第1778話:クーデターについて施政館に報告
「御主人!」
「よーし、ヴィルいい子!」
軽く連絡を入れてから、帝都メルエルの施政館に直接転移してきた。
飛びついてきたヴィルをぎゅっとしてやる。
主席執政官閣下とプリンスルキウス、アデラちゃんの顔がやや緊張している。
「どういうことなんだ?」
「『アトラスの冒険者』で、『公子を救え:大至急』ってクエストが出たんだ。行ってみたら現地がサラセニアで、ピンチだった二人の公子を助けたの。ダイジェストでお届けしました」
施政館の報告でエンタメ要素は必要ないから。
「確かなのは一昨日サラセニア大公ボニ何とかさんが亡くなったってこと。今朝未明に騎士団が宮殿に押し入ったってこと。隠し脱出路から逃げ出したスパルタコガリレオ両公子をガリアに送り届けたってことだけだよ」
「両公子の健康に問題はないんだね?」
「ないない。元気も元気」
「大公ボニファツィオ二世殿下の死因は?」
「頭の血管が切れちゃったっていう侍医の見立てみたい。事件性はないって話だよ。あたしもそう思う」
「ユーラシア君が事件性はないと判断した根拠は?」
「暗殺だったら即クーデターでしょ。丸一日以上間を空けて、今日挙兵する意味がない」
「うむ、とすると……」
考え込む閣下。
プリンスが聞いてくる。
「ユーラシア君の憶測が入っても構わない。このクーデターの背景は?」
「サラセニアは親ガリア国家なんだけど、大公の弟と騎士団長と商業ギルド長は親アンヘルモーセンなんだそーな。ここまでは確かなことね? で、ガリアの王様とスパルタコちゃんが言うには、騎士団長は臆病者で一人で事件起こすような人じゃないんだって。大公の弟と繋がってるだろうって」
「……つまり大公弟ヒラルスを君主にした、親アンヘルモーセン国家の樹立を目論んでいるのか。サラセニア国民にとっては親ガリアだろうが親アンヘルモーセンだろうが、どちらでも大した影響はないのかもしれないが……」
内海への出口が狭まるガリアは怒っちゃう。
テテュス内海でのアンヘルモーセンの影響力増大は、帝国にとっても業腹だ。
「大分推測が入ってるからわかんないよ? 現場は本当に限定されてたし。クーデターがどれくらいの規模なのかとかどういう影響が出るかってのは、三日後ガリアの王様とサラセニアの首都ウトゥリク行って、街中を見ての判断だね」
「ピエルマルコ王と? 危なくないか?」
「サラセニアの陸上の治安維持組織は騎士団だけなんだそーな。逆らうやつがいないから、早期に戒厳令は解除されるだろうってことみたい」
「ただ公子を連れて逃げてきただけなのかい? 何かしただろう?」
「プリンスはあたしのことをよく知ってるなー。脱出路の出口のところに八人騎士団員が配置されてたんだ。それとっ捕まえて、妾は精霊の巫女なり。公子スパルタコと公子ガリレオはガリア王ピエルマルコの元に送り届ける。サラセニアの未来は正統なる大公とともにあると予言するって吹いてきた」
「後継者たるべき公子が生きていることは、風説以上の根拠を持って伝わるということか。ならば大公弟ヒラルスの即位の支持は微妙になるかもしれない?」
「だといいな」
緘口令は出ると思う。
でも騎士団の間では、スパルタコちゃんとガリレオちゃんの生存は確かなものとして伝わるはず。
全体の状況はわからんけど、騎士団を動揺させとけばとりあえず成功と言っていいだろ。
アデラちゃんが首をかしげる。
「精霊の巫女とは何です?」
「世を忍ぶ仮の姿だよ。ドーラの美少女精霊使いユーラシアだとは名乗れないじゃん? ドーラの商売に影響出るかもしれないし、ユーラシアが帝国政権の一員だって知れたら、帝国の出方だって限定されちゃうから」
「揚げ足取られそうな状況に陥るかもしれないのを、すぐに計算できるんだなあ。しかし精霊達も連れていったんだろう? いずれバレてしまうのは仕方ない?」
「仕方ないなー。ドーラや帝国の意を酌んで動いてるんじゃないぞ、っていう意図が伝わればいいんだ。どうにでも言い訳できるから」
全員が頷く。
こういう国際間の駆け引き面白いな。
細か過ぎる配慮だったかもしれないが。
閣下が言う。
「早期に事態を収束させたいなら、軍艦も派遣できるが?」
「今んとこ必要ないな。サラセニアのクーデターが成功しようが失敗しようが、国民や商人さん達はそう困らないと思うからさ。軍動かすと却って帝国が偏見で見られちゃう。ガリアとサラセニアだけで収まんなくなって、周辺にも波及しそうになったら初めて考えてよ」
「わかった。ピエルマルコ王は何か言っていたかい?」
「内海貿易はこのまま続けたいからよろしくって」
「ほう、クーデターの処理に自信があるんだな」
自信かな?
まだ見えてないことも多いけどな。
サラセニアの事件にガリア以外の国が手を出すなっていう意味かも。
「ユーラシア君、サエラックと通信繋いでくれるか」
「ヴィル、タルガのサエラック総督と連絡取ってくれる?」
「わかったぬ! 行ってくるぬ!」
掻き消えるヴィル。
閣下が言う。
「新しい在ドーラ大使ホルガーは、今日タムポートを出発したはずだ」
「ほんと? 教えてくれてありがとう!」
先帝陛下の死でちょっと遅れたけど問題はないな。
あとで行政府に伝えとこ。
『御主人! サエラックだぬ!』
『毎度おおきに。ユーラシアはんでんな?』
「そうそう。清く正しく美しいあたし。今施政館にいるの。主席執政官閣下に代わるね」
「ドミティウスだ。ユーラシア君の報告によると、一昨日サラセニア大公ボニファツィオ二世が逝去、本日親アンヘルモーセンと思われる騎士団一派のクーデターが発生したとのこと」
『……親アンヘルモーセン派でっか。厄介でんな』
「公子二人はユーラシア君が助けて、ガリアのピエルマルコ王の元に送った。わかっているのはそこまでだ」
『今のところ、ガリアとサラセニアだけの問題ということでんな?』
「ああ。この状況が続く限り、我が帝国が積極的なアクションを起こすことはない。サラセニアとの直接交易はそのまま続行、情報収集に努めてくれ。以上だ」
『了解です。ほな、おおきに』
「ヴィルありがとう。通常任務に戻ってね」
『わかったぬ!』
よーし、オーケー。
「じゃ、あたし帰るね」
転移の玉を起動して帰宅する。
大公ボニ何とかさんが亡くなることを、アンヘルモーセンがあらかじめ知ってたとする。
ならばアンヘルモーセンがサラセニアに拘ったこともわかるが?