第1627話:タルガ周辺の魔物
「こんにちはー」
「こんにちはぬ!」
「ユーラシアさん!」
食堂行ったらアグネスが飛びついてきたぞ?
ついでにヴィルも。
どういうわけか最近このシチュエーション多い気がするな。
ひょっとしてあたし、男よりも女の子にモテる?
デミアンがためらいがちに話しかけてくる。
「……ユーラシア」
「どうしたの、天才冒険者がしょぼくれた顔しちゃって。と言いながら大体状況を把握している賢いあたし」
デミアンよ、ここは笑うところだぞ?
「アグネスになるべくいろんな経験をさせてやりたいから、他の冒険者との共闘を模索している黄色いあなた」
「何故わかるのだ。悪くないだろう」
「お兄、そうだったの?」
「そうだぞ? お兄はちゃんとアグネスのことを考えているのだ」
お兄を見る目が変わるアグネス。
ハハッ、デミアンよ。
聖女のサービスだぞ。
「慈愛の女神ユーラシアが手を差し伸べに来ましたよ」
「差し伸べに来たんだぬよ?」
「二人は今日これから予定があるの?」
「ないです」
「誰か暇そうなやつを捕まえようと思っていたのだ」
「じゃ、あたし達とタルガ行かない?」
「「タルガ?」」
「正確にはタルガを中心とする、帝国の辺境開拓地の調査というか」
地図を見せて説明する。
「この辺」
「ふむ、見るからに辺境だな。地図に記載された集落がほぼないところから見ると、魔物も結構いるんだろう。悪くない」
「ユーラシアさんはどうしてタルガに?」
「帝国が今後辺境に力入れるっぽいんだ。問題点や解決策があったら教えてくれって、主席執政官閣下に言われてるの」
「主席執政官? 偉い人ですか?」
「かなり偉い人。今の皇帝陛下の第二皇子でもあるよ。次期皇帝有力候補でもある」
「ええっ?」
アグネスビックリしてるけど、お兄はそうでもないな。
「すごいところに食い込んでいるんだな」
「おっぱいさんから『皇宮』ってクエストをもらってさ。進めてる内に、成り行きで知り合いが増えちゃったの」
「皇宮とは、皇帝一族が住む宮殿だな? 想像のつかないクエストだ」
「有力者に貸しを作っとくと、色々思い通りにできるんだよ。あたしはドーラの立ち位置を良くしようとしているんだ」
「ハハッ、悪くない」
「皇帝陛下に会えたんですか?」
「いや、残念ながら。陛下は今病床にあるんだよね」
もう意識が戻らないって話なの。
チラッとデミアンを見たら察してくれたみたい。
「タルガ近辺の辺境開拓地の魔物をチェックしときたい。で、一緒に行かないってこと」
「どの程度の魔物がいるんだ?」
アグネスのレベルは一二、三ってとこだと思う。
現われる魔物の強さは、お兄として注意するポイントだろうが。
「実は知らないんだ」
「ああ、だから調べたいってことなんだな?」
「まあ。でも辺境開拓地で一番レベル高い人でもレベル二五くらいなんだよね。とゆーことは、出る魔物のランクも大体想像できるとゆーか」
「悪くないな」
うん、適度な緊張感があってよさそう。
同行する人間全員がよく知らないところってのは、危険ではある。
一方で注意力を育むのには最適だ。
アグネスにとってもいい経験になると思うよ。
「午前中一杯使ってざっと見てきてさ。お昼はギルドで食べようよ」
「いいですね。楽しみです!」
「じゃ、行こうか。ヴィルはタルガに飛んでくれる?」
「わかったぬ!」
「うちの子達と合流するから、一旦あたしん家戻るよ」
転移の玉を起動し、デミアンとアグネスを連れて帰宅する。
◇
「御主人!」
「よーし、ヴィルいい子!」
うちの子達及びデミアンアグネスとともにタルガ郊外にやって来た。
飛びついてきたヴィルをぎゅっとしてやる。
「ここがタルガ、ですか……」
「思ったより何もないところだな。悪くない」
うむ、町の外には道以外ほとんど何もないところだ。
でも悪くないのかよ。
デミアンの感想はわけがわからんな。
今日のお仕事はタルガ近辺の調査だ。
アグネスを遊んでやろうという思惑もあるが、この辺りを見て天才冒険者たるデミアンがどう思うかという意見も聞きたい。
「アグネス、足元はよく注意してね。ハマサソリっていう、小さい魔物がいることがあるんだ。こいつだよ」
ひゅっと刃を飛ばして、四ヒロほど先にいた一匹を仕留める。
「お見事。悪くない」
「尻尾に毒があってさ。刺されると面倒だから、タルガではいつも退治依頼が出てる魔物なんだって。尻尾ちょん切ってタルガの開拓民局に持ってくと換金してくれるの。子供がやっつけて小遣い稼ぎにしてるって」
「子供が? 危なくないですか?」
「動きがとろいからね。いる場所がわかってて棒持ってりゃ、問題なく勝てるくらい弱いんだ。でも毒持ちだからバカにしちゃダメだよ」
「はい!」
「あたしが知ってるタルガ周辺の魔物情報はここまでなんだなー。デミアンどう思う?」
少し首をかしげるデミアン。
「一言で言って荒地だ。生息する魔物の種類が多いわけはなく、密度も大したことはないと思わざるを得ない。悪くないだろう?」
「うん。ごもっとも」
「魔物について調べたいなら、ブッシュや林の方へ行ってみてはどうだ?」
「じゃ、そーする」
まーこの辺にハマサソリしかいないのは一目瞭然ではあるのだ。
デミアンに言われるまでもなく、近くの魔物の多そうなところを巡ってみるつもりではあった。
わざわざデミアンに聞いてるのは、あたしに気付かない点があるかもという確認と、アグネスの中のお兄の評価を上げるためだ。
誰が見たってデミアンはできる冒険者には違いない。
アグネスも変なわだかまりなく、素直にお兄に甘えるのがいいと思うよ。
お兄も喜ぶだろうし。
「ユーラシア、ちょっと悪くないか?」
「あんたの言い方はつくづく独特だな。悪くないよ。どうしたの?」
「少々アグネスの訓練をしていいだろうか。ハマサソリを見つけさせて攻撃させたい」
「ああ、いいね。でも見つけるところまでにしとこうか。マジックポイントのムダ使いすることないよ。あたしがさくっと倒しちゃう」
頷くデミアンとアグネス。
誰が倒したって取得経験値は同じ。
要するにデミアンも、アグネス危険察知の感覚を磨かせたいんだろ。
こーゆーちょっとしたテストは楽しいな。
「さあアグネス頑張ってハマサソリ見つけてみようか。一〇ヒロ以内に一匹いるよ」
植生からして、うまそーな魔物がいそうにないことにしおしお。




