第1712話:イベントのリカバリーを前もって画策
「……ってことになった」
『つまり来月の一五日に新帝即位か。即位式と先帝の葬儀の日取りはまだ決定していないんだな?』
施政館から帰ったあと、ラグランド、タルガ、ドーラ行政府に皇帝選スケジュールについて連絡している。
「うん、まだわかんない」
『了解だ。御苦労だったな』
「じゃーねー、パラキアスさん。ヴィル、ありがとう。通常任務に戻っててくれる?」
『わかったぬ!』
これでよし。
とりあえず蜂起の関係で帝国本土の様子を知りたいだろうラグランドと、天使国アンヘルモーセンに情報で遅れを取りたくないタルガには伝えた。
ガリアへは今度行った時でいいし、ゼムリヤはメルヒオールさんが選挙権持ってるんだから何らかの連絡が行くだろ。
あとは塔の村だが?
「まだリリーは探索してる時間だな。先にバエちゃんとこ行ってくるよ」
「行ってらっしゃい」
◇
フイィィーンシュパパパッ。
「あら、ユーちゃんいらっしゃい」
「いっつ、おにーく!」
「やったあ!」
チュートリアルルームにやって来た。
小躍りからのクネクネダンス。
実にキレがいいなあ。
「この前教えてもらったクリームシチューあるじゃん?」
「ええ、どうだった?」
「実にいいね。こっちの世界でバター使うと高価になっちゃうから、違う油使って骨スープで伸ばしてっていう、アレンジを加えてるんだ。冬に身体温める料理として最高だと思うから、それまでに改良するつもり」
とろみがある料理は焦がしやすいけど冷めにくいしな。
優しい味と相まってヒットすると見た。
ニコニコするバエちゃん。
「ユーちゃんは最近忙しいの?」
「忙しいね。帝国の皇帝陛下が亡くなられてさ。あちこちに飛べて有力者と繋がりあるのがあたしだけだから、連絡係に使われちゃってるんだよ」
「えっ、でも転送魔法陣だけじゃ行ける場所限られるでしょう?」
「ビーコンとドーラ製の転移の玉ってものを作ってもらったんだ。ビーコンをヴィルに運んでもらえば、あたしはどこにでも行ける理屈」
ヴィルを使った転移についてはバエちゃんに話してなかったか。
素直に感心するバエちゃん。
「すごいのねえ」
「すごいんだよ」
ただこれも『アトラスの冒険者』のクエストでヴィルと出会うことができたからだ。
デス爺製の転移の玉も、おそらく『アトラスの冒険者』の持つ転移の玉からの発想だろうしな。
「『アトラスの冒険者』が廃止されても、新しい転移の玉と転移石碑によるネットワークである程度補完できるかなって考えてるんだ。これも『アトラスの冒険者』でいろんな人と知り合ったからできることだよ。『アトラスの冒険者』には本当に感謝してる」
「ユーちゃん……」
何で泣くのよ。
「明日の夜、御飯食べに来ていいかな?」
「もちろんよ。覚えてる?」
「うん。あたしどうでもいいことはすぐ忘れるけど、『ちゃあはん』は頭にこびりついて離れない。メッチャ期待してる」
アハハと笑い合う。
ちゃあはんはバエちゃんが教えてくれると言った、米を使用した料理だ。
ドーラで米食を広めるために、いくつかレシピが必要だしな。
「じゃーねー」
「うん、また明日」
転移の玉を起動して帰宅する。
◇
「あ、リリー帰ってきた。おーい!」
塔の村でデス爺とメキスさんに皇帝選について話した時、ちょうどリリーと黒服に出会った。
グッドタイミングだわ。
日頃の行いがいいから。
「ユーラシア、聞きたいことがあったのだ」
「何だろ?」
「新皇帝選出の選挙が頓挫した場合、我が皇帝になるという条項があるらしいではないか。本当か?」
新聞の記事が塔の村まで伝わったかな?
「陛下の遺書にそう書いてあったのは本当。でもとっとと選挙やって皇帝決めろという、先帝陛下の発破だって認識だぞ? 皇帝選の準備は順調に進んでるし、来月の一四日に帝都市民の一斉投票があって、一五日には新皇帝が決まる。リリーはお呼びでないわ」
ホッとした?
黒服が聞いてくる。
「立候補したのはどなたです?」
「今日立候補締め切ったんだ。最終候補者は主席執政官閣下、プリンスルキウス、レプティスさん。あとはえーと名前忘れた、双子の両殿下」
「マルクス兄上とガイウス兄上か?」
「そうそれ」
「意外ですね? お二人で張り合いながら何となく立候補してしまったんですか?」
「正解。二人とも嫁さんの実家から、新皇帝に盾突いてどうすんだって怒られたらしくて。プリンスルキウスに泣きついたんだって。で、どうにかしてやれって、あたしに話が回ってきちゃったの。しょうがないから皇帝は選挙で堂々と決めますよ、候補者同士遺恨は残しませんよっていうセレモニーを明日やることになった」
「いいではありませんか。新帝即位後に波乱が小さいと思われます」
「ぬしのアイデアか?」
「原案はあたしなんだけど」
あたしに責任押しつけられても困るのだ。
「候補者の意気込みとか皇帝選のあり方が、新聞に載りさえすればいいってあたしは考えてたんだ。ところが明日の昼に市民を集めて、候補者はこの五人だぞーみたいなイベント仕立てにするって、閣下とプリンスが乗り気なの」
「何か問題があるのか? 大掛かりにした方が市民に周知できるであろ?」
「候補者同士が敵意剥き出し火花バチバチってのなら盛り上がるよ? けど、親密和やか事なかれが趣旨じゃん? 十中八九しらけちゃうね」
「すると?」
「皇帝選自体にミソつけてよろしくないってのが一つ。もう一つ、アデラちゃんがピンチになっちゃう」
「アデラ先生が? わからん、どういうことだ?」
「明日のイベントを仕切るのがアデラちゃんなんだよ。来月から広報担当の役職に就くんだけど、事実上の初仕事になる。でもこんな成功しようがないイベント任されて、段取りが悪いの平民女性はダメの文句言われたら、アデラちゃんが可哀そうでしょ?」
「うむ、助けねば」
「あたしとリリーがサプライズで空から登場、観客沸かせてイベント失敗って印象だけは拭おうと思うんだ。協力してよ」
「うむ、愉快ではないか。承知したぞ!」
帝国でのリリー人気は鉄板だ。
何とかなるだろ。
「じゃ、明日一一時くらいに迎えに来るよ。起きててよ?」
「善処しよう」
リリーの起きる時間は信用できないんだよな。
大丈夫かなあ。
転移の玉を起動し帰宅する。
他者の失敗の尻拭いまでしようとするあたし。
これが聖女か。




