第1569話:タルガの港
「ハマサソリの毒は、何かの薬になるって聞いたぜ?」
「尻尾を換金してくれるのは、単なる退治の証明じゃないんですね」
「なおさらうまい仕組みだなあ」
タルガ総督府を辞去してから、『訓練生』持ちスティーヴ、宮廷魔道士マーク青年、ルーネ、ヴィルとともに港へ向かう。
このタルガという町、門から外の荒野みたいな有様からすると、交易に頼った産業構造なんだろう。
さぞかし港は賑わってるはずワクワク。
「あの丸がいくつか描かれている看板はあちこちにありますね。何ですか?」
「両替を行っている店だ。大きい丸が帝国ゴールドを、小さい丸がギルを表している。今日は大きい丸が三個、小さい丸が一〇個描かれているから、三ゴールドが一〇ギルであることを示しているんだぜ」
「通貨の交換レートだったのか。ゴールドもギルも使えるタルガらしいな」
「面白いですね」
絵で描かれていれば、字の読めない人でも理解できるってことみたいだな。
うまい仕組みだわ。
『訓練生』持ちが首捻ってる。
「オレがタルガを出た時は三ゴールドが八ギルだったけどな? まだ一ヶ月も経ってねえんだが……」
「レートが随分動いてるんだ? ちょっと両替屋の話聞いてっていいかな?」
「おう」
ガリアの王様にもらった一〇万ギルがあるしな。
場合によっては両替してもいい。
えーと、事情に詳しそーで美少女に甘そーな両替屋は、と。
「こんにちはー」
「こんにちはぬ!」
「いらっしゃい、元気のいい娘さん。両替かい?」
「うん。ギルをゴールドに替えたいんだけど、待った方が良さそう? 今ギル安くなっちゃってるでしょ?」
したり顔をする両替屋のおっちゃん。
「可愛い顔してやるね。カル帝国の新しい軍艦が進水したろう?」
「らしいねえ。今見に行こうかと思ってたところなんだ」
「ハハッ、見物人も多いぜ。新造艦の就役で、内海における帝国の地位が高まるんじゃないかって言われてるんだな。そこへアンヘルモーセンを通さず直接サラセニアと貿易するっていう公式発表だ。ゴールドの価値が上がるのももっともだ」
「うんうん、わかるわかる」
「急ぐ金じゃなければ両替は待ってもいいかもね」
「ありがとう、おっちゃん。待つことにするよ」
両替屋を離れるとすぐにルーネが聞いてくる。
「お金の価値が変わるなんてことがあるんですね」
「そりゃああるよ。でもあまりいいことじゃないんだよな」
「何故です?」
「今ゴールドの価値が上がってるでしょ? 他国のものを安く買えるけど、逆に帝国のものは売れなくなっちゃう。生活に必要なものが買えなくなると困るから外国には頼らないなんて考え方になったら、貿易規模が縮んじゃうよ。格差がもっと進むと、安い硬貨を仕入れて鋳潰した方が儲かるなんてことも起きかねない」
「難しいですね……」
「やっぱ通貨単位は共通化すべきだな。どうにかしたい」
レートの変動を読んで儲けようとしてる人もいるかもしれんけど、実際に生産や流通に関わる人が迷惑しちゃうもんな。
マーク青年が笑う。
「ユーラシアさんの興味はどこにあるんですかねえ。そろそろ港ですよ」
「うわっ、デカっ!」
人口三万人程度の町の港だから、レイノス港くらいの規模かと思ってたよ。
これ帝都の外港タムポートくらいの大きさあるじゃん。
船も割と停泊してるし。
「いいなー。でっかい港羨ましい。ドーラにもこれくらいの港が欲しい」
「ハハッ。港の大きさはアンヘルモーセンの首都シャムハザイとタメ張るって話だぜ。賑わいはシャムハザイに及びもつかないだろうがな」
「マジかよ。アンヘルモーセンってすげえ!」
アンヘルモーセンの人口って、多く見積もっても一〇〇万人くらいでしょ?
この規模の港がメッチャ賑わってるとすると、間違いなく栄えてる国だわ。
とゆーか内海貿易の規模があたしの想像以上?
「帝国はもっとテテュス内海貿易に精を出すべきじゃないの?」
「だからあんたの興味はどこにあるんだよ?」
『訓練生』持ちは笑うが、ルーネの答えは至極まとも。
「帝国皇帝家の信仰対象であるパンタラッサ神は大洋の神なんです。内海の貿易と外洋の植民地経営を天秤にかけると、どうしても植民地経営が優先されるのだと思います」
「おおう、まともな理由があったのか」
予想外の意見だった。
皇室の信仰が関わっていたとは。
だから帝国は積極的に外洋に進出し、たくさんの植民地を作ってきたのか。
「ユーラシアさんも女神の名前ですよね」
「あんた何でユーラシアなんて非常識な名前なんだ?」
おいこら、非常識言うな。
「よくわかんないんだ。あたしは汎神教徒じゃないし」
「「「えっ?」」」
面食らったようなルーネマーク青年『訓練生』の三人。
帝国の人はそーゆー反応になるのかもな。
あたしはコブタミート教徒だよ。
「ユーラシアさんは汎神教徒じゃないんですか?」
「ドーラには汎神教徒があんまりいないんだ。父ちゃんがタムポート出身の人だから、娘のあたしに相応しい名前をつけたんだと思うけど」
「相応しいって自分で言うのかよ」
「自分で言うぬよ?」
ハハッ、まあどうでもいいよ。
「露店が多いね」
「商船の乗組員達が出す舶来品の露店は、タルガの名物だぜ。掘り出し物も多い」
「掘り出し物と言われちゃ捨て置けないね。覗いていこう」
ふんふん。
素材やアクセサリーが多いね。
保存食料もあるわ。
半端な品や放出品みたいなやつだから安いんだな。
ルーネは何見てるのかな?
「綺麗ですね」
「ん? ああ、魔宝玉か」
黄珠だ。
いくらで売ってるのかは気になるな。
えーと一〇〇〇ゴールド?
「高っ! ぼったくりだ!」
「おいおい、お嬢ちゃん。言いがかりはよしてくれよ。どこ行ってもこんなもんだぜ? むしろサービス価格だぜ」
「そーなの? あたし魔宝玉結構持ってるけど買ってくれる? おっちゃんが販売してる価格の半額でいいけど」
内海での魔宝玉取り引き価格は、帝国本土以上に高価みたい。
「半額なら買うに決まってるだろ……えっ、藍珠? 透輝珠? どんだけ出てくるんだ?」
「ルーネにも一個あげるね」
「ありがとうございます!」
「お嬢ちゃん、何者だい?」
「ドーラの美少女精霊使いユーラシアだよ」
ちょっとした小遣い稼ぎだ。
放出し過ぎても良くないから少しだけ。
ホクホクの魔宝玉売りのおっちゃん。
安くてもドーラで売って儲けさせてやりたいという聖女思想。
だから魔宝玉放出は少しだけ