第1680話:通常営業だ
「あれ? アドルフじゃん」
「ロドルフだ」
行政府入口のところに大使付き連絡員アドルフがいた。
「本名はロドルフだったという噂だね」
「何だ噂って。覚える気がさらさらないんだろう?」
「さらさらないけれども」
「さらさらないんだぬ!」
受付のお姉さん笑ってるじゃん。
これがウルトラチャーミングス定番のギャグですよ。
「そろそろ三時になりますから、ロドルフさんのお話を伺う時間なんですよ」
「『ドーラ行政府だより』だったっけ? 新聞の固定記事として一定の存在感を示しているらしいじゃん」
「ほう、読んでくれているのか?」
「いや、一度も読んだことないけれども」
「何なんだ君は」
「何なんだぬ!」
べつに受付のお姉さんにエンターテインメントを提供しているわけではなくてね。
「政府の意向が民に伝わる仕組みを作るところまでがあたしの役割とゆーか」
「うん? 随分まともなことを言ってる気がする」
「あたしはまともだとゆーのに。あたしの言うこと聞いてればいい国になるとゆーのに」
「君の言うことはもう一つ信じられないんだが」
「あれ? 人を信じやすいのがアドルフのいいところだったのに。長所がなくなっちゃったぞ?」
「なくなっちゃったぬ!」
アハハ。
でもアドルフと新聞記者の繋がりが、とってもドーラのためになっていると思ってるのは本当。
「帝国でもドーラみたいな、政府の考えを新聞に伝える仕組みを作んないかってお勧めしてるんだよ。向こうでは今植民地大臣やってるアデラちゃんっていう平民の女性が、来月新設のスポークスパーソン的な役職に就いてさ。アドルフっぽいことすることになりそう」
「光栄だな」
「そうそう、アドルフは先駆者」
「ロドルフだというのに」
政府が積極的に市民に情報を提供することは必要だと思うよ。
帝国には政府機関紙を発行する発想もあったけど、ま、時期尚早ではある。
「今日は何しに来たんだ?」
「大したことじゃないんだ。帝国の皇帝陛下が亡くなったから、その報告に」
「「えっ?」」
「入っていいかな?」
「は、はい、もちろん。オルムス知事は大使室においでだと思います」
「お姉さん、案内してくれねえのか?」
「気にしなくていいよ。イシュトバーンさんはお姉さんの腰付きが気に入ってて、後ろから存分に眺めたいってだけだから」
「おい、バラすんじゃねえよ。営業妨害だ」
「何の営業だ」
「通常営業だ」
アハハと笑いながらアドルフ新聞記者ズと別れ大使室へ。
◇
「こんにちはー」
「こんにちはぬ!」
「やあ、いらっしゃい」
パラキアスさんとオルムスさん、クリークさん、マックスさんがいる。
パラキアスさんとオルムスさんは大使室に何の用だったかな?
「来月からクリーク氏マックス氏は、正式にドーラ行政府の職員になるだろう?」
「うんうん」
「職責と役をどうするかの打ち合わせでね」
今までは形式上、プリンスルキウスが私費で雇っていた扱いだった。
もちろんそのお金はドーラ政府から出ていたわけだが。
「次の在ドーラ大使ホルガー氏は一人で赴任するわけじゃないんだろう?」
「そりゃ武官文官もついて来ると思うけど。あ、でも詳しい話は聞いてないな」
武官はいらんけど文官は欲しいなあ。
プリンス暇してるって言っちゃったから、あんまり赴任させてくれないかもな。
いや、プリンスが次席執政官として配慮してくれると、何人か送り込んでくれるか。
「当面は大使室付き通商担当だな」
「うん、貿易はすげえ大事だし、新大使ホルガーさんはドーラに来てる貿易商と面識ないだろうしね」
プリンスルキウスの下で働いてたクリークさんマックスさんは適任だろ。
早く貿易規模を大きくしたいなあ。
「ところでユーラシア君はどうしたんだい?」
「今朝皇帝陛下がお亡くなりになったんだ。報告しに来たんだよ」
「「「えっ?」」」
「そうだったか。予想の範囲内だが、冥福を祈ろう」
「パラキアスさんの反応が一番つまらんなあ。もっとこう、ニュースを持って登場したあたしにエンタメを提供してくれないと」
「皇帝崩御をエンタメネタにしようとするユーラシアが一番不届きだからな?」
アハハと笑い合う。
「大事件ではあるが、ドーラにはさほど影響はないな」
「まあ影響がないといいねえ」
「次の皇帝はどうなる? 有力皇族から話は出なかったかい?」
「出なかったなあ。とゆーか例の遺書の存在が新聞の号外で明るみに出たから、それどころじゃなくなっちゃったんだ」
「ああ、なるほど。ならば内容を公表せざるを得ないな?」
「遺書の内容は、明日帝都の中央広場でばばーんと発表することになったよ。帝都の人達はお祭りみたいの好きみたいで」
「あんたがイベント好きなんだろう?」
「バレたかー」
笑い。
……一応聞いておくか。
「遺書があることをプリンスに知らせろってネタがあったじゃん? あれ、パラキアスさん何かした?」
「ハハッ、ネタ扱いか。コンスタンティヌス帝は開明的なことで知られる皇帝だ。次代の皇帝の決定に民意を問うことはあるかと思ってな」
「民意を問う? 市民に皇帝を決めさせるってこと?」
「ああ」
「あり得るな」
クリークさんも同様の意見か。
陛下の考えを見越して、パラキアスさんはプリンスの市民からの支持を高めるか、あるいは主席執政官閣下の支持を低くするかの工作をしたってことだな?
でも貴族の意見を完全に無視して皇帝決めるってどうなんだろ?
「ま、いいや。遺書の内容は明日わかるし」
「できれば明日、報告してくれると助かる」
「うん、わかった。午後レイノスに来る予定だから」
えーと、あとはと。
「フィフィの本ができ上るんだよね」
「とりあえず貿易商ベンノ氏から一五〇〇部注文が入っている」
「えっ? まだ値段も何も決めてないんだけど?」
「ルキウス殿下の推しだったから、とりあえず目を瞑って仕入れてみるということだろう。失敗したら次がないぞ」
「おおう、了解。世界的大ヒットにしてくれるわ!」
「「「「えっ?」」」」
本は今後、ドーラの有力な輸出品に育てていくつもりだよ。
失敗するなんて微塵も考えてないのだ。
「さて、今日は帰るね」
「バイバイぬ!」
転移の玉を起動、イシュトバーンさんとノアを連れ一旦帰宅する。
報告しなければいけないのは残り一ヶ所。
気が重いなー。
全ては遺書から始まる。
その遺書をあたしが所持していると思うと気分がいいなあ。




