第1818話:『恫喝』
「こんにちはー」
「こんにちはぬ!」
「ユーラシア殿、いらっしゃいませ。どうぞ」
エーレンベルク伯爵家邸に着いたら、すぐ裏庭に通された。
もう訓練が始まっているんだろう。
うん、やってるやってる。
木剣振ってるね。
「おお、ユーラシア君。来たか」
「ランプレヒトさん、こんにちはー」
「ユーラシア!」
ニライちゃんヴィルルーネが飛びついてくる。
ハハッ、いつものやつだ。
「実にいい! そちらが鑑定士殿か?」
「うん。ドーラ一の鑑定士マルーさん。こっちの女の子は知ってたかな? 主席執政官ドミティウス閣下の娘のルーネロッテだよ」
「ほう、ドミティウス殿の娘御であったか。よろしくな」
ニコニコのランプレヒトさん。
遠慮のない目でジロジロとルーネを眺め回す。
「……ふむ、実にいいではないか。ルーネロッテ嬢、木剣を持って構えてみんか?」
「はい、よろしくお願いします!」
嬉々として木剣を構えるルーネ。
「ルーネの構えはすげえ決まってるんだよなあ。格好いい」
「そ、そうですか?」
「振りかぶって撃ち込む型を見せてくれ」
「はい!」
ブンブン木剣を振るルーネ。
うむ、ムダがなくて美しいなあ。
ランプレヒトさんも感心してるがな。
「実にいいな。師は誰なのだ?」
「お恥ずかしいです。本格的に剣術を習ったことはなくて、小さい頃にお父様から型を少し教わっただけなのです」
「「えっ?」」
マジかよ?
考えてみりゃあのお父ちゃん閣下が、溺愛する娘に剣術の稽古なんかやらせるわけないか。
独学でここまで上達できるんだな。
ルーネはやるなあ。
「ドミティウス殿が剣術の達人とは、ついぞ聞いたことがないな」
「皇子だからちょっとは剣術も習ってはいるんだろうけどねえ。あたししょっちゅう閣下に会ってるけど、身体能力や武術が特に優れてるなんて思ったことないよ」
「もしルーネロッテ嬢がドミティウス殿と立ち合ったなら、ルーネロッテ嬢の勝ちであろう?」
「百本勝負で百本ルーネの勝ちだろうね」
ルーネに実力がある上に、お父ちゃん閣下は愛する娘に撃ち込むなんてことできやしないから。
「素晴らしい天稟ではないか! 我が道場は広く門戸を開いておる。習いに来んか?」
「ぜひ教わりたいです! でも……」
「何か問題が?」
「うーん、お父ちゃん閣下はルーネに護衛つけてないの。だからあたしがいない時は皇宮から出られないんだよね」
「ああ、ドミティウス殿が娘を大層大事にしているという話は聞いたことがある。専属の護衛もおらぬのか。不自由であろうに」
「おまけに娘に危ないことさせたくないから、剣術道場なんて絶対許可が出ないな」
「優れた才であるのに、もったいないことだ」
シュンとするルーネ。
何とかしてやりたいが、相手はお父ちゃん閣下だ。
剣術稽古や護衛を認めさせるのはかなりの難題だな。
「ま、ルーネのことはともかく、今日の目的の方片付けようか。固有能力調べよう。ニライちゃん、こっち来てくれる?」
「うむ!」
「お願いしまーす」
まずニライちゃんからだ。
おそらく地味に働く系の能力だと思う。
マルーさんがおもむろに言う。
「『自然抵抗』だね」
「あたしとお揃いだ。沈黙・麻痺・睡眠の三つの状態異常にある程度の耐性があるってやつだよ。よかったね」
「ありがとうぞなもし!」
例えば『ララバイ』持ちや眠り草で、いきなり眠らされて誘拐なんてケースはまずないわけだ。
マルーさんにとってはあんまり面白くないのかもしれないが、貴族の令嬢にとっては割とありがたい固有能力だと思う。
悪くない。
ノルトマンさんにも説明しときたいが?
「あれ? 今日ノルトマンさんは?」
「ようがあるといっていたぞなもし。ひるにむかえにくると」
「そーかー。まあいいや。次、ベン君ね」
「はい、お願いします!」
ベン君いい顔になったじゃないか。
やる気大事。
ベン君は冒険者向きの能力なんじゃないかな。
「『頑強』だね。防御力と魔法防御が高い。レベルが上がればスキルも覚える」
「ほう? 戦士向きの能力ではないか。実にいい」
「冒険者としては前衛向きの固有能力だね。言ったっけ? フィフィんとこのパーティーの下男の子が『頑強』持ちなんだよ」
「我がエーレンベルク家に縁があるのかもしれんな」
満足げなランプレヒトさんとベン君。
「さて、今朝のメインディッシュだけれども。ランプレヒトさんの固有能力はいかに?」
心の中でドラムロール!
二度三度頷くマルーさん。
「……確かに珍しい。『恫喝』だね」
「名前がひどい。どんなやつ?」
「名君の資質とも暴君の悪徳とも言われているものだよ」
相手に幾分かの要求を呑ませることができる。
もしくは妥協を引き出しやすいという、一種のカリスマ的能力らしい。
『威厳』に似ているが、レベルに関係なく効くところがよりずうずうしい固有能力だな。
「貴重な固有能力を見せてもらえて、面白いねい」
「ゴリ押しが利くってことか。羨ましいな」
「アンタは『恫喝』なんてものがなくてもゴリ押すから関係ないねい」
「じっちゃんの圧迫感は強いなって気はしてたんだ」
「そうか。無意識ではあったが、ワシの人生で役に立っていたんだな」
「騎士団長だったと聞いたよ。それだけの立場にあったのなら、部下を律するのに大いに貢献していたはずだねい」
「うむ、鑑定士殿、感謝する」
フリードリヒさんやノルトマンさんがビビってた理由がわかった。
性格とか気性に関するものでも、固有能力の発露ってことは多いのかもしれないな。
「あれ? ひょっとしてじっちゃんの『恫喝』があれば、お父ちゃん閣下にルーネの言うことを聞かせられるかもしれない?」
「可能性は高まるねい」
「ユーラシアさん、お願いします!」
ランプレヒトさんが『恫喝』で押して、あたしが落としどころを提案するパターンか。
正攻法だけど、相手はお父ちゃん閣下だからな……。
「難しいな。正面から行ったんじゃ通らない。成功のピースが足りない」
「そうですか……」
「ルーネ、ガッカリすることないぞ? お父ちゃん閣下の心が揺れてる時なら多分イケる。ランプレヒトさん、チャンスが来たら手伝ってもらっていいかな?」
「うむ、優秀な弟子を得るために協力しよう!」
楽しみがどんどん増えるな。
「じゃ、今日は帰るね」
「バイバイぬ!」
伯爵家邸を後にする。
帝国の実質トップだからな。
お父ちゃん閣下には『恫喝』の効果は大きくないと思う。