第1526話:一般論だぞ?
――――――――――二四五日目。
ある日の朝のことじゃった。
食後にまったりしていると、精霊クララが謎の粉を差し出してきたそうな。
ぺろ。
「どうでしょう?」
「……相当美味いな」
冬の間に消費し切れなかった乾燥海藻を刻んで粉にし、魚粉と塩を混ぜたものだって。
最近のクララの研究の成果だ。
以前言ってた、らいすにかけるふりかけを形にしてみたもの。
クララは時間のある時色々試してるのが偉いなあ。
「フルコンブじゃなくても海藻は旨みがあるもんな。スープじゃなくて粉にする手があったか。残った海藻の有効利用とは、さすがクララ」
「ライスにフリカケね」
「ネギがありやすぜ。みじん切りしたやつを混ぜて、めんつゆで……」
「美味いに決まってるな」
「魚粉、海藻、塩なら原材料費は安く抑えられます。もう少し植物性の材料、トウガラシ、シソの実、アサの実、ゴマ、乾燥させた柑橘の皮などが有力ですか。ブレンドして風味を増し、魚臭さをカバーすれば、商用に堪えると思います」
「クララが商売人みたいなこと言い出したぞ? 実に結構なことだけれども」
「……栄養のバランスも取れます」
「さすがはクララ」
しかしさらに混ぜ物するとすると味のバランスが崩れちゃうか?
これ絶妙の配合バランスなのに。
いや、ネギとめんつゆ足すこと考えたら些細なことか。
一度炊いた米にふりかけて試食してみるのが先だな。
「よし、今晩はバエちゃんとこにお邪魔しよう。らいすだけ用意してもらっといて、ふりかけとお肉だな」
「楽しみでやすねえ」
「メイビーデリシャスね」
「バエちゃんに伝えてくるね」
「行ってらっしゃい」
◇
フイィィーンシュパパパッ。
「バエちゃん、おっはよー」
「ユーちゃん、いらっしゃい」
チュートリアルルームにやって来た。
「今日夕御飯食べに来ていいかな?」
「あっ、じゃあカレー作っとくね」
「かれえじゃなくて。今日は趣向があるのだ」
「趣向?」
頬に手を当て、首をかしげるバエちゃん。
ポーズがいい女っぽい。
「炊いた米にかけて食べると美味しい、『ふりかけ』というものを開発したの」
「あっ、私達の世界にもふりかけあるわよ?」
何と。
かれえを生み出した米食先進国だけのことはあるな。
らいすはプレーンな味のものだけに、どうアクセントをつけるかってのがポイントだと思う。
ふりかけを作っておけば、かれえよりうんと手っ取り早い。
「でもふりかけで通じるじゃん。あたしがそー名付けた時、うちの子達は微妙な顔してたんだ」
「ふりかけ、そのものズバリでわかりやすいわよねえ」
「かれえを米食普及の起爆剤にしようと思ったんだけどさ。こっちじゃるうにして家庭料理として普及させるのは難しいんだよね」
「私達の世界でもルーとして簡単に作れるようになるまでは、カレーは専門店の料理だったのよ」
「やっぱなー。家庭用かれえは一旦撤退だ。かれえの再現と米食の普及は分けて考えよう」
かれえはまず、くみん・こりあんだあ・たあめりっくの栽培が先だな。
「かれえはドーラ特産の料理にして観光客呼ぼうかと思って。代わりに米食普及にはふりかけで行こうかと思うんだ。クララが栄養のバランスも取れるって言うし」
「こちらでふりかけは保存食の意味が強いわ。ライスだけで寂しい時にかけて食べるみたいな」
「そーなの?」
らいすだけでは寂しいか。
お肉がなくて物足りないのは何となくわかる。
でも贅沢な話だ。
文化の違いがあるなあ。
「そっちの世界のふりかけも食べてみたいなあ」
「用意しとくね。あとはお米を炊いておけばいいかしら?」
「うん、よろしく。こっちはふりかけとお肉持ってく」
「ビバお肉!」
うむ、お肉はおいしい。
皆で食べるとさらに美味い。
ん? どうしたバエちゃん。
「……やっぱり『アトラスの冒険者』がなくなるのは寂しいの」
「うーん、でも変えられないんでしょ?」
「ええ。もう予算がつかないし、人事異動についてもちらほら取り沙汰されてるわ」
「ちなみに勝手な行動してるエンジェルさんはどうなる?」
これは興味あるところ。
『アトラスの冒険者』がただ消滅するなら、あたし達は代替組織を用意するだけですむのだが?
「扱いについては荒れると思うわ。ただエンジェル所長は敵もいるけど有能で行動力があるから、上からの引きもあるの。安泰なんじゃないかしら?」
「ふーん。潰れる部署にいた人員なんて干されるか肩叩かれるかと思ったけど、誘いもあるのか」
「えっ?」
急に慌て出すバエちゃん。
「ゆ、ユーちゃんもやっぱりそういう考えになる?」
「とゆーか一般論だぞ?」
「ああああああ困るうううう! 聖職者は平穏無事だと思ってたのにいいいいいい!」
「どうどう。バエちゃんだって、ボーナスもらえるくらいチュートリアルルームの職員として成績良かったじゃないか」
「うう、でもなくなる部署の成績なんて……」
確かに不必要だからなくなるんだもんなあ。
成績まで考えてあとの処遇を考えてはくれまい。
特にチュートリアルルームなんて隔絶された部署にいたら、活躍を他人に見せることすらできないし。
「シスターにもなれなかったし、私ついてない……」
「バエちゃんはどこに飛ばされる可能性が濃厚なの? クビになっちゃうの?」
「クビには多分ならないだろうけど……。今までの仕事の整理と、『アトラスの冒険者』事業がなしたことをレポートにまとめる部署?」
「非生産的でくだらん仕事だなあ」
「お給料が下がっちゃうううううう!」
「泣かない泣かない。いざという時には力になってやるから」
「えっ?」
驚いて泣き止むバエちゃん。
「だ、だってユーちゃんは……」
「バエちゃんとはずっと付き合いが続く気がしてるんだ。あたしにもどういうことかわからんけど」
「ユーちゃんのカンなの?」
「レベル大体一四〇『閃き』固有能力者のカンだぞ? 元気出せ」
「う、うん。信じる」
「ニコニコしてないと、チュートリアルルームに来る冒険者に不信感持たれるよ。つまんないとこから『アトラスの冒険者』廃止がバレて騒ぎになると、廃止を待たずしてクビになっちゃうぞ?」
「不手際でクビだと退職金までピンチ!」
ハハッ、やる気出たみたい。
「じゃあ夜に来るからね」
「わかったわ。あとでね」
転移の玉を起動して帰宅する。
『アトラスの冒険者』廃止の影響をひしひしと感じ始めた今日この頃。