第1549話:次期皇帝は誰に?
うっかり公爵が語る。
「陛下は常々、次の皇帝はガレリウスだ、と話しておったのだ」
「そーなの?」
「うむ。これはカレンシー皇妃も近侍の者もよく知っておるはずだ」
なるほど。
だからカレンシー皇妃の息子フロリアヌス殿下やウルピウス殿下は、皇帝を目指すって気があんまりないのかもしれないな。
色々な物事が段々繋がってくる。
「身体の問題もあり、ガレリウスの親政はムリであろうと。しかしガレリウス帝の下、執政官なり摂政なりを置けば、特に問題はなかろう。一番揉めない、とな」
「じゃあ第一皇子の身体の状態は織り込み済みだったんだな。ところで執政官と摂政って何が違うの? 両方皇帝の代わりを務める帝国のトップなんじゃないの?」
「執政官は本来、政治における皇帝の補佐役を言うのだ。対して摂政は政治だけでなく、宮廷や私事も含めた皇帝の代理人であり、後見役である。権限の厚みが違うな」
「ふーん。今の主席執政官閣下の権限はすごく強いと思うけど?」
「コンスタンティヌス陛下が病床にあり、またドミティウス殿自身が最も年長の皇子であるから特別ではある」
「ありがとう。ためになったよ」
聞かなきゃわかんないことはあるもんだ。
「一番揉めない、ってのはどういうことだろ? 第一皇子の皇位継承権が最も高いから?」
「だろうと思う。というか先妃の子であるヴィクトリア嬢やセウェルス殿の、現カレンシー皇妃に対する対抗心が強いのだ。婿殿はそんなことなかったがな。カレンシー皇妃が婿殿やヴィクトリア嬢、セウェルス殿を尊重しておったにも拘らずだ」
「むーん、ややこしいな。リリーが嫌になってドーラに来ちゃった理由がよくわかるよ」
ため息を吐くうっかり公爵。
「今となってはしっかりと皇太子を定めておいた方がよかったろうに。何故コンスタンティヌスほどの賢人に跡継ぎの重要性がわからなかったのか……」
「いやー、賢いから皇太子を定めなかったんだと思うぞ?」
「何? ユーラシア君、どういうことだ?」
「皇太子を定めるとするとガレリウス第一皇子になってたでしょ?」
「当然だな」
「陛下は第一皇子の健康状態を信用してなかったんだと思う。事実先に亡くなったじゃん?」
「うむ。確かに」
「もし皇太子が亡くなったんだったら、皇位継承権一位はリキニウスちゃんだよ。前皇妃系と現皇妃系の皇子皇女がガタガタやってて。皇位継承順位とは別に政治上の実力者であるドミティウス主席執政官閣下がいて。思惑渦巻く中で、一〇歳にも満たないリキニウスちゃんが皇帝になったって治まるわけないんだって。カル帝国を頼むっていうくらいの皇帝が、無用な混乱の種を蒔くわけがない」
考え込むうっかり公爵。
「今の状態の方がいいということか?」
「少なくとも状況はシンプルだよね。前皇妃系のセウェルス第三皇子が、使者も務まらんほどの精神病で退場。現皇妃系の皇子に皇帝への野心なしとなれば、この両派の対立はいずれ自然消滅すると考えられるでしょ?」
「うむ、そうだな」
「で、リキニウスちゃんがラグランド王ならば、もう次の皇帝は主席執政官閣下かプリンスルキウスのどっちかだよ。二人とも政治的な力量のある人だから、どっちが皇帝になったってさほど混乱しない」
「では、この手紙にはドミティウス殿かルキウス殿、どちらかの名前が記されているのだな?」
さて、どうだろうな?
露骨な後継指名の内容じゃないことだって考えられるし。
後継に関わることだとしても……。
「……プリンスルキウスが注目されてきたのって最近だから、陛下がどこまで把握してたかわかんないしな? 意表を突いて長女のヴィクトリア女帝……いや、さすがにないか。フロリアヌス帝&ドミティウス主席執政官のコンビで、ってのは陛下から見れば無難に見えそう」
「誰に決まってもゴタゴタしそうではあるな」
「こうなっちゃったら多少は仕方ないんだって」
「……コンスタンティヌスは皇太子を経て皇帝となったのだ。皇帝即位式では皆に祝福されていた。当たり前のようで当たり前ではないのだなあ」
後腐れなくスムーズに次代の皇帝が決まるのが一番だ。
たとえ紛糾することが確定でも、なるべく揉める程度とあとへの影響は小さくしなければならない。
え? あたしがいくら揉め事好きでも、商売に響きそうなことはやんないわ。
「じゃ、この手紙は預かるね」
「うむ、よきように使ってくれ」
「じっちゃんはどうしてあたしを信用してくれるのかな?」
うっかり公爵に対しては言いたい放題だった気がするけど?
「わしは他人を見る目だけは自信があるのだ!」
「おおう? 言われてみると、じっちゃんとこの使用人は皆優秀だよね」
「そうであろう? コンスタンティヌスにリモネス殿を推薦したのもわしなのだ」
「マジか。すごいな」
『サトリ』の固有能力持ちであるリモネスさんは、能力的にも人格的にも一流ではある。
でも平民の聖火教徒だしな?
普通だったら皇帝の側で召抱えられる人じゃない。
うっかり公爵の公平な視点は割とすごい。
陛下もうっかり公爵の見る目を評価して、遺書を託したのかもしれないな。
「リモネスさんか……」
「ん? 何か気になる点でも?」
「この遺書については、さすがにあたしの独断じゃ動けないからさ。誰かに相談したいんだけど、迂闊に他人に漏らせないからどうしようかなーって思ってたんだ。リモネスのおっちゃんに話すのはいいよね?」
「うむ、リモネス殿ならばコンスタンティヌスの心を理解し、ユーラシア君の力になってくれるであろうな!」
「よーし、そーしよ」
やること決まって心晴れ晴れ。
しかし陛下の遺書かー。
えらいもんを手に入れたでござる。
「今日は帰るね。また来るけど、あんまりここ出入りしてるとつまんないこと勘繰られそうだから、ちょっと間が空くと思う」
「わしも当面はラグランドでゆっくりするつもりだ。退屈かもしれんが」
「ラグランドの楽しみはラグランド人の方がよく知ってると思うよ」
「うむ、さようであるな」
うっかり公爵がラグランド人と接触持ってれば、自然とリキニウスちゃんにとっても居心地のいい場所になると思うよ。
どうせオードリーを遊んでやることになるんだろうし。
立ち上がり扉を開ける。
「ルーネ、ヴィル、そろそろ帰るぞー」
ドーラ人の平民に過ぎないユーラシアが、次期皇帝の選択に露骨に絡みそうな立場になってきました。
『世界の王』へ一歩近付く。




