第1640話:疑惑の中心人物
フイィィーンシュパパパッ。
「こんにちはー」
「やあ、精霊使い君。よく来たね」
皇宮にやって来た。
いつものサボリ土魔法使い近衛兵が不思議そうな顔をする。
「今日は一人なのかい?」
「施政館に一人で来いって言われてるの。と、ウルピウス殿下に聞いたんだけど、サボリ君は何も聞いてない?」
「聞いてないな」
考えてみりゃ、わざわざウ殿下経由であたしに伝えたってのも変だな。
なるべく話を広げたくないという意図が見える。
近衛兵に伝言しないなら、必ずしもあたしに伝わらなくてもいいと考えてるということ。
となると内容はやはり……。
「決闘かラブい話か、どっちだと思う?」
「ハハッ、どうしてその二択なんだ」
「ウ殿下は、閣僚人事がどうのこうのって言ってたけれども」
「来月初日付けで大臣の変更があるとのもっぱらの噂だな。ルキウス様も次席執政官に復帰されるんだろう?」
「栄光の在ドーラ大使の職を取り上げられちゃう予定だね。こういう情報って秘密なの?」
「まだ決定してないだけだろう。新聞だって無責任に予想を載せてるしな」
「あれ、政府高官の人事なんか、帝都の人は関心あるんだ?」
「そりゃああるよ。政治家同士の関係や立場、略歴も載るし、人間ドラマも楽しめるからな」
「へー、帝都の人はゴシップみたいなの好きだねえ」
「ドーラは政治家のことには興味がないのかい?」
「とゆーか地方の自治性が高くて、中央政権の支配が首都にしか及ばないんだよね。だから首都に住んでる人はもちろん政治家に興味があるんだろうけど、地方住みの人にはあんまりピンと来ないの」
あたしが施政館に呼ばれて何かの役職に就くということならば、報道した方が政権支持率に繋がるはずだ。
むしろそのために、スーパーヒロインのあたしに役を振るんだろうし。
となるとやはり一人で来いってのはおかしいな。
遺書について突っ込まれると思っておくべき。
楽しくなってきたわ。
「今日リリーをドーラに連れ帰るんだ」
「リリー様はかなりドーラを気に入っているんだな」
「楽なんだと思う。誰も気を使わないから」
「リリー様が皇女だということは知られているんだろう?」
「まあドーラの独立以降隠してはいないな。でも信じてない人も多そう。変なお嬢扱いだよ」
「ええ? 不憫だな」
「ドーラで必要なのは名札じゃなくて実力なんだよね。リリーの冒険者としての実力は皆に認められてるはず」
頷くサボリ土魔法使い近衛兵。
近衛兵くらいの実力があればリリーの力量もわかるだろうから。
さて詰め所に到着だ。
「こんにちはー」
「「「ユーラシアさん!」」」
あれ、記者トリオだ。
「記者さん達は実に獲物を嗅ぎつける能力が高いねえ」
「ユーラシアさん、昨日は護衛の馬車から現れたでしょう? ぜひお話を伺いたく」
「今日は施政館に行くそうじゃないですか」
「今日は一人で来いって言われてるから連れていけないぞ? ヴィルだって置いてきたくらいなんだ」
「存じております。今から施政館に行かれるのでしょう? 途中までお供させていただいてよろしいですか?」
「いいよ。じゃあ行こうか」
記事ネタの欲しい者どもとともにしゅっぱーつ。
◇
「……ってことで、昨日はドーラの新聞記者と駆け出し冒険者とニライちゃんが同行してたんだ。それで近衛兵長さんが、馬車を一台融通してやるからキリキリ働けって」
道すがら記者トリオと話しながら行く。
「ああ、舞い上がったヴェールを捕らえたのは、護衛馬車から飛び出したのでしたか」
「そうそう」
「あんなに大盛り上がりした結婚パレードは記憶にありませんね」
「皇太子時代に行われた、コンスタンティヌス陛下の結婚披露は大変な盛況だったと聞いたことがありますが、それ以来じゃないですかね?」
「先妃様はどこから嫁に来たの?」
「ズデーテンからですよ。トットンベック辺境伯爵家の御令嬢です」
「ズデーテンってお茶の産地として有名なとこだよね。辺境侯爵とか辺境伯爵の『辺境』ってのは何なの? 田舎ってこと?」
首を振る記者トリオ。
特別な意味があるらしい?
「ゼムリヤの辺境侯爵家とトットンベックの辺境伯爵家は、通常の諸侯以上の兵力の保持とある程度の外交権を認められているんです」
「特別な領主ですね。辺境領主制度は、近隣の外国に近くて領主自身の判断で裁決が求められるような地域に設定されるんです」
「ゼムリヤにガリアの領事さんがいたな。メルヒオールさんに外交権があるからか」
「現在の辺境領主はゼムリヤとズデーテンだけですよ。昔はもっとあったんですけど、独立色が強くなるでしょう? 反乱で取り潰されて減ったんです」
「ふーん、難しいもんだねえ」
変時に中央の指示仰いでちゃ間に合わないから特権を与える。
権限が大きくなると独立したくなっちゃうということか。
「ところで今日のユーラシアさんの呼び出しですが」
「ウルピウス殿下が、閣僚人事がどうのこうのって言ってたよ」
「やはり人事の件ですか!」
「ユーラシアさんも重要ポストに任じられるんですね?」
「ってのは表向きの理由で、主席執政官閣下がアレの存在に気付いたんだと思う」
一斉に息を呑む記者トリオ。
アレとはもちろん陛下の遺書のことだ。
「誰にも話してないよね?」
「も、もちろんです」
「じゃあどこかにスパイがいたとしても問題なさそうだな。知らぬ存ぜぬしててよ」
心配そうな顔すんな。
こっちが不安になるわ。
「今頃話が出てくるってことは、記者さん達の方から漏れたんじゃなければ、状況からああいうものがあるとゆー結論に辿り着いたってことだと思うんだ」
「ユーラシアさんが呼び出されるってことは?」
「つまりあたしが持ってると、少なくとも疑ってはいるわけだねえ」
「大丈夫なんですか?」
「ん? 別に平気だぞ? 後ろ暗いことしてるわけじゃないし」
だから心配するなとゆーのに。
「主席執政官閣下がどこまで掴んでるかわかんないんだよね。聞き出してくるよ。記者さん達のとこまで手が及ばないようにしとくから、勝手に墓穴掘るなよ?」
「「「わ、わかりました」」」
大層なものではあるが、実はぶっちゃけたってどうってことのない秘密ではある。
ビビんなくていいのにな。
「あとで新聞社行くよ」
「お待ちしています」
さて、施政館に到着だ。
新聞記者トリオは遺書の存在を知ってるだけ。
実際に所持してるわけでも内容を知ってるわけでもない。
だからビビるんじゃねー。