第1691話:ヴィクトリアさんの決心
フイィィーンシュパパパッ。
「こんにちはー」
「こんにちはぬ!」
「やあ、精霊使い君いらっしゃい」
今日もまた皇宮にやってきた。
昨日の皇帝陛下の遺書の内容発表からどうなっているか、確認しに来たのだ。
波乱はないかな?
サボリ土魔法使い近衛兵に聞く。
「事件とか起きてない? あたし好みの」
「いや、特には」
「つまらんなあ」
「何を求めてるんだ」
「エンターテインメントだぬ!」
アハハと笑い合う。
心配だったのは流言が飛び交って、帝都カオスっていう状態だ。
軽口を叩いてはいても、あたしだって帝国が混乱するのは迷惑極まる。
今のところ問題ないようで、よかったよかった。
「昨日中に陛下の御遺体は荼毘に付され、本日タムポート沖に散骨されるそうだ」
「随分あっさりしてるんだね? 薄味というか塩気が足らんというか。足らない塩気は海水から摂取しろってことかな?」
「実に失敬だな、君は」
帝国では味付けに例えるのは失敬なことらしい。
「陛下の遺書に関わりなく、最初から予定は決められていたんだと思う。葬儀ではないから事務的に行われるぞ」
「ふーん」
手回しのいいことだ。
回復の見込みがないと思われていたからなんだろうが。
「火葬と散骨に伴い、今日からコンスタンティヌス陛下は正式に『先帝』と呼ばれることになる」
「先帝陛下ね。了解」
確かに事務的だが、やること決まってると混乱はしなさそう。
賢いことであるし、あたしとしてもゴタゴタしないのはありがたい。
「皇帝選について新しい情報ある?」
「正式な発表ではないが、来月の一〇日から一五日の間に帝都市民による一般投票日を設定するそうだ。近衛兵にも警備の一部を受け持つよう要請が来ている」
「ふむふむ、想定内だね。立候補者は増えた?」
「いや、昨日のレプティス様、ドミティウス様、ルキウス様の三名のみだな」
「セウェルス殿下やフロリアヌス殿下は立たないんだ?」
「セウェルス様は遠方で療養されているという話だ。立候補期限が明後日ではおそらく連絡が間に合うまい」
セウェルス第三皇子殿下が立候補しないのは予定通り。
まーたとえ間に合ったとしても、市民人気がないんだから当選はあり得ないけどな。
「フロリアヌス様は立候補しない意向だと新聞に載っていたぞ。騎士団員からの情報だそうだ。実際にどうなるかはわからんが」
「信憑性を記者さん達に聞かないといけないな」
「新聞記者達は詰め所に来ているぞ」
「そーなの?」
皇帝選っていう大ネタがあるんだから、あっちこっちに記事ネタ拾いに行けばいいのにな。
今日はあたしに構ってる暇はないんじゃないの?
サボリ君が笑う。
「昨日の新聞は相当売れたらしいからな。続くネタが欲しいんだろうさ」
「え? 続くネタなんかあるわけないじゃん」
だって状況が動いてないんだもん。
大体ドーラにいたあたしに期待する方がおかしいだろーが。
あたしはネタ製造機じゃないわ。
「ルーネロッテ様が詰め所にみえているんだ。何でもヴィクトリア様が君に会いたいとのことで」
「あたしもヴィクトリアさんに会う用があるんだ。ドーラで軽い読み味の本が完成してさ」
「薄味で塩気の足らない本?」
「失敬だな」
「失敬だぬ!」
アハハと笑い合う。
ちょうどいいけど、ヴィクトリアさんがあたしに会いたいって何の用だろうな?
本か紙かで進展があったのかな?
会ってみりゃわかるか。
「何で皆あたしが来るってわかるんだろうな? 行動パターン読みやすい?」
「読みやすいぬよ?」
「そーかー」
ヴィルから見ると読みやすいか。
いい子だからぎゅっとしたろ。
近衛兵詰め所にとうちゃーく。
「こんにちはー」
「こんにちはぬ!」
「「「「ユーラシアさん!」」」」
いつものようにルーネとヴィルが飛びついてくる。
よしよし、可愛いやつらめ。
お土産のお肉を近衛兵に渡す。
「記者さん達に聞きたいんだ。フロリアヌス殿下が皇帝選に出馬しないというのは本当なん?」
「本人は立候補する気がないようです。複数の騎士団員からそのように聞いています」
「側近に促されて嫌々出馬することはあるかもしれませんが……」
近衛兵長さんが言う。
「ウルピウス殿下も出ないと断言されておりました。ユーラシアが来たら伝えておけと」
「ウ殿下は次期辺境侯爵だから当然だな。皇帝選に立候補して得なことが何にもない。リリーもまっぴらだって言ってたから、カレンシー皇妃様の皇子皇女は誰も出馬しないことになる」
盛んにペンを走らせる記者トリオ。
記事ネタができて嬉しいんだろうなあ。
もうちょっとネタを増やしてやるか。
「ちなみにルーネも皇位継承権があるんだよね? どうするの?」
「えっ? 出るつもりはありませんでした」
「皇族には皆立場があるじゃん? 立候補するしないの損得が割と難しいの。ところがルーネは立候補してもシャレですんじゃうんだ。出ると面白いけどな。ルーネの立候補の裏にはこんな事情が、っていう話作っとくと鉄板ネタなのに」
あれ、ルーネその気になってきましたか?
冗談だぞ?
「他に立候補しそうな人聞こえてこない?」
「マルクス様、ガイウス様が出馬されるかもという噂がチラッとありました」
「知らん皇子だな。誰だっけ?」
同母兄弟の第五皇子と第六皇子だそーな。
やはり先帝陛下の側室の子で、主席執政官閣下ともプリンスルキウスとも母が違うとのこと。
あたしのカンにピンと来ないから、気にしなくていいくらいのモブ皇子なんだろう。
影薄い人の名前が今更挙がっても知らんがな。
「ありがとう。じゃ、ルーネの話聞こうか。ヴィクトリアさんがあたしに会いたいって聞いた。どうしたって?」
「伯母様がサロンを立ち上げたのです。庭の離れですので、ユーラシアさんをそこに案内してくれと。ビアンカ様も来ているのですよ」
「あ、本の話だったか」
「違うと思います。妾は決心した、ユーラシアに相談すると仰ってました」
「決心?」
何の決心だろ?
まあでもサロンに呼べってことなら……。
「記者さん達も行く?」
「え? よろしいのですか?」
「サロンだからいいんじゃないかな。本を増やそうっていう試みでさ、招待状があれば平民でもオーケーってやつなんだ。記者さん達は印刷物の事情に詳しいから歓迎だぞ?」
「興味深いですね。ぜひ」
離れのサロンへゴー。
ヴィクトリアさんの決心か。
あんまりいい予感はしない。




