第1625話:スキルスクロールのドーラ内製化を加速
「サイナスさん、こんばんはー」
『ああ、こんばんは』
夕食後に毎晩恒例のヴィル通信だ。
「最近魔境の女って言われることがあるんだよね」
主にダンにだが。
『ピッタリじゃないか。ユーラシアのパーティーほど、魔境を楽しんでる冒険者はいない』
「だよねえ。ただ二つ名としては地味な気がして」
とゆーか世界で活躍しようというあたしの二つ名として、『魔境の女』みたいなローカルな呼称はどうなんだ? という。
『今日の入りは大人しいじゃないか。暇だったのかい?』
「あたしは常にお淑やかだけれども、暇だったというわけではないよ。さあ、どんと来い!」
『芸風だったか。水魔法のスキルスクロールをドーラ内製に切り替えるという昨日の話だが』
「エメリッヒさんとアレクに話してくれた?」
『ああ。作業時間的には全然問題ないらしいぞ。緑の民の村スクロール工房でも、割のいい仕事だからもっと注文がないかなという気運らしい』
「ありがたいなー。ペペさんから水魔法のケイオスワード文様もらってきたから、明日にでもそっち持っていくね」
『肉もよろしく』
「わかってるってば」
アハハと笑い合う。
可憐な美少女がお肉という名の幸せを届けに行くよ。
「『ファイアーボール』や『ヒール』とかの汎用スキルあるじゃん? 今まで『アトラスの冒険者』で販売してたやつは、異世界が作ってたんだ」
『『アトラスの冒険者』が廃止されるとどうなる?』
サイナスさんは、水魔法のドーラ内製化も『アトラスの冒険者』廃止の関係とわかってたか。
「デス爺しか作る人いなくなっちゃうから、供給不足になりそーだな。スクロール工房で作って欲しいんだけど……」
『攻撃用のスキルか』
「治安が悪化しちゃうかなあ? サイナスさんどう思う」
攻撃魔法のスクロールなんか作らせて、横流しされると面倒ごとの種が増えちゃうのではないか。
帝国がやってるみたいな登録制度は、戸籍のないドーラじゃできないしな?
でも対魔物に対して有効とも思えるし。
『攻撃スキル横流しの可能性は考えても仕方ないだろう。回復魔法や治癒魔法の習得者が増えるだろうメリットの方がずっと大きい』
「だよねえ。割り切って考えよ」
『攻撃魔法と攻撃バトルスキルのスクロールは、デスさんとギルド他の指定業者だけが販売。他のスキルは広く販売することにすればいい。というか、君もそのつもりだったんだろう?』
「まあ。でもスクロール工房にヤバめスキルが普及するのは良くないって考え方の人がいてさ。製作に難色示されても困るし、説得どうしようかと」
『工房側に倫理観があるなら却って都合がいいじゃないか。君の説得力ならどうにでもなるだろ』
過大評価じゃない?
もっとも不届きな輩は魔法の葉青汁の刑に処せばいいわけだが。
「とにかく汎用スキルのケイオスワード文様をデス爺やアレク、エメリッヒさんに描いてもらいたいんだよね。ペペさんは描かないから」
『ん? ペペさんが描かないのは何故だい?』
「汎用スキルを正確に覚えてないんだって。ロマンなアレンジが入っちゃいそうだからやめとくって」
ペペさんのアレンジって言われると嫌な予感しかしない。
必殺トラブル仕事人にフラグを立てさせてはいけないのだ。
「たくさん需要のあるものではないしさ。『アトラスの冒険者』廃止まではふつーに供給されるからメッチャ急ぎではないんだ。でも近い内に頼むことになるのは確実だよ。デス爺アレクエメリッヒさんにはそう言っといてもらえる?」
『わかった』
これでよし。
で、今日あったことだが。
「スライム牧場行ってきたんだ」
『ああ。第一皇女と伯爵の娘を連れてという話だな?』
「そうそう。可愛い可愛いって大興奮でさ。可愛いって言われた時照れる照れるぬって言う、あたしとヴィルの定番のギャグがあるんだけど、誰も聞いちゃいないの。ヴィルのギャグが滑ったの初めて見たわ」
『ハハハハハ』
紛うことなき笑いごとだ。
「伯爵の娘ニライちゃんがスライムを飼うことになったんだ」
『将来帝国でもスライム牧場事業を行う伏線か?』
「そーなるといいね。まず最初の段階としては、ペットとしてうまく飼えるかの検証だけど」
『スライムは丈夫だろう? 特別飼うのが難しいとは思えないが』
「あたしもスライム飼うことに問題があるとは思ってないけどね。伯爵領は金銀が取れるから裕福なんだって」
『ん? 撹乱話法かい? 話飛んでないよね?』
「せっかくだから、話の内容が飛ぶやつにも名前をつけてくれない?」
『じゃあ跳躍話法でどうだい?』
幻惑話法よりよさそう。
格好いいから採用。
「これは撹乱話法の方だよ。金銀取れる内は儲かるだろうけど、いつまでも裕福なわけではないじゃん? いつかは掘り尽くしちゃうものだから」
『当たり前ではあるが』
「伯爵ノルトマンさんも廃鉱後のことを気にしてるんだよね。永遠の繁栄を望む強欲な人間というか」
『わざわざ悪く言うなよ。大袈裟な話ではないじゃないか。で?』
「鉱山跡地を何かに再利用することって、一般的には難しいじゃん?」
『鉱毒の問題があるからな。ほぼムリだろ。倉庫に使えれば万々歳』
「でもスライムなら飼えるんじゃないかと思ってさ」
『あっ?』
でもスライムは生命力強いし、食用に飼育するわけじゃないから、鉱山跡地でも水とエサさえしっかりやればイケるのではないか?
実際はどうだかわからんけど、スライムが死んじゃうくらいの土地なら、どうせ何にも使えないわ。
『君そこまで考えて、スライムがどうこう言い出したのか?』
「考えるだけはタダだからね。これは聖女ユーラシア語録の中でも重要なフレーズだから、サイナスさんも覚えておいてよ」
『何とまあ。ユーラシアは時々賢いこと言うなあ』
「あたしはいつ何時でも賢いわ」
『いつもは賢さを表に出さないほど奥ゆかしいだろう?』
「うーん、セーフ?」
サイナスさんの捻くれた物言いは、アウトセーフの判定がマジで難しいなあ。
これこそ撹乱話法。
「サイナスさん、おやすみなさい」
『ああ、御苦労だったね。おやすみ』
「ヴィル、ありがとう。通常任務に戻ってね」
『了解だぬ!』
明日は夜バエちゃんとこに行くまで特にやることはない。
デミアンとアグネスに会えると愉快な時間が過ごせそうだから、ギルド行くか。
撹乱話法と跳躍話法か。
ちょっと格好いい。




