第1787話:エンターテイナーとして覚醒した?
「サイナスさん、こんばんはー」
『ああ、こんばんは』
夕食後に毎晩恒例のヴィル通信だ。
『塔の村のタッカーって子、知ってるだろう?』
「変わった入りだね。サイナスさんったら、エンターテイナーとしてうっかり覚醒しちゃった?」
『してない。何だ、うっかり覚醒って』
「物事案外思った通りに進まないもんなんだよ。エンターテイナーとして一花咲かせたいと考えてるのに足踏みしている人もいれば、サイナスさんのようにうっかり覚醒しちゃう人もいる」
『してないってば』
アハハ、わかっていても追撃してしまう。
「タッカー君ならもちろん知ってるよ」
『どんな子だ?』
「サイナスさんがどこまでタッカー君について知ってるかを、あたしに当てさせるクイズかな?」
『セリフがエンタメ寄りだなあ』
今日のサイナスさんの入りが珍しかったから、エンターテインメント精神が刺激されちゃったのかもしれないな。
いや、あたしはいつでもエンタメ精神旺盛だったわ。
「タッカー君のことは多分アレク達から聞いたんだろうから、コルム兄の弟子のパワーカード職人だってことは知ってるよね?」
『ああ』
「カトマス出身で、『飛影』の固有能力持ち。元々は冒険者活動を志して三人で塔の村に行ったんだ。結局三人パーティーの冒険者としては挫折して、二人は帰郷しちゃった。けどタッカー君はパワーカードに興味を持って、職人見習いとして塔の村に残ったの。コルム兄が期待してたから器用な子だと思うよ」
『ふんふん』
「年齢はアレクケスの一つ上、あたしの一つ下だよ。少しずつ冒険者活動もしててさ。アレク達と一緒に塔のダンジョン潜ったこともある。あたしの知ってるのはそんなとこ」
で、タッカー君がどうした?
職人を挫折したとゆー話じゃ困るんだが。
『コルムに課題をもらったらしいんだ』
「課題?」
『一つ定番として売れるような新しいパワーカードを考えろ、とさ』
「ははあ。とゆーことはアレク達が相談されて、さらにあたしに相談をってことだね?」
『ああ。何かアイデアはないかい? エンターテインメントは優先しなくていいからな』
「どーして先回りしちゃうの」
定番カードのアイデアか。
ないこともないんだが。
「強烈なダメージを取れるスキルが付属したカードは需要があると思う。例えば売ってるスキルで一番高価なのが『流突六連』っていうやつなんだけどさ。『流突六連』のスキルスクロールってメッチャ高くて一〇万ゴールド以上するの。ところがパワーカードだとコモンの素材だけで作れるって話だったから、多分一五〇〇ゴールドで販売できるんだよね」
『いきなり有用な意見だね』
「エンタメがシャットアウトされちゃったからなー」
『エンタメありで有用なカードもあるのかい?』
あるある。
「昔のカードで今製法が伝わってないものを復活できればいいね」
『例えば?』
経験値五割増しの『ポンコツトーイ』はタッカー君も知ってるだろうから。
「『ド素人』ってやつがあるよ。一人装備してるとパーティー全員のレベルを一にするっていう効果なの」
『何だそれ? ユーラシアの好きそうなカードであることはわかる。何の役に立つのかはサッパリ』
「レベルは一なんだけど、その他のステータスが下がるわけじゃないんだ。一方でこっちのレベルを見て逃げる逃げないを決めてる魔物がいて、逃げる確率がグンと減るの。具体的には魔宝玉をドロップする人形系レア魔物が逃げづらくなるから、ひっじょーに儲かる」
『ことごとく儲けを優先するなあ』
優先してるのは儲けじゃなくて効率だけどね。
「必要な装備の効果は場面場面で違うんだよね。塔のダンジョンで必要なカードは向こうの冒険者に聞くのがいいと思うよ」
『君の意見は伝えておくよ』
そーしてください。
「で、あたしのターンだけど」
『うん、面白話を聞こう』
「期待されても困るな。あんまり大した話ではないんだ」
『振りかぶらないね。逆に期待できる』
何故だ?
サイナスさんの感覚がわからんと不安になるわ。
「帝国のエーレンベルク筆頭伯爵家の当主ランプレヒトさんとゆー人に会ってきた」
『どんな人だい?』
「悪役令嬢フィフィの爺ちゃんだよ。亡くなった先帝陛下より年上らしいけど、メッチャ元気な人」
『ああ、本の販促活動か』
「フィフィの本の紹介目的が半分だね。明日カラーズに行くから、サイナスさんにもフィフィの本あげるよ。宣伝してくれると嬉しいな」
『ありがとう。帝都ではすごく売れてるんだろう?』
「売り切れ瞬殺だって。『ケーニッヒバウム』の店主が焦ってたくらい」
仕掛けがうまいこと利いている。
おそらく『ケーニッヒバウム』でも今後廉価本を重視してくれるだろうから、とてもやりやすくなるな。
「ランプレヒトさんは騎士団長を長年務めてたくらいの、武闘派の人なんだよね。フィフィの父ちゃんであるやらかし男爵のことは、こすっからいやつだって嫌ってる」
『ふむ?』
「でもフィフィはドーラで頑張ってるじゃん? せっかくだから爺ちゃんにも認められて欲しいんだよね。本の宣伝はもちろんなんだけど、フィフィが冒険者活動で稼いでることも教えてあげた」
『ドーラのイメージを良くする印象操作?』
「いや、ドーラのことまでは考えてなかったな。有力者にフィフィが嫌われちゃってると、本の売れ行きに影響出るかなとは思ってたけど」
『うん、当然君はそう考える』
見抜かれている。
あんまり面白くないなあ。
「ランプレヒトさんは割とおもろいじっちゃんだった。武闘派なだけあって、会うなりあたしと模擬剣で手合わせしてくれって言ってきたぞ?」
『結構なお歳なんだろう? 乱暴なことはしなかったろうな?』
「あいうぃーん!」
『おいこら!』
「問題ないとゆーのに。ただ持ち上げただけ。あたし剣は使ったことないじゃん? イマイチ手加減の仕方がわからんから、危なくない勝負にしてるの」
『自分の危険性を理解しているようで何よりだ』
「もちろん自分の可憐性は重々理解しているけれども」
ランプレヒトさんとフィフィは、なるべく劇的な場面で会わせてやりたいな。
「サイナスさん、おやすみなさい」
『ああ、御苦労だったね。おやすみ』
「ヴィル、ありがとう。通常任務に戻ってね」
『了解だぬ!』
明日はどうしよう?
明日カラーズには行くけれども。




