第1693話:出馬?
「妾は皇帝選に出馬しようと思うておるのじゃ」
「えっ?」
ヴィクトリアさんの言葉に一瞬思考が追いつかなかったわ。
予想外だぞ?
だって皇帝に興味ありそうな気配まるでなかったじゃん。
悔しそうなヴィクトリアさん。
「セウェルスは皇帝選に参加できぬ」
「病気では仕方ないね」
「セウェルスは去る前……おんしに謝っておいてくれと言っていた」
「そーなの?」
「うむ、予のしたことは皇族にあるまじき行いであったと」
「また会う機会があったら、気にすんなって言っといてよ」
セウェルス殿下は正気を取り戻したのかな?
うなじにちゅーはともかく、固有能力『強奪』の使い合いになった経験はちょっと面白かったけれども。
元々聡明な人だったとも言う。
皇帝はムリでも、新皇帝統治下で何らかのポジションは得られる?
微妙だなあ。
だって実績がないし評判が悪いもん。
「しかしセウェルスが皇帝選に出ぬとなると、憎きカレンシーの子フロリアヌスが皇帝になるのであろう!」
「えっ?」
皇位継承順位からするとってこと?
ちょっと待て、どんな理解だ。
誰か状況を説明できる人、ヴィクトリアさんの側にいないの?
ヒートアップは続く。
「懇意な夫人に協力を求めれば、貴族票の何割かは取れる! 敵わぬまでも一矢報いてやらねば気がすまぬ! おんしの手を貸してくりゃれ!」
「ははあ、なるほどだね」
奥さんの力が強い家だって多いだろうからな。
全く考えなしに立候補ってわけでもないのか。
ヴィクトリアさんを煽って主席執政官閣下に集まるべき貴族票を掠め取ると、プリンスルキウスに有利になる気はするが……。
「手は貸さないし、立候補なんてバカバカしいからやめとき」
「バカバカしいとはどういうことじゃ!」
ハハッ、ルーネもビアンカちゃんも新聞記者トリオもハラハラしとるわ。
よしよし、ヴィルはぎゅっとしてやろうね。
「認識に誤りがあるよ。カレンシー皇妃様の子は誰も立候補しない可能性が濃厚」
「何とな?」
「ウルピウス殿下とリリーはハッキリ立候補しないって。フロリアヌス殿下は不出馬がまだ決定ではないけど、記者さん達の取材によると出ないっぽい」
「周囲の騎士達に立候補しないと漏らしているのは本当です」
「……」
絶句するヴィクトリアさん。
混乱してるだろうか?
「うっかり元公爵に聞いたんだけど、陛下は常々次の皇帝はガレリウス第一皇子だと話してたんだそーな」
「父陛下が?」
「うん。皇妃様もよく知ってることなんだって。これは想像だけど、皇妃様は陛下の思いを知ってたから、自分の子供達に権力を追わないよう言い聞かせてたんじゃないかと思うんだ」
「カレンシーが? まさか……」
「皇妃様いい人だぞ? 一度よく話してみることをお勧めする」
「……」
黙り込んだヴィクトリアさんが、重々しく口を開く。
「……母様が贔屓にしていた料理人がおったのじゃ」
「うん」
「母が亡くなって三年目の追悼式典じゃったかの。件の料理人が作ったスイーツをカレンシーが全て平らげてしまったのじゃ。カレンシーに悪気がなかったことはわかるのじゃが、件の料理人が急死してしまい、二度と母の愛した味を楽しめなくなってしまった」
リリーの言ってたことと印象が違うぞ?
皇妃様の笑えるやらかしかと思ってたけど、予想よりヘビーな話だったでござる。
「カレンシーは父の正妃にもなったであろう? どんどん母のものが奪われていく気がしてなあ。理不尽な恨みだったかも知れぬ」
「ヴィクトリア様……」
「ビアンカちゃん、面白い話のネタを拾えてよかったねえ」
「はわわわわ、そんなつもりでは……」
「面白いと思うたらどこかで使ってくりゃれ。本の普及のためじゃ」
笑い。
「話続けるけど、あたしルーネには立候補したらって勧めたんだ」
「何故じゃ?」
「ルーネが立候補したぞ。さてはドミティウス様と喧嘩でもしたか、あるいは反抗期だなニヤニヤっていう笑いごとですんじゃうからだよ。でもヴィクトリアさんは立場が違うんだな」
「ふむ、おんしの考えを聞かせてくりゃれ」
「帝国一の貴婦人出馬となれば、冗談じゃ終われないからだよ。皇帝選で敵味方に分かれたら、新皇帝即位後もまた同じ付き合いって難しいぞ? 皇帝になれりゃ別だけど、ヴィクトリアさんは自分でも勝ち目ないってわかってるじゃん。ナンバーワン貴婦人として君臨し続けた方が得」
「なるほど、バカバカしいな」
「うん。メリットないのはバカのやること」
大きく頷くヴィクトリアさん。
「立候補は取りやめじゃ。スッキリした」
「それがいいよ。ヴィクトリアさんの影響力が落ちると、本普及計画の方で障りが出ちゃう。迷惑でかなわん」
「ああ、本にも関わるのか。おんしはあちこちに考えを回せるのじゃの」
「で、ルーネはどうする? 立候補する?」
「やめます。私はユーラシアさんのように物事を深く考えていませんでした」
「ルーネの場合は考えなくて立候補ありなんだけどな」
ビアンカちゃんの話のネタが増えそう。
「次の皇帝はドミティウスか」
「あるいはプリンスルキウスか、どちらかだね」
「ルキウス? あれは人当たりが良いだけであろう?」
あれ? ヴィクトリアさんもプリンスの『威厳』の効果を知らないのか?
「プリンスルキウスはやるやつだよ。記者さん達、あのアンケートある?」
「最新版があります」
「ヴィクトリアさんに見せてやってよ」
「「「はい」」」
じゃーん、次期皇帝にふさわしいと思うのは誰かという、新聞購読者アンケート最新版登場。
目を見張るヴィクトリアさんルーネビアンカちゃん。
「ルキウス四〇%ドミティウス三一%? これでは新帝はルキウスに決定ではないか!」
「でもないんだ。これあくまで新聞購読者のアンケートだからさ。現政権の中心人物であるお父ちゃん閣下は、新聞買わないような保守層の票をかっさらうと思う。貴族票も集めるだろうからね」
「おんしはどっちが勝つと思うのじゃ?」
「まるでわかんない。あたしはそこまで帝国の事情に詳しくない」
あたしはプリンス派ではあるけど、平和に正々堂々と選挙やって揉めなきゃいいのだ。
「さて、あたしはオーベルシュタット公爵家邸と施政館行かないとな」
「「「我々も失礼させていただきます」」」
「バイバイぬ!」
離れを離れる、なんちゃって。
誰がどんな思惑で立候補しようとするか、マジでわからんな。




