第1738話:山分けという言葉は大好き
フイィィーンシュパパパッ。
昼御飯を食べに海の王国にやって来た。
今日はうちの子達以外に、ゲストとしてアビーとエメリッヒさんを連れている。
「ヴィル、アビー、用意はいいかな?」
「いいぬよ?」「万全です」
「よし、いっちゃってください!」
「ファストシールドぬ!」
「グオングオングオングオングオングオーン!」
アビーが銅鑼を叩きたがったので、今日は任せたのだ。
ハハッ、アビーがやり切った顔しとるわ。
あれ、エメリッヒさんが顔を顰めている。
「何だこりゃ? ひでえ音だな」
「そお? これ『破魔の銅鑼』っていうんだ。悪魔が嫌がる音が出るから、ヴィルには防御魔法唱えさせてるの」
これ人間にとってはスッキリする音だと思ってたわ。
何事も例外ってことはあるんだな。
エメリッヒさんの感想は悪魔寄りだぞ?
転げ出てくる海の女王。
「肉の襲来か!」
「肉の襲来だよ」
「ひゃっふう! お? アビーではないか」
「お久しぶりです、ニュデさん」
名のニューディブラを略してニュデさんか。
相変わらず独特の略し方だなあ。
え? あたしはイシンバエワをバエちゃんと略してるだろうって?
細けえことはいーんだよ。
「そちらの御仁は初めてじゃの?」
「エメリッヒさんだよ。ここへいつも持ってくるお肉あるじゃん?」
「うむ、まことに美味い肉じゃの。感謝しておるぞ」
「あれは魔物のお肉なんだけどさ。似た肉質の家畜を作ろうとゆープロジェクトが、地上では進行してるんだ。そのキーマンだよ」
「お肉のスペシャリストなのです!」
「ほう、大変な重要人物ではないか」
「肉のスペシャリスト……オレは元宮廷魔道士なんだが」
呆然とすんな。
わかってるってばよ。
重要人物だってことは。
衛兵がえっちらおっちらお肉を厨房に運んでいる間に、席へ案内される。
「女王、ドーラ南部の半島みたいになってるところの先に、ぽつんといい感じの離れ小島があるの知ってる?」
「うむ、知っておるぞ」
「肉なし島ですよね。ハマサソリばっかりいる」
「アビーの感性は凄まじいなあ。あそこ肉なし島って呼んでたんだ?」
観光地として全然相応しくない名前なんだが。
アビーらしくて思わず納得してしまう反面、テンションはだだ下がりだわ。
「ヒバリさんがハマサソリを食べたがってたんですよ。時々行ってました」
「アビーはハマサソリ好きじゃないんだ?」
「お肉と比べるとちょっと」
比べんな。
カテゴリーが違うわ。
まったくどこまでもアビーだなあ。
「あの島がどうしたのじゃ?」
「ちょっと先になるんだけどさ。女王の意思を確認しておきたくて」
「ふむ?」
「海の王国と協力してあそこ開発したいんだ。観光地にして帝国からお客さんをたくさん呼びたい。収入山分けでどう」
「おおお収入山分け? 詳しく聞かせよ!」
しめた、乗ってきたぞ。
「白い砂浜がすごく綺麗なビーチで、しかも暖かいから年中泳げるじゃん? 魔物除けでハマサソリさえ排除しとけば、観光地としてすごく有望だと思う。あそこ泳いでもいいって許可もらえない?」
「ふむ、可能じゃぞ」
「やたっ! ハマサソリも有効活用できると思うんだ。あれほど弱い魔物もいないから、魔物退治体験をやらせてもいいし、ハマサソリ料理もウリにできる」
「ハマサソリだけでは肉々しさが足りませんよ?」
「それなー。南部から小島まで船を渡すの許してもらえれば、他の食べ物も運び込めるから何とかなりそう」
「小島一帯をパトロール地域から外せばいいだけじゃな。我が国からも手伝いを出した方がいいかの?」
「欲しい欲しい! 帝国の人は魚人を見たことないだろうから、手伝ってくれるだけでも客を呼べる要因になるんじゃないかな」
アビーが唸ってるけど。
「むむ、ウッドエルフは見たことがあるとでも? 聞き捨てなりませんね」
「そんなことは言ってないとゆーのに。あっ、アビーも手伝ってくれる?」
「もちろんです! 私も山分けという言葉は大好きなのです!」
「やったぜ……でもアビーが手伝ってくれるなら、別の場所の方がいいな。森とか山とかのテーマパークだ。でも支払いはゴールドになっちゃうぞ?」
「取り引きが大きくなってくると、どこかで魔宝玉経済から抜け出さなきゃいけない、とはカナダライさんとも話してたんですよ」
ふーん、エルフも変わるんだなあ。
「ごめんね。こっちも独立したばっかりで、今すぐは動けないんだ。だけど遠くない将来にこのプラン必ず始動するからね」
「うむ、楽しみだの。料理が来たぞよ」
「やたっ! いただきまーす!」
◇
「ごちそーさまっ! もー入んない!」
今日は何故か女王とヴィルの他にアビーまでのたうち回っている。
エメリッヒさんが呆れたように言う。
「何だ、あれは? どういうことだ?」
「女王はお肉が大好きでさ。食べると感激のあまりゴロゴロするという習性があるの」
「悪魔とエルフの族長は?」
「ヴィルは付き合いがいいんだよね。好感情を吸えて気分がいいから、お手伝いしてるんだと思う。アビーはわかんない」
多分アビーを理解するなんてムリ。
「すげえ美味かったぞ? 焼き肉パーティーのと同じ肉なんだろ?」
「同じお肉だよ。でも鉄板焼きより炙り焼きして脂落とした方が、香ばしさが増しておいしいんだよね。で、この塩がまた海底特産の特級品なの」
フルコンブ塩は素晴らしくおいしいので、いつか帝国のお金持ちに売り込みたいな。
「あんたは……随分と顔が広いんだな」
「あたしは『アトラスの冒険者』になってから、まだ一年経ってないんだけどさ。あっという間にいろんな人と知り合えたねえ。エメリッヒさんもその一人だよ」
「おう」
嬉しそうだな。
いや、スキルスクロール生産のために、ケイオスワードに詳しい人が欲しかっただけなんだよ?
なのにエメリッヒさんったら魔力かまどや香料入り石けんの研究開発、転移術の習得、ブタの復活にまで関わってるじゃないか。
どんだけパフォーマンスのいいホームレスだ。
「研究に足んないものあったら言ってよ。取ってこられるものなら調達するから」
「いや、今のところは。楽しくやらせてもらってるぜ」
「数日中にギレスベルガー家領テルミッツへ行くんで、予定しといてね」
「わかった」
期待してますぞ。
あたしもテルミッツは楽しみだ。
「おーいアビー! 帰るぞお!」
ドーラ観光地化計画に女王とアビーの協力を得られるぞ。
先々楽しみだなあ。