第1786話:本題
フイィィーンシュパパパッ。
「オニオンさん、こんにちはー」
「こんにちはぬ!」
「いらっしゃいませ、ユーラシアさん」
魔境にやって来た。ここの空気好きだなあ。
魔境ガイドオニオンさんがニコニコしながら話しかけてくる。
「クエストは順調のようではないですか」
「そーなの。昨日おっぱいさんにもらった緊急クエストのおかげで、全然動かなかった案件が動き出したように思える」
サラセニアと天使国アンヘルモーセンについてだ。
テテュス内海情勢はドーラに直接関係あるわけじゃない。
けどあたしの目指す、自由に商売できて富み栄える社会の実現に関しては重要な気がしている。
天使国アンヘルモーセンの頭を小突きたい。
とはいえ商業活動を抑えろって意味じゃない。
商道徳の許す範囲内でやってくれってことだ。
「先日の『不思議の泉』のクエストですが、女神様の住居だったとか?」
「そうそう。あたしが『アトラスの冒険者』になる直前の夜の夢に現われた女神様でさ」
「お名前は?」
「聞き慣れないややこしい名前だったな。覚えられなかったわ。おっぱいさんに対抗できるくらいのおっぱいの持ち主だから、あたしはたわわ姫って呼んでる」
「アハハ」
「最初に石板を拾えって言ってたな。今となっては懐かしい。以降もたまに夢に出てきてたんだ。実在してるってことはクエストで知ったけど」
「おかしな縁ですねえ」
考えてみりゃおかしな縁だ。
他の『アトラスの冒険者』の夢の中に登場してるわけではないんだろうし。
たまたまあたしが帝国戦で重要な役どころを任され。
たまたまたわわ姫が一〇〇日くらい日付けを勘違いしてたから。
「イシュトバーンさん家でたわわ姫にごちそーしようって話になってさ。材料のワイバーンの卵を取りに来たのが今日の目的の一つ」
「えっ? 連れてこられるんですか?」
驚くかもな。
「たわわ姫は世界を統括してるけど、直接世界に干渉することは許されてないんだよね。だから自分じゃこっちの世界に来られないとゆー、面倒な神様ルールがあるの。でもあたしが連れてくるのはいいんじゃないかな。禁止はされてないっぽい」
「というか、想定されていないから罰則がない?」
「みたいだね」
「何とまあ」
ま、いいんだ。
たわわ姫とは長い付き合いになりそうだから、たまに御飯に招待するくらい悪くないじゃないか。
「ワイバーンの卵が目的の一つと言っていましたが、他にも目的が?」
「オニオンさん鋭いなー。ゲッケイジュの葉を乾燥させたやつが、煮込み料理の風味付けにいいらしいんだ。ゲッケイジュが魔境に生えてることは知ってたんだけど、直接腹が膨れるもんじゃないから、栽培して増やすことを保留にしてたの。でも今の時期が挿し木にいいっぽいし、実から高級な油が取れるとゆーお勧めポイントがあるみたいなんで、前倒しして広めようかと思って」
「熱心ですねえ」
「魔境は本当にいいところだよ。行ってくる!」
「行ってくるぬ!」
「行ってらっしゃいませ」
ユーラシア隊及びふよふよいい子出撃。
◇
『おう、精霊使いか』
「そうそう、美少女の皮を被った聖女ことあたし」
魔境から帰ったあと、ゲットしたワイバーンの卵をヴィルに持たせ、イシュトバーンさんと連絡を取っている。
『明日たわわ姫をオレん家に招待するでいいんだな?』
「うん。夕方イシュトバーンさん家行くよ。たわわ姫にはそう伝えとくね」
『さて、面白話だが』
「昨日の今日だから、面白い話なんてないぞ? あっ、今日の午前中フィフィの爺ちゃんに会ってきたわ」
『ほう? 聞こうじゃねえか』
「フィフィの本家はエーレンベルク家っていう、数ある伯爵家の中でも筆頭とされてる名家なんだよ。フィフィは当代の次男の子ね」
『その次男が、あんたのエンターテインメントを追求する姿勢の犠牲になって失脚したんだったか?』
「人聞きが悪いなあ。元々素行が悪かったんだってばよ」
あたしの犠牲になったってのも否定はできないんだが。
多分メインの理由じゃないわ。
「当代伯爵が次男を恥晒しと考えてるのは仕方ないんだ。ただフィフィをどう思ってるかが謎じゃん? 探りに行ったとゆーか」
『ハハッ、相変わらず面倒見がいいな。感触が良かったら会わせてやろうとでも思ってるのか?』
「うん。フィフィは慣れないドーラなのに、何だかんだで頑張ってるじゃん? 伯爵はフィフィがドーラに渡ってることも知らなくてさ。冒険者になってることを教えてあげたらビックリしてた。フィフィの本を渡してきたから、売り上げに貢献してくれそう」
『ハハッ、ムダがねえことだな。それで本題だが』
イシュトバーンさんにとって何が本題なんだろ?
昨日の緊急クエストについてかな?
「えーと、本題って何?」
『とぼけるなよ。あんた、たわわ姫に情報絞ってるだろ?』
「おおう、それか。何でわかるんだよ。まったくえっちだな」
『世界に干渉できねえたわわ姫が、こっちの世界の住人に対して情報を絞るのはわかる。だがあんたが警戒するのは何故だ?』
ちょっと説明しづらいんだが。
「神様同士は交流があるんだよ。だから誘導の仕方によっては、たわわ姫からエルの元住んでた世界の話をある程度聞き出すことはできそうなんだ」
『たわわ姫悪気はないんだろうが、緩そうだもんな、色々』
「うん、胸元以外も緩そうだから、こっちの世界の勘所を向こうの世界の神様に知られると不利になりそうな気がする」
『ほう、『アトラスの冒険者』かエルの綱引きで、一騒動あると見てるんだな?』
「まず間違いなくあるねえ」
『楽しみじゃねえか。サラセニアが勘所になるかもしれないと?』
「アンヘルモーセンがサラセニアにちょっかい出してたのは、大公の死を予見してたからだと思うんだ。つまり未来をある程度知ることのできる固有能力持ちがアンヘルモーセンにいる、とあたしは考えてるの」
『!』
「かもしれないってことね。未来とか運命とかって神様の領域なんだ。だから不要な情報はたわわ姫に与えない」
もっとも『アトラスの冒険者』と赤眼族とエル以外の異世界案件がアンヘルモーセンにあるとは、ちょっと考えにくいけどなあ。
『了解だ。じゃあ明日待ってるぜ』
「じゃーねー。ヴィルありがとう。通常任務に戻っててね」
『はいだぬ!』
何がどこで繋がってるかわからないから、用心してるだけ。
多分ないけど、アンヘルモーセンが何らかの手段でたわわ姫から情報を得ていることだって考えられなくはないのだ。




