第1512話:尊敬の感情を得る仕組み
「ごちそーさまっ! 満足です!」
「満足だぬ!」
今日も昼夜お肉デーになってしまった。
何と素晴らしいことだろう。
ルーネがせがむ。
「ユーラシアさん、これは何のお肉だったんですか? 種明かししてくださいよ」
「これはキメラのお肉でした!」
「ほう、知らない魔物肉だ。大層美味いではないか」
「でしょ? 今朝魔王島で狩ってきたんだ」
「「「魔王島?」」」
「魔王とその配下の高位魔族が住んでる島だよ。地図だとここ」
地図を見つめる王様とルーネとライナー君。
「む、結構な面積ではないか。位置からすると気候も温暖なのではないか?」
「うん。ドーラのノーマル人居住域と似た感じかな」
「人は住んでいないのか?」
「今は住んでないよ。でも古い船着場があるんだ。人間が作ったものだと思う。昔は移住を試みた集団があったんじゃないかな」
「今は魔王の一味が占拠しているから、人は追い出されたということか?」
「多分違う。気候はいいんだけど、魔力濃度が高めでかなり強い魔物がいるの。このキメラだって、ワイバーンくらいの強さはあるよ。魔物の圧迫に耐え切れなくて逃げ出したんじゃないかな」
「ふむ? 高位魔族は人間の悪感情を糧にするのだろう? 人の住まぬ島で生きていけるのか?」
あ、王様鋭いな。
あたしは疑問に思わなかったところだわ。
「カラクリがあってさ。悪魔は悪感情以上に尊敬されたり承認されたりするのが好きなの」
「好きだぬよ? 悪感情を好む高位魔族は多いだぬが、わっちみたいな例外はいるぬ。でも尊敬や承認を嫌う悪魔はいないぬ」
「興味深いな。しかし人の住まぬ島を魔王が根拠地にしていることと、何の関係があるのだ?」
フクロウ神を信仰する島ソロモコで尊敬の感情を集め、魔王に送っていることを説明。
「……って仕組みなんだ。普通魔王は人間と争って悪感情を集め、配下に分配するものなんだって。でも今の魔王はソロモコシステムのおかげで、人間と対立しなくていいの」
「なるほど、実に理にかなっている」
「ところが一ヶ月くらい前に帝国がソロモコを侵略しようとしてさ。尊敬の感情を集めるシステムがパーになると魔王が怒っちゃうじゃん? 何とかしろってのがあたしのクエストで、帝国艦隊にはお帰りいただいた」
「どうやって?」
「言い聞かせて?」
実際には津波の脅しが入ってた。
司令官のツェーザル中将がすぐ理解して引いてくれたからやりやすかったな。
お仕事はできるやつと行うに限る。
話が早いから。
「ソロモコ遠征の艦隊司令官が、今度タルガに赴任するツェーザル中将ね。見かけは迫力あるけど道理のわかる人だから、テテュス内海の件でもうまく連携してくれると思うよ」
「ありがたいな。ユーラシアはそのツェーザル中将とも連絡が取れるんだな?」
「うん」
「取れるぬよ?」
「よし、アンヘルモーセンに一泡吹かせてくれる!」
「あ、物理的に何とかしようと思うのは諦めて」
「何故だ!」
王様よっぽど腹に据えかねているらしい。
「アンヘルモーセンって、天崇教の総本山らしいじゃん?」
「うむ、最近布教活動も盛んだという話だ。サラセニア以外でもな」
「天使達と直につるんでるんだって」
「む? つまり天崇教を通してか?」
「そゆこと。さっきのソロモコみたいな話なんだけど、天使達はアンヘルモーセンで崇拝されることで活動エネルギーを得ているんだ」
「……ということは、アンヘルモーセンを叩き潰すと?」
「天使達が何やらかすかわかんない」
天使は悪魔みたいに悪感情を欲しがるわけじゃないから、大したことしてこないとは思いたい。
が、人間を支配して強制的に崇拝させようとするかもしれないしな?
ただアンヘルモーセンと天崇教と天使の関係はよくできてるなあと思う。
フクちゃんの個人プレイで尊敬の感情を得ているソロモコよりも、よっぽど洗練されてる仕組みだ。
「まー軍備におゼゼ使うくらいなら、産業振興にかけようよ。帝国から輸入するばっかりになったら、おゼゼが出て行く一方になるよ。後々かなり問題だぞ?」
「……ユーラシアの言う通りだな。不満は残るが」
アンヘルモーセンが幅を利かせられなくなると、気にならなくなるんじゃないの?
「ところでライナーと言ったか。その方はルーネロッテ嬢の護衛なのか?」
「えっ? 違います、陛下」
「では何なのだ? 存在感がないではないか」
「ハッキリ言うなあ」
今日は帝国ガリア間の秘密交渉めいた話もあった。
帝国主席執政官の娘であるルーネが同行していることには意味があるが、ライナー君の存在は確かに浮いている。
とゆーか丸っきり空気だったわ。
ルーネの護衛騎士と思われてもなるほどとしか思えんわ。
「ライナー君は帝都メルエルの武道大会剣術二〇歳以下の部二年連続のチャンピオンなんだって」
「うむ、かなりの使い手だとは感じた。だから護衛と勘違いしたのだが」
「ただ伯爵家の跡継ぎとしてどうなんだ、剣術ばかりじゃダメだろって、彼のお師匠さんら一部の人に心配されてんの。とりあえず経験を積ませろってことだったんで、今日連れてきてみたんだよ。王様ライナー君のことどう思う?」
王様は父王を亡くし、若くして王位に就いた。
並々ならぬ苦労があったはずだが、ライナー君の境遇や今後をどう考えるだろうか?
「甘過ぎる」
「うーん、あたしもそー思わんでもないけど、実際何すればいいのかって言われると、よくわかんない。王様のアドバイスが欲しいな」
「具体的に困っていることは何だ?」
「女の子にモテ過ぎること」
「違う!」
ライナー君たら、顔色変えて吠えなくても。
単なるジョークだとゆーのに。
しかしツッコミの間は抜群だな。
「困っていることを思いつきもせぬなら、将来必要となることをやってみよ。ああ、騎士では都を離れられぬのか。ならば父御の仕事をリストアップしてもらい、対応をシミュレーションせよ。対応に不安のあるところがその方の足りぬ部分だ」
「おお? 王様すげえ!」
「ありがとうございます!」
えらくちゃんとした答えが返ってきた。
王様個人の体験談かもしれないな。
「今日は帰るね。明日の朝九時頃に来るよ」
「うむ、議会政堂の方へ来てくれるか?」
「わかった。じゃーねー」
「バイバイぬ!」
新しい転移の玉を起動し、一旦帰宅する。
ちょっとはライナー君のためになったかな?
ともかくテテュス内海において、帝国とガリアは手を結ぶことになりそう。