第1632話:あたしを好き過ぎるだろ
――――――――――二五九日目。
フイィィーンシュパパパッ。
「やあ、おはよう。チャーミングなユーラシアさん」
「ポロックさん、おっはよー」
朝からギルドにやって来た。
「知ってた? 今日プリンスルキウスの結婚式なんだ」
「ほう、大使殿下の? おめでたいことだね」
「来月からプリンスは帝国施政館の次席執政官に復職するから、もうドーラには戻ってこないけどね」
「すると次の在ドーラ大使は誰になるのかな?」
「ポロックさんも興味ある? 今ラグランドっていう帝国最大の植民地で総督やってる、ホルガーさんって人が来るよ」
「ユーラシアさんの知ってる人なんだね。どんな方だい?」
「クエストで知りあったんだ。実直で有能な人なんだけどさ。ラグランドの法律と支配体制がちょっと変わるから、旧体制下の総督が継続して治めるのは違うんじゃないかってことになったみたい。だからドーラに回してくれることになったの」
「安心だね」
うむ、在ドーラ大使が困ったちゃんだと貿易や移民が滞りそう。
ドーラの発展にダイレクトに関わるからえらいことだ。
ホルガーさんなら全然心配ない。
有能な人が来てくれて嬉しい。
「今からルキウス殿下の結婚式の様子を見に行くのかい?」
「式とゆーか、市民に見せるパレードがあるんだよね。デミアンに妹を遊んでやってくれって頼まれたから、アグネス連れて見に行くの」
「華やかで楽しいだろうね」
「そーかも」
あたしもどれくらいの規模でどう行われるのか、細かいことは知らんしな。
帝都の人口なら大変な賑わいになるだろうことは想像できる。
ギルド内部へ。
「御主人!」
「ユーラシアさん!」
「何なんだあんた達は。あたしを好き過ぎるだろ」
ヴィルとアグネスが飛びついてきた。
最近こういうパターンが多いが悪くない。
あたしの魅力が高まってるからだろうか?
黄色い冒険者デミアンが話しかけてくる。
「ユーラシア」
「どーしたの、メッチャ複雑な顔して」
「今日はアグネスをよろしく頼む」
「デミアンが一緒に来てもいいんだぞ?」
「ええ~?」
おいこらアグネス。
不満そうな声出すな。
お兄がダメージ受けてるだろーが。
ついでにヴィルまでダメージ受けてるわ。
可哀そうに、よしよし。
「よーくわかった。アグネスだけ預かるよ」
「……ああ」
凹むな、そこの黄色いの。
アグネスだってデミアンが優秀な冒険者だってことは理解してるわ。
ただちょっとお兄離れしたい年頃なのだ。
「帝国は一般人の武器所持は禁止されてるんだよ。装備品はお兄に渡しておいてね」
「わかりました」
「帰りが何時になるか、ちょっとわかんないんだ。アグネスは直接ポーンに送るね」
「ありがとうございます!」
「悪くない」
「じゃーねー」
転移の玉を起動し、一旦帰宅する。
◇
フイィィーンシュパパパッ。
「こんにちはー」
「こんにちはぬ!」
「「ユーラシアさん!」」
イシュトバーンさん家にやって来た。
新聞記者ズも帝都に伴うつもりなので、待ち合わせなのだ。
もう待ち構えてるじゃん。
気合が入っていて大変よろしい。
「本日はよろしくお願いします」
「いつもの密会ですか逢引きですかスキャンダルですかっていう挨拶がないと、何だか落ち着かないね。悪いことしてる気分になっちゃう」
「ハハッ、どうしてですか。ところでそちらのお嬢さんはどなたです?」
「美少女精霊使いユーラシアだよ」
「そうではなくて」
「悪魔のヴィルだぬよ?」
「そうでもなくて」
アハハと笑ってる内にイシュトバーンさんが飛んできた。
「こんにちはー」
「こんにちはぬ!」
「おう、誰だ?」
「アグネスだよ。『アトラスの冒険者』デミアンの妹で、駆け出しの冒険者。見聞を広めるために今日は帝都に同行しまーす」
「デミアンさんには以前記事に協力いただいたんですよ。よろしくお願いします」
「こちらこそよろしくお願いします」
無遠慮にアグネスを眺め回していたイシュトバーンさんが言う。
「なかなかじゃねえか。数年後が楽しみだぜ」
「厳しいね」
新聞記者ズが怪訝な顔するけど、イシュトバーンさんがこう言うってことは、現在の段階ではいい女にまで届いていないということなのだ。
まったく目が肥えてるんだから。
あたしもモデル探すの大変だわ。
「イシュトバーンさんもプリンスの結婚パレード見に行く?」
「行かねえ」
「あれ? 珍しいね。花嫁のパウリーネさんは清楚系の綺麗な人だよ」
「いい女が他人のものになる儀式を見せられて、何が面白いんだかわからねえ」
「おお? メッチャ独特の理由だった」
でもいかにもイシュトバーンさんらしいな。
新聞記者が聞いてくる。
「ルキウス皇子殿下は、もうドーラには戻らないと伺ったのですが」
「行政府で聞いたのかな? 来月からプリンスは次席執政官に就任するから、このままずっと帝都だってよ。寂しくなるねえ」
「後任の在ドーラ大使はどなたになりますか?」
「現在ラグランド総督のホルガーさんという人が今月末で任期切れ。在ドーラ大使に横滑りするよ」
「ホルガー氏ですか。どんな方です?」
「えーと、四角い顔の人」
「そうでなくて」
再びの笑い。
イシュトバーンさんがえっちな目で見てくる。
ラグランドクエストで知り合った、あたしがプリンスの次の在ドーラ大使として納得できるくらいの人だよ。
「せっかく育てたプリンスルキウスを取り上げられちゃうのは納得いかないじゃん? でも次がホルガーさんならいいかって思えるくらい、実直で話しやすい人なんだ。主席執政官ドミティウス閣下は、ホルガーさんを硬骨漢って評してる」
すごくちゃんとメモ取ってるな。
帝都の記者トリオよりも真面目寄りの気がする。
「ユーラシアさんがお探しのピジョー・ジブリさん。見つけましたよ」
「ほんと? ありがとう!」
『福助』の固有能力持ちだ。
マーシャによるとすごい重要人物らしいので、見つかって嬉しい。
「今度居場所に案内してもらっていいかな?」
「え? ええ」
「あれ、歯切れが悪いね。どーしちゃったの?」
「少々変わった方なんですよ」
「イシュトバーンさんみたいな?」
「自分のこと棚に上げてるやつが何か言ってるぜ?」
笑い。
まあでも『アトラスの冒険者』に選ばれたくらいの人なら問題はなさそう。
「さて、行くよー」
新しい転移の玉を起動して帰宅する。
プリンスルキウスとパウリーネさんの結婚は急激に決まったなあ。
……皇帝陛下が亡くなる。
崩御の前に次期皇帝を巡る争いで、アーベントロート公爵家はプリンスルキウス側につくと理解させる思惑があったから。