心配ないな」
『アレクとエメリッヒ氏が説得してくれた。『アトラスの冒険者』廃止についてはおくびにも出さずにな』
「助かるなー。あたしが褒めてしんぜようって言ってたと伝えといてよ」
『ハハッ、わかった』
これで基本的なスキルスクロール生産は全てカラーズで行える。
新『アトラスの冒険者』のギルドに納める分は、緑の民エルマに担当してもらえばいいな。
生産を一ヶ所に集約すると欲張って値上げしたくなることもあるけど、緑の民の倫理観は高いから当面平気と思いたい。
将来的には国の資本を入れて国営事業にするのが望ましいかもな。
『君今日は帝国に行ったのかい?』
「行ったは行ったけど、明日のお葬式と即位式に出席するリリーを送っただけだよ。街中の様子はわかんない」
近衛兵が何も言ってなかったから、どうってことないはず。
『明日は?』
「帝都には多分行かない。あたしのお仕事は施政館が平常運転になる明後日からだな」
『呆れるほどドライだな』
式典みたいなの自体にはあまり興味がないとゆーか。
トラブルの気配があれば行きたいけど。
『やっぱりトラブルメーカーじゃないか』
「メーカーではないわ。とゆーか心を読むな」
『新しいクエストは? 『傭兵』だったか?』
「やっぱり外国だった。モイワチャッカってとこ。今まで行ったとこだと、ウルリヒさんの公爵領に比較的近いかな。公爵領から海渡って南東あたり」
『『傭兵』って響きが不穏じゃないか』
「だよねえ。隣国のピラウチって国と三〇年も戦争やってるんだって」
『三〇年?』
驚くわなあ。
『どうなってるんだ? 国が荒れ放題だろう?』
「荒地に見えたけど、戦争とは別の理由だな。雨季と乾季が極端で、今乾季だから植物が少ないみたいだね」
『ふうん。国情としては? 何故戦争をしてるんだ?』
「モイワチャッカとピラウチは元々同じ民族だって。モイワチャッカが共和制、ピラウチが王制っていう違いがあって争ってるみたい」
『三〇年も戦争ではなあ。国もボロボロだろう』
と、思うだろうけど。
「和平の条件が整わないから、ズルズルいっちゃって終戦できないって印象を受けたな。実際に激しい戦闘状態にあるわけじゃないの。双方武器弾薬なんか買うお金がないと思う」
『ひどいな』
「だから戦争なんか嫌いだ。どーして好き好んでビンボーになろうとするんだか。頭悪いとしか思えん」
『ユーラシアがどっちかに肩入れして、戦争を終わらせろってクエストなのかい?』
あたしも初めそう思ったけど。
「いや、何かものを運ぶの手伝ってくれっていう、依頼を請けたよ。相手は傭兵の隊長さんなんだけどさ」
『運搬の護衛ということか。冒険者が請ける依頼らしいとは思うが、運ぶものは何だ?』
「ハッキリとは教えてもらえなかった。売れるようなものじゃないが、神聖視する人もいる、とゆーヒントだけ。あたしのカンだけど、きな臭いものではないんじゃないかな。サイナスさんどう思う?」
『ふうん、どれくらいの大きさなんだ?』
「あ、まだわかんない。明日から四、五日かけて運ぶって」
『君の言うことだけから判断すると、部族の祭祀に使う儀式的なものに思えるが……』
「サイナスさんもそう思うか。じゃあたしらじゃ価値がわからんものなのかもね」
『うむ』
何を運ぶかについては気にしてもしょうがないようだ。
「もう一つ。魔王島のクエストもらって行ってきた」
『ほう。魔王とトラブルか』
「何で嬉しそうなの。魔王とトラブルになったらえらいことだわ」
わざわざフラグを立てようとするのはどんな了見だ。
「クエストをもらったってのは正確じゃないな。ギルドの依頼受付所に魔王の連絡係の悪魔が来てて、魔王島に漂着民がいるから何とかしてくれっていう」
『ほう、漂着民?』
「魔王島よりもっとずっと西の弧海州ってとこから来たんだって。地図で言うと西の端っこの辺り。さっきのモイワチャッカとピラウチは地図の東端に近いから、あたし放熱海より北側は大雑把に関与したっぽい。気分がいいねえ」
『ユーラシアは知ってたか? 地図の東端と西端は、実際にはループしているんだぞ』
「そーなの?」
じゃあモイワチャッカやピラウチからさらに南東へ行くと、地図上では西の果ての弧海州へ行き着くのか。
世界って面白いなあ。
『弧海州から魔王島って、かなりの距離があるんだろう? 海難事故で漂流してたのかい?』
「違うの。漂着民は弧海州の中の聖グラントって国の人達なんだけど、税金が高いから逃げ出してきたんだって。弧海州はひどいとこみたいでさ。どの国もやたらと税金高いみたい。帝国の植民地もあって、他の弧海州諸国に比べりゃ税率が低いんだそーな。だから人が集まっちゃってスラムみたいになってるって」
『末期だな。海に飛び出した意味もわかる』
「ほんとそれ。帝国の植民地なんかあたしの感覚から言うと税率低いわけないのに、人が殺到するってどゆこと?」
どんだけ弧海州ヤバいんだ。
どーして逃げ出す人がいるほど税金高くて暴動が起きないんだろ?
まことにもって謎。
『どうするんだ。ドーラに連れてくるのか?』
「いや、魔王と悪魔を崇拝しなさい。そうすれば税金のない天国みたいなところだってことで、魔王島に住みつくことになった」
『君の都合か』
「わかる? 魔王島いいところだから開発したいっていう気持ちもあるんだよね。どうにもなんなきゃドーラにおいでとは言ったけど、ドーラって帝国人の移民が作った国じゃん? 風習の違うところへ飛び込むのは不安だってニュアンスのことは、漂着民の頭の人が言ってた」
『ああ、風習の違いで馴染めないということはあるか』
あんまり異質な人達が来るといらん軋轢があるかもしれない。
治安維持に不安のあるドーラは、なるべく帝国からの移民を優先した方がいいな。
「今日そんなとこ。サイナスさん、おやすみなさい」
『ああ、御苦労だったね。おやすみ』
「ヴィル、ありがとう。通常任務に戻ってね」
『はいだぬ!』
明日はモイワチャッカで荷運び。
いずれ魔王島の国って規模になるのかなあ。
実にユニーク。