第1764話:温泉ドラゴン
「こんにちはー」
「こんにちはぬ!」
「ユーラシアさんではないですか。それにイシュトバーン翁も。いらっしゃいませ」
店主ヘリオスさんが店先に出ていた。
ラッキー。
「フィフィの本、帝国での販売が始まったんだ。売れ行き好調みたいだよ」
「実にありがたいですな」
「オレの描いた表紙のおかげだろ?」
「そーなんだよ。聖女キャロも本屋で見かけて表紙買いしたみたい」
まだどの程度の売れ行きかってことまではわかんないけどな。
画集の方が絶好調だから、同じ絵師の書いた表紙はやっぱり目立つんだろう。
売り上げに貢献していることは間違いない。
「もうちょっと販促用にバラ撒きたいんだけど、一〇冊買っていっていいかな?」
「もちろんです。よろしくお願いします」
「用がもう一つ。ちょっと興味深いものを手に入れたからあげる」
「ちょっと興味深いもの、ですか?」
「うん。『輝かしき勇者の冒険』っていう帝国でよく読まれている本を、ドーラで出版してもいいですよっていう権利書」
「えっ?」
ヘリオスさんに『輝かしき勇者の冒険』の実物と権利書を渡す。
あれ、かなり驚いてるな。
さすが紙や本を扱うだけあって、『輝かしき勇者の冒険』を知ってるらしい。
イシュトバーンさんが言う。
「おい、この本修行の足りねえ勇者の話だろ?」
「そうそう、ドラゴンごときで苦戦しちゃう勇者の話」
「あんたこの本嫌ってなかったか?」
「まあ。この本のせいで帝国人がドラゴンを異常に悪くて強い魔物だと、勘違いしてるってことはあるね。あたしもドラゴンがたくさんいるドーラの印象が悪くなっちゃうんじゃないかと、心配してたんだけどさ。逆にドーラや冒険者に興味を持ってくれる人もいるじゃん? ちょっと考え方を変えたんだ」
ドラゴンが有名なら、売り物にできるかもしれないしな。
「残念ながらドーラで販売できるだけで、輸出はできない取り決めらしいんだけど。でもドーラで安い本の数を増やす助けにはなるかなーと思って」
「……どうやってこれを手に入れたんです?」
「最近帝国の双子の皇子の立場を良くしろってイベントがあったんだ。その報酬としてもらったの」
感慨深げなヘリオスさん。
『輝かしき勇者の冒険』に思い入れがあるのかな?
「『輝かしき勇者の冒険』をドーラに普及させることは、私の長年の夢だったのです」
「そーなの?」
「ええ。帝国だけではなく、世界中で読まれる大ヒット作ですからな。帝国人と話す時の話題の一つとしても使えます。非常に有用な書です」
話のタネになるから有用と言われるとなるほどだな。
ドラゴンの本場のドーラ人が『輝かしき勇者の冒険』の内容を知りませんってのは、片手落ちみたいな気がしてきた。
「世界中で読まれてるのに、ドーラにはなかったんだ?」
「ドーラで出版したいのは山々でしたが、私も帝国商人との伝手はありませんし。かといって輸入すれば販売価格が二〇〇〇ゴールド近くなってしまいますしね。どうにもうまい方法がなく。まさか今頃こうしたものが手に入るとは……」
「喜んでもらえて嬉しいよ」
「お礼はどうすればよろしいでしょうか?」
「いらないよ。こういうものはヘリオスさんが一番うまく使ってくれそうだから」
「いや、あまりにも……」
「ヘリオス、もらっておけよ。精霊使いは気前がいいんだぜ」
「では、ありがたくちょうだいいたします。『フィフィのドーラ西域紀行珍道中』一〇冊分はもちろんタダにさせていただきますので、せめて今日のお返しとさせてください」
「ヘリオスさん、ありがとう!」
さて、用は終わりだ。
へっぽこ勇者本でヘリオスさんがうまいこと儲けてくれるだろ。
「ヘリオスさん、またねー」
「バイバイぬ!」
ヘリオスさんの紙屋を後にし、セレシアさんの服屋へ。新聞記者ズが聞いてくる。
「あの『輝かしき勇者の冒険』という本は何なのですか?」
「帝国ですげえ売れてる本なんだよね。子供が字を覚えたら当たり前みたいに読む本っていうポジションにあるの。ノアも知ってるよね?」
イシュトバーンさんのお付きであるノアに話を振る。
ノアは元帝国人だから。
「ああ。俺と妹は孤児だったが、それでも字を教わったあとに渡されたのは『輝かしき勇者の冒険』だったな。何度読み返したかわからないくらいだ」
「どういった内容の本なのですか?」
「悪竜に苦しめられた王国を勇者が救い、姫と結ばれるという物語だ」
「でもあたしあの本好きじゃなくて」
「何故です? 子供向けとしてわかりやすい勧善懲悪だと思いますが」
子供向きと割り切ればいいんだろうが。
「内容に現実味がないんだよね。ドラゴンがすんごい凶悪に書かれてるんだ。でも実際はドラゴンなんてただ『逆鱗』落とすだけの魔物じゃん?」
「あんたにとっちゃそうかもしれねえな。この本が売れるくらいなら、『精霊使いユーラシアのサーガ』は大ベストセラーになるとか言ってなかったか?」
「言ってた。『精霊使いユーラシアのサーガ』を出版して『輝かしき勇者の冒険』を駆逐してやろうと考えてた」
「「「ええ?」」」
新聞記者ズとノアが不満顔だけど、あたしは大マジだったぞ?
「いたいけな子供に読ませるからかもしれんけど、どーも大人になってからも影響力が大きいんだよね」
「だから気に食わねえのか」
「うーん。ドラゴンの多いドーラが怖いところだと誤解されなきゃ、勘弁してやってもいいかなと思ってる」
「注釈本がどうこう言ってたじゃねえか」
「面白いと思わない? メッチャ売れてる本なら、現役冒険者の注釈をつけたらコアなファンに喜ばれるんじゃないかと思って。リリーがドラゴン倒したら書いてもらおうかとも考えてる」
「皇女殿下じゃ表現が感覚的になっちまうんじゃねえか?」
「何となくだけど、擬音が多くなりそうな気がするね。じゃあリリー監修でフィフィに書いてもらったほうがいいか」
「表紙はオレが描こう。また温泉行こうぜ」
「『輝かしき勇者の冒険』と温泉と何の関係があるんだよ。まったくえっちなんだから」
「売れるか売れないかの方が重要だろ。注釈本のタイトルは『温泉ドラゴン』にすればいいぜ」
「あれえ? 売れる気がしてきたぞ?」
「売れる気がするぬ!」
アハハと笑い合っている内に、セレシアさんの服屋にとうちゃーく。
いや、『温泉ドラゴン』のタイトルで、どう『輝かしき勇者の冒険』の注釈書だと思えるんだよ?




