第1692話:妾をたばかったであろう!
「こんにちはー」
「こんにちはぬ!」
「おお、よう来たユーラシア」
皇宮の庭に建てられている、飾り破風の美しい離れに案内された。
オシャレな建物だなー。
あ、周りにハーブ植えられてるじゃん。
「そちらは?」
「新聞記者さん達だよ。印刷事情には詳しいから仲間に入れてやってよ。絶対に役に立つから」
「おお、そうか。よろしくの」
「「「こちらこそよろしくお願いします!」」」
ビアンカちゃんもニコニコしている。
ヴィクトリアさんと二人でも大丈夫だったみたいだな。
可愛がられてるんだろう。
ビアンカちゃんは見るからに無害だし、お話を書ける子だから、ヴィクトリアさんにとって和むに違いない。
「お土産がありまーす。じゃーん!」
ナップザックから本を取り出す。
「うむ、本じゃな?」
「『フィフィのドーラ西域紀行珍道中』だよ。ようやく刷り上がったんだ」
「例のフィフィリアの書いた本か」
「ちなみにこの挿絵の左端は私なんですよ」
「おお? 色っぽいではないか」
「これは画集『女達』の絵師さんの手によるものですか?」
「そうそう、ビアンカちゃん正解。言ったか言ってないか忘れたけど、ドーラで御飯食べさせてくれたイシュトバーンさんが絵師なんだ」
「うむ、ルーネロッテに聞いた」
「画集は第二弾帝国版も出そうって話があってさ。今モデル誰がいいかっていう新聞アンケートも取ってる最中なの」
結果どうなってる? って記者トリオに聞こうと思ったら、アタフタしてる。
あっ、リリーが今のところトップなのか。
確執があるというヴィクトリアさんのいるところで話題にすべきじゃないな。
しからば……。
「……絵師がルーネを気に入って、ソロで描いた絵があるんだ。それが絵師自ら大傑作って断じてたくらいの出来なんだけど、まーえっちな絵なんだわ。お父ちゃん閣下に取り上げられちゃった。今後ルーネの絵も描かせてもらえる見込みがないの。絵師が気に入ってるモデルなしの画集はうまくないからなー、企画もおじゃんになっちゃうかも」
「ええっ!」
「ユーラシアさん、何とかしてくださいよ!」
記者トリオ焦ってるけど、何とかったってな?
お父ちゃん閣下は現在帝国の最高権力者で、一ヶ月先には皇帝になってるかもしれない人だぞ?
睨まれてドーラがデメリットを被ることがあってはならないから、あたしも無茶ができないのだ。
「閣下はルーネの絵を気に入ってないわけじゃないから、駆け引きの余地はあると思うんだよね。でも今は納得させるだけの材料がないな」
「画集でも売れれば本が売れる素地は作れるであろう?」
「作れるね。変化球ではあるけど、人の足を本屋に向かせるパワーにはなる。小売りや紙の製作業者、印刷業者の意識も変えられそう。だから第二弾も成功させたいんだよなー。ヴィクトリアさんも閣下に会ったら、絵を見せてもらって褒めてあげてくれる? ルーネに聞いたって言って。少し態度が軟化しそう」
お父ちゃん閣下はルーネが褒められることは嬉しいから。
「あたしの名前は絶対に出さないでね」
「おんしの名を出してはいけないのは何故じゃ?」
「お父ちゃん閣下が警戒するからだよ。閣下は鋭いから、あたしに聞いたぞ絵見せろって言うと、絶対に画集絡みの仕掛けだって気付く。怪しいと思われると、画集の実現が遠くなっちゃうな」
「ほへー。難しいんですねえ」
「こんな駆け引きしたくないんだけど。閣下ももう少しものわかりが良ければいいのに」
画集第二弾の話題は置いとくとして。
「ところでヴィクトリアさんがあたしを呼んだ理由は何なの?」
「あっ、そうじゃ! おんし妾をたばかったであろう!」
「何の話だろ?」
「父陛下の遺書の話じゃ! リモネスは持ってないと言ったではないか!」
「言った。実際持ってなかったでしょ? リモネスさんが受け取った遺書はあたしが持ってたから」
「へ理屈じゃ!」
まあへ理屈だ。
事情のわかってないビアンカちゃんにも説明する。
「……とゆーわけだから、あたしはウソなんか吐いてない」
「グレゴール殿はそのようなことを……いやいや、おんしは何もかも知ってて誤魔化したではないか!」
「あたしにだって言えないことはあるわ。いい女には秘密があるもんだ。あたしが遺書持ってるとヴィクトリアさんに伝えることを、陛下が望んでいたとも思えない」
「むう……」
「何もかも知ってたというのは語弊があるな。あたしが知ってたのは遺書が二通あることと、どうやら皇帝後継指名について重要な示唆があるってことだけ。内容についてもレプティス宮内大臣が写しを持ってることも知らなかった」
「……そうなのか?」
「そうだってば。中身は読んでないもん」
あんなクセ字は読もうと思ってもムリだったけれども。
ちょっとヴィクトリアさんの怒りも収まったな。
続けます。
「あたしがヴィクトリアさんに言わなかったことだって理由があるんだぞ?」
「何じゃろう?」
「仮に遺書に次の皇帝の指名がされてたとするじゃん? とゆーかヴィクトリアさんはそう思ってたから、陛下のお心なり遺書なりを見たかったんじゃないの?」
「う、うむ」
「陛下の生きてる内から遺書の存在と内容が漏れたらえらいことになってたぞ? 確認しようったって、陛下の意識がないんだから。後継指名者に取り入ろうとする者、遺書を無効にしようと画策する者、有力者抱き込んで自力で皇帝になろうとする者、後継指名者を暗殺しようと考える者。しっちゃかめっちゃかになるわ。陛下が国内の混乱を意図してるわけないじゃん?」
「もちろんじゃな」
「あたしだって帝国が揉めると困るんだよ。ドーラの発展には帝国の安定が必要なんだから。となればドーラ人のあたしとしては、陛下が亡くなるまで知らんぷりしてて、御逝去とともにすぐ遺書があるぞって知らせることしかないんだな」
「ふむう……」
考え込むヴィクトリアさん。
「まーでも帝国の人が信じてくれて、陛下の意思通りに動いてくれるかは賭けだったね。レプティスさんがいい働きしてくれたから、スムーズに皇帝選で白黒つけることになったんだ。レプティスさんには感謝してよ」
「うむ。レプティス叔父上には礼を言わねばならんな」
「用は遺書についてだけだったかな?」
何かを決心したとかいう話だったが。
ヴィクトリアさんは割と扱いやすい人。




