第1657話:ビアンカちゃんの趣味
「ところでビアンカちゃん、変わった趣味を持ってるらしいじゃん。ウルピウス殿下から聞いたぞ?」
だから露骨に目を逸らすなとゆーのに。
対人スキルの低い子だなあ。
貴族の令嬢がそんなことでいいんか?
いや、小動物の芸だと思えばこれはこれでありだな。
「恥ずかしがって内容を教えてくれないって、ウ殿下が寂しそうだったぞ」
「ええっ? ウルピウス様に申し訳ないことをしてしまいました……」
「ウ殿下に伝えとくから教えてよ」
「あ、あまり自慢できるような趣味ではないのです。御勘弁を」
「ルーネは知ってるみたいだね」
「はい、チラッと教えていただきました」
「ルーネに聞いちゃおうかなー」
「はわわわわわ、やめてください!」
慌てふためくビアンカちゃん。
オーバーアクションだなあ。
ひっくり返しそうになるお茶をヒョイとどかす。
「いや、言いたくないならいいんだ。知ってそうな人に喋らせりゃいいんだから」
「ええっ!」
「いや、だってウ殿下がそーゆー話を聞いたってことは、御家族とか使用人とかは皆知ってるんでしょ?」
門にいた警備員も知ってるようだった。
使用人の口に上る話題にならば他人に言えないような、言い換えりゃビアンカちゃんにとって瑕になる趣味ではないということだ。
本人が恥ずかしがってるだけ。
あたしのカンが絶対に面白いから聞き出せと囁く。
あたしのカンは優秀だぞ?
エンタメポイントは逃さないのだ。
「ビアンカ様、ユーラシアさんに隠し通すなんて絶対にムリですよ?」
「……」
「恨みがましい目を向けるなとゆーのに。ヴィルが怖がってこっち来ちゃったじゃないか」
「あっ、ごめんなさい」
怖がってるわけじゃないけれども。
よしよし、ぎゅっとしてやろうね。
「さあ、キリキリ白状しようか」
「実は……お話を書いてるんです」
「どんなやつ?」
「あの、恋愛ものを……」
ははあ、恋愛話を聞くのが好きというより、題材にしたいネタが欲しいということなんだな?
恋愛話を書く人なんかいないから、他人に理解されるかわからん。
何言われるかと考えると、見せたくないってのもわかるな。
ようやく話が繋がってきた。
「悪くない趣味じゃん。興味あるからちょっと見せてみ?」
「私も読みたいです!」
「は、はい。では……」
一旦引っ込んだビアンカちゃん。
創作活動とゆーものは、他人の評価を聞きたいに決まっているのだ。
興味を持たれることなんかあんまりないだろうから、喜んで見せてくれるだろ。
ビアンカちゃんが紙の束を抱えて戻ってくる。
「最近書いたものですけれども」
「ありがとう。ちなみにこの紙はいくらくらいなの?」
「えっ? 紙の値段ですか? 一枚一ゴールドくらいですね」
「一ゴールドか」
本にできるくらい質のいい紙だが、ドーラに比べるとバカ高いな。
新聞にするような紙は安いんだろうけど、ペン先引っかかって書きにくいのかもしれない。
この現状を何とかしないと、本書いてくれる人も育たんなー。
読んでいたルーネが言う。
「面白いです。ドキドキしますね」
「うーん、悪くはないな……ビアンカちゃん、これ本にしてみる気ない?」
「えっ? 出版できるなら、ぜひお願いしたいです!」
「ヴィル、ヴィクトリアさんと連絡取ってくれる?」
「わかったぬ!」
瞬時に消え失せるヴィル。
不安げなビアンカちゃんが言う。
「ヴィクトリアって、まさかヴィクトリア第一皇女殿下ですか?」
「そうそう。よくわかったね。ビアンカちゃん冴えてる」
「ええっ!」
目を白黒させてアワアワするビアンカちゃんと、それを玩具を見るような目で眺めているルーネ。
ビアンカちゃんは表情が豊かで愉快だな。
赤プレートに通信が入る。
『御主人! ヴィクトリアだぬ!』
『おお、驚いたぞよ。ユーラシアじゃな?』
「そうそう、優雅にして可憐なあたし。ヴィクトリアさん、今時間ある?」
『暇であるぞよ』
「面白い子見つけたんだ。その子とルーネ連れてそっち行っていい?」
『もちろん歓迎するぞよ』
「よーし、ヴィル、ビーコン置いてね」
『わかったぬ!』
新しい転移の玉を起動する。
◇
「ふむ、これは……」
ヴィクトリアさんにビアンカちゃんの恋愛小説を読ませてみた。
ビアンカちゃんは転移で『はわわわわ』って変な声出すし、今はヴィクトリアさんを前にしてカチンコチンに固まっている。
マジで愉快な生き物だなあ。
「ヴィクトリアさん、どう思う?」
「手慣れた感じは受けるが、クセがあって読みづらいな」
「あたしも同感だね」
顔が白くなってるビアンカちゃんにヴィクトリアさんが話しかける。
「ビアンカ、と申したな」
「は、はい。子爵フアニート・ドレッセルの娘ビアンカと申します、殿下」
「ああ、私的な場で堅苦しいのは好かぬ。肩の力を抜くがよい。ユーラシアのようにな」
「は、はい」
何故そこであたしを例に出すのだ。
自然体だからか?
「しかしストーリーは面白いぞよ。手直ししてもう一度見せてたもれ」
「手直し、と申しますと?」
「題材がいいし、内容が面白いから読めちゃうんだよ。でも引っかかるところが多いというか。わかりやすい言葉にして欲しいところが割とあるな」
「修飾語で膨らまし過ぎじゃ。そのせいで物語が進まぬ。テンポが悪い」
「ビアンカちゃんは今まで自分の好きなように書いてたんだろうけど、今後は読者が読みやすいように書いてよ」
コクコク頷くビアンカちゃん。
「でさ、これ仕上がったら出版したいんだよね」
「おお、さすがおんしじゃの! エンターテインメント本が溢れる世の中を望むぞよ!」
「そこでヴィクトリアさんに相談なんだ。ビアンカちゃんが描いてるこの紙、一枚一ゴールドなんだって」
「ふむ?」
「帝国は物価が高いってことだよ。本を安く作るノウハウもない。今の帝国でこの本を作ったら、どうやっても販売価格六〇〇ゴールドを下回ることはないと思う。やっぱ高いと庶民に売れないんだ。売れないと本が溢れる世の中は永遠に来ない」
「どうすればよいのじゃ!」
ルーネが言う。
「……画集『女達』は安いですよね」
「あっ、私も本屋で見ました。小売価格二五〇ゴールドとか」
「海を渡ると高くなっちゃうな。あれドーラでは六〇ゴールドで売ってるんだ」
「「「六〇ゴールド?」」」
三人とも相当驚いたみたいだな。
『クセがあって読みづらい』
『引っかかるところが多い』
『テンポが悪い』
Web小説読んでて思うことですね。
自分に刺さります、うう。